Yahoo!ニュース

兵庫知事選、奇跡の背景: なぜ議会は知事に、組織・政党は民衆に、マスコミはSNSに負けたのか?(上)

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
イタリアの町(筆者撮影)

 斎藤氏が再選された。議会とマスコミが悪人レッテルを貼った前知事の再選を県民は支持した。同時に多くの県民が怪文書や議会による百条委員会の設置などは、改革に反対する議員や一部の幹部職員ら(OBを含む)による知事排斥の工作だと見抜いた。かくして元井戸知事時代の体制の復活を図るクーデターは失敗に終わった。

 筆者は現在、大阪府・市、愛知県、京都市、堺市、北九州市の顧問を務め、以前には東京都、新潟市、岩手県、奈良県などの行政改革に関わってきた。これらの経験に照らし、兵庫県の動きには注目してきた。顧問、アドバイザーといえども自治体の行政改革を手伝えば否応なしに抵抗勢力との戦いに巻き込まれる。兵庫で何が起きているかは推測がついた。そこで8月から3本のYahoo!ニュース記事を書いてきたが今回と次回はその集大成として知事選挙の総括をしたい。

〇クーデターの姿は次第に明らかになった

最初は8月5日に「県庁とは?知事とは?--兵庫県庁のできごとを読み解くヒント」を書いた。そこでは、県庁はとても古い体質の組織で改革は容易でないこと、斎藤知事の改革は庁内や議会の反対で行き詰まっているのではないかと述べた。また抵抗勢力との戦い方には工夫の余地ありと仮説を述べた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/859e23f0fcfd53b6e3a5af994fd7dbf393524307

次は8月27日に「兵庫県は、知事も県庁も議会も残念--職員アンケートから浮かび上がる仮説」という記事を書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/c7d631f4e4c57f54ac15d5c505665543253ae983 

百条委員会の中間報告と職員アンケートの結果が公開され、庁内の様子がわかった。知事には若干のパワハラの傾向があったかもしれない。しかしアンケートの信ぴょう性は疑わしく百条委員会の進め方はあまりにずさんだった。この百条委員会は公益通報問題にかこつけて知事を貶める狙いだと考えた。また議会に協力するマスコミの動きも怪しいと書いた。

3回目は10月20日に「兵庫県の斎藤知事は、なぜ改革に反対する勢力の謀略に負けたのか?」という記事を書いた。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/946f7ee1dc2d7af004e798d776739bf3d4be2bca

 これを書いた時期は不信任案が議決(9月19日)され、斎藤氏が失職して出馬表明(9月26日)をした後、つまり選挙の前哨戦の時期だった。この頃には私は本件は「議員と一部職員が結託して起こしたクーデター」と確信していた。なぜなら議会は百条委員会の結果も出ていない段階で全会一致で不信任議決をした。明らかに不自然だった。おそらく議員らには、①マスコミ批判の激しい今のタイミングで知事を辞めさせたい、さらに②衆院選(10月27日投開票)に向け斎藤氏を推薦した維新の会の信用を落としたい、という意図があるとも感じた。この記事では私は大阪市など各地の経験をもとに議員が百条委員会とマスコミを使って謀略を進める手口を解説した。

〇選挙がもたらした大きな熱狂

 やがて10月31日から11月17日までの選挙戦に突入する。これは奇跡の展開だった。野球でいえば弱小チームが次々に競合を倒し、最後は逆転満塁さよならホームランで優勝した感じだ。私は当初は「斎藤氏の出馬は支持する。しかしどうせ再選は無理だし知事は変えた方がいい」というスタンスだった。しかし他の候補者では改革は続かなさそうだった。やがて少しづつ県民の支持が広がり、特に高校生や大学生が必死で斎藤支持で活動をしていると聞き、スイッチが入った。やがて私もXを通じ県外から斎藤支援のボランティアたちをサポートするようになった。

Xの中の斎藤支援の渦の中にいて感じたのは、①正義は勝つべき(議会の不信任やマスコミの冤罪報道への反発)という強い信念、②大学生、高校生など若者の参加(街頭でも、Xでも)、③議会(特に百条委員会の面々)とマスコミ(画一的なバッシング報道)への怒り、④Xのリツイートの連鎖の多さと知らない人どうしの強い連帯感、だった。

 私は現地には一度も行かなかったし斎藤氏や支援グループとは今も面識がない。しかし自然発生的な運動で巨大な組織やマスコミに対抗しえたという達成感はひとしおだった。

〇10の気づき(総括)

今回選挙はとても内容が濃く、歴史に残る選挙だった。私なりに総括してみたい。

1.候補者(斎藤さん)について

 マスコミが作り上げた斎藤氏のイメージはキーワードで言うと「パワハラ」「おねだり」「職員の自死」の3つだった。

 しかし、選挙戦では斎藤氏自身も支援側も「改革の継続」「若者重視」「礼儀正しさ」を中心的な価値観としていた。そもそも県政の改革やお金の使い方を見直すという前提があり、その担い手として斎藤氏の続投が必須という共通意識があった。また斎藤氏の人物評価については「議会とマスコミの陰謀、冤罪の犠牲者」、つまり悲劇のヒーローであり、それにもかかわらず「一切悪口を言わない天然でいいやつ」という評価が広がった。イメージ形成には静かな語り口や穏やかなふるまい、少年っぽい風貌なども一役買ったかもしれない。とにかく街頭演説やSNSではマスコミ報道と真逆のキャラクターが急速に確立し、浸透していった。

