読書体験はどんどん人に語るといい。社交の触媒になるだろう シリーズ:読書を習慣化する(その4)
前回のシリーズ3回目では、電子書籍の良しあし、そして本を読む際に線を引いたり、メモをとることの是非を考えた。今回は読んだ内容の定着について考えたい。
読んだ本の内容はどんどん忘れていく。だが読めば読むほどその分野についての嗅覚が効き、自信がついていく。これはどういうことだろう。本を読むと自分の中に何かが蓄積され、それが今までの人生経験の座標軸のどこかに位置するようになる。その実感がその分野についての自信や何かの判断のベースとして作用する。これが読書体験の効用の一つだ。
もっとも、読んだ内容をきちんと人に説明できる場合は少ない。メモを取り、線を引くのだが驚くほど忘れている。そもそもメモを見返すことはあまりなく、見返しても読書体験が鮮明によみがえるわけでもない。しかしいつの間にか、何かの拍子に我々は本で読んだ内容をあたかも自分の意見のように人に語っている。あるいはものごとの判断の際に無意識に使っている。これが読書体験の定着だ。
〇読書体験は幼少期体験に似ている。
幼少期の体験の典型は家庭環境だろう。例えば商家に生まれ育った人の場合、大人になってもにぎやかな環境、人の出入りの多い家庭を好むなどとしばしばいわれる。あるいは「親から聞かされた話」「親の習慣」が長い年月を経て、自分の体に染みついていく。子供の頃は全く興味がなかった親の趣味、例えば謡曲や俳句にいつの間にか自分もはまっている、あるいは親から何度も聞かされた「火事の恐怖」が無意識に定着していて火の用心には人一倍気を付けるといったようなことだ。明治の人の伝記に「子供の頃に漢籍をひたすら素読させられた」というのがよくある。子供だから意味が分からずに読んでいて決して効率は良くない。だが本人は「後になってその素養が役にたった」と述懐されている場合が多い。その時は分かっていないが子供だから覚え、親しむ。それがのちの読書体験の際に自信となり咀嚼が早くなるのだろう。
〇読書体験と一人旅
読書体験は一人旅の体験にも似ている。一人先は行先選びに始まり、乗り物や行程の設計、食事や宿の選択など意思決定の連続だ。これは選書のプロセスに近い。数ある本の中から一冊を選ぶのは行先選びと同じくらいの意思決定だ。何しろ、数時間をそこに費やすのだから。そして読書も旅も未知の人や文物との出会い、刺激に満ちている。終わると一定の達成感があり、しばらくするとまた行きたくなる。これも読書と似ている。
旅から何を得たのかというと必ずしも明確でない場合も多い。だが「パリとはだいたいああいう感じ」「ミャンマーのデモというがあのおとなしい人たちが連日あれだけ集まるということはよほどのことだろう」といった嗅覚、土地勘が働き、世界の読み方が深くなる。これも読書に似ている。例えば量子力学や宇宙科学の本を数冊読んでいると量子コンピュータがどうだなどと聞いてもわかる気がするから不思議なものだ。旅も読書もまさに見聞を広め、世間に通じる効用がある。
そういう意味で読書は「会えない人の話を聞く疑似体験」「行けない場所に行く疑似体験」と割り切るとよい。メモや線を引くことも実は疑似体験の印象を記憶にとどめる行為だ。メモは後から見返してみてもよくわからない。だがメモをとることで疑似体験の記憶が深くなる。線引きもあとから抜き読みしたくらいではあまりピンとこない。だが本全体をパラパラめくって再読する際に、読んだ時の感動を再現させる力がある。その意味ではメモも線引きも旅先での写真撮影に似ている。あとで写真を見ると楽しかった思い出がよみがえってくる。メモや線引きもあれと同じようなものといえるだろう。
このように基本、読書体験は旅や人の話を聞くのと同様に楽しんで気楽にやっていけばよい。得た知識をそのまま使える場合は少なく、たいてい忘れてしまう。むしろ潜在知識として自分の頭のどこかに堆積し、考えをまとめる際に触媒のように作用する効果を期待したほうがいだろう。
〇特定分野に精通するにはアウトプットを出す
だが読書の目的は雑学、娯楽、教養だけではない。例えば株式投資を始めたので経済や金融について学びたい、あるいは趣味で始めた油絵への興味から欧州絵画の歴史、さらにルネサンスの芸術や社会について学びたい。中国に行くので歴史を知っておきたいなど目的が明確な読書もあるだろう。こういう場合は読書で知識の体系化を図るといい。例えば西洋絵画の場合、キリスト教とギリシャ神話に題材をとったものが多い。ならば聖書とその解釈を巡る教会の歴史に始まり宗教改革などに広げていく(あるいは自ずと興味が広がっていく)。こうした体系的な読書は調べものに近く、やはりノートを取りながら読むのがよく、受験勉強のノウハウと大筋は変わらないだろう。
〇仲間と語らうことの意味
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