2.選挙戦について

 選挙運動は街頭での「ひとりぼっち」の演説から始まった。次第に足を止める県民の数が増えたが、本人を取り巻く群衆の笑顔と人数は日々、いや時々刻々とネットで拡散された。最初の頃に話しかけるのは高校生、若者、子育てママ、老人などが中心だった。組織代表や政治家はゼロだった。やがて街宣車を使うようになると群衆の数は激増し構成も老若男女に広がった。街頭演説の楽しそうな雰囲気はビジュアル写真でSNS拡散され、それがまた街頭に人を呼ぶ雪だるま現象になった。

 支援者らはそれを必死でリツイートした。いつしかそれは「TVに騙されたままでまだ目覚めていない人に街頭演説に集まる人の数のすごさを伝えよう」という動きになった。やがて私も「これはもしかして行けるかもしれないね。若者たちがここまで参加するのは理想の選挙だ」とXでつぶやくようになる。

 しかし組織票は手ごわい。そもそも彼らは街頭に出てこない。私には大阪都構想の住民投票での2回の苦い思い出があった。Xでは我々、年長者たちが「楽観ムードは禁物」とツイートしていた(まるで、雪山で「眠るな、眠ったら死ぬぞ」というささやきのように)。それを受けて若者たちが「投票に行こう」「親や友達に声をかけよう」と発信した。立花氏の参戦はもちろんプラスになった。特に元副知事の音声データはあっという間にX上で拡散した。これを機に「やはり議会による謀略だ」と確信したという書き込みが増えた。また各種YOUTUBEの動画が流布し、TVよりもこれを見よう、見せようという呼びかけが広がった。

3.争点:県民は「改革と政策」 VS マスコミは「公益通報」ばかり

 実は今回の選挙は現職知事の再選を問う選挙だった(失職したので1年前倒しだったが)。そこで斎藤氏はこれまで3年の実績をアピールした。高校の予算が全国46位だった話をはじめ大学無償化など若者向けの等身大の話が多く、わかりやすかった。また「(職員のための)1000億円の庁舎VS子供たちのための高校の設備改善」のどちらを重視するかという問いかけは極めて効果的だった。

 やがて県民の頭の中では「改革進める知事を庁舎を建てたい議会が邪魔している」という知事対議会の構図になり、それはさらに「改革者かつ冤罪の犠牲者VS既存勢力の連合体」という二項対立となっていった。

 一方、マスコミや県外の識者はひたすら「文書問題」「公益通報」が争点だと主張し続けた。しかし世論調査では後者はわずか1割、前者が4割を占めた。県民は文書問題や公益通報よりも目の前の自分たちの生活環境、つまり実益や行政改革に興味があった。

 ちなみに今回は不信任とされた知事が再選に挑戦する選挙、斎藤路線はYESかNOかを選択する選挙だった。小泉郵政選挙の「郵政民営化、賛成か反対か」と同じくシンプルな問いかけだった。その流れのなかで候補者は早々に斎藤路線にNOを主張した稲村さんとYESの斎藤さんに絞られた。

 やがてSNS上では稲村さんは「議会と組織=マスコミ冤罪報道をする側」と、斎藤さんが「議会とマスコミに嵌められた悲劇のヒーロー知事=SNS(YOUTUBEや立花氏)と街頭に集う仲間たち」という構図になっていった。

 ちなみに既存政党は全く参加できていなかった。自民も維新も公明も議会では全会一致で反斎藤だったが個々の議員は白黒まだらだった。既存政党の存在感がゼロという意味でもユニークな選挙だった。

4.「議会」「組織・政党」「マスコミ」への反発のエネルギー

 対抗馬の稲村氏の出馬表明は10月8日と早かった。女性で市長経験者、かつ市民派である。当初は多くの人が次はこの人で決まりと思った。しかし、彼女の周りには既得権益らしき人たちがまとわりついていた。嬉しそうに支持表明する県議たちの姿を見て「無所属といっても稲村さんは議会、特に自民党が担ぎやすいお神輿なんだ」とすぐに見破られた(SNS上の発信)。極めつけは投票日直前の”市長会有志”なる22名の市長たちの支持表明。これはいかにも組織票の稲村さん、既存勢力の象徴というイメージを印象付けた。無党派層の取り込みでは最悪のオウンゴールとなった。

 ちなみにもともと稲村氏は市民派、斎藤氏は経歴から言うと元官僚だった。しかし、選挙戦の途中からイメージはオセロのように「市民派の斎藤さんVS組織票の稲村さん」に変わった。街頭演説も斎藤氏の場合は一般市民が取り巻き握手をしていく。稲村氏の場合は応援する政治家が挨拶や型通りの演説を長々と話す。聴衆も少なかった。

 総じてこの選挙は「知事対議会」の代理戦争だった。稲村氏の豊富な実績や個性は県議会の悪印象で完全に消された。稲村さんは開票後に「何と戦っているのかわからなかった」という名言を残されたが、そのとおりだった。これはやらなくていい選挙だったし、20億円もかかった。この選挙自体に対して多くの県民は憤っていた。そういう意味では稲村氏は対抗馬ですらなかった。斎藤支援者たちは「議会」「既存政党」「マスコミ」といういわば”3大邪悪勢力”の象徴として稲村氏をとらえていた。

 かくして今回選挙では、従来型の権威の象徴である議会が知事に負け、政党・組織は民衆に負け、マスコミはSNSに負けたといえよう。

5.街頭演説とSNSは車の両輪ーーアナログとデジタルのハイブリッド

 斎藤さんの街頭演説には史上空前の数の県民が集まった。あれは実質、議会に対する抗議デモだった。街頭演説の人数や画像はSNSでビジュアル拡散され、次の会場ではさらに多くの群衆が集まった。今回の主役はSNSだったと言う識者がいるが違う。主役は街頭演説(抗議デモ)だった。その集客と発信の装置がSNSだった。

人々はTVをもはや信用しない。TVを見る代わりにYOUTUBEを見て、Xを見て街頭演説に行った。そこで多くの仲間を見て心の中で見知らぬ人たちと連帯を誓い、共感してエネルギーを得てその感動と写真をもとに周りの知人に斎藤支持を説いた。アナログの最たる行為である「行って群衆の一員となる」という行動がうねりを生み出し、SNSで拡散され、各地に飛び広がった。

 そういう意味では今回選挙はネット(デジタル)とリアル(アナログ)のハイブリッド戦だった。アナログは街頭演説や握手だけではない。斎藤事務所は青色に染まっていたが、あの青い紙は一枚一枚が支持者からの手書きコメントだった。

 突飛な例を出すが芸能界でもかつて同じような革命があった。AKB48である。その原点は秋葉原でのコンサートと握手会、つまりアナログだった。それがネットを通じて広がり、最後に彼らはTVを席巻した。斎藤氏も同じだ。アナログな街頭演説が原点だった。内容も平易で「やってきたこと」「やりたいこと」を語った。上から目線の政治プロの語りは皆無だった。街頭演説はまるでコンサートの合間に歌手が身の回りの日常を語るようだった。「最初はひとりぼっちでした」といった生の言葉が感動を呼んだ。まるでタレントとファンとの集いのような街頭演説だった。その様子がネットで拡散し、デジタルで増幅され大きな支援の波を作った。

6,口コミの威力も大きかった

 県の人口に占める神戸など阪神間の都市部の比率は5割を切る。兵庫県は中国山地や日本海側もある広い県で典型的な田舎の町や村も多い。そこでは当然、組織票が強い。しかし親戚、縁者、同窓生などのつながりも濃い。人と人が顔を合わせ、電話やLINEで密につながる。そこではマスコミが報じない情報が口コミで伝わる。Xでは初期から「TVは正しくない。田舎の両親に真実を伝えよう」という書き込みがあった。支援者は高校生にも多くいて彼らはこう訴えた。「クラスメートに両親に真実を伝えよう」「西宮の街頭演説の写真をスマホを見せて祖父母や両親に信用してもらおう」と。ちなみに関西には「あんただけ、ここだけ、内緒やで」と店員が囁いて値引きするという逸話があるーーほんとに大事なことはテレビ、新聞、学校の先生は言わない。口コミこそ真実ーーという文化風土も影響しただろう。

7.SNS戦略はボランタリーで暖かい空気のもとで展開した

 SNSの盛況ぶりはすさまじかった。Xでは選挙戦を兵庫県政の枠を超えた「日本の政治の転換点」「オールドメディアとの闘い」という視点でとらえる人が多かった。他府県からの参加も多かった。特に大阪府民は大阪都構想の住民投票で賛否真っ二つの選挙を経験してきた。疑似体験を目の前に「血が騒ぐ、他県のこととは思えない」という書き込みもあった。大阪は隣県だから親戚もいる。県境を越えた参加者が数多くいて斎藤支援者を励ましていた。

この記事は有料です。
改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)の定期購読をお申し込みください。

改革プロの発想&仕事術(企業戦略、社会課題、まちづくり)

税込214円/月初月無料投稿頻度:月1回程度(不定期)

筆者は経営コンサルタント。35年間で100超の企業・政府機関の改革を手掛けた。マッキンゼー時代は大企業の再生・成長戦略・M&A、最近は橋下徹氏や小池百合子氏らのブレーン(大阪府市、東京都、愛知県、新潟市等の特別顧問等)を務めたほか、お寺やNPOの改革を支援(ボランティア)。記事では読者が直面しがちな組織や地域の身近な課題を例に、目の前の現実を変える秘訣や“改革のシェルパ”の日常の仕事と勉強のコツを紹介する。

※すでに購入済みの方はログインしてください。

※ご購入や初月無料の適用には条件がございます。購入についての注意事項を必ずお読みいただき、同意の上ご購入ください。欧州経済領域(EEA)およびイギリスから購入や閲覧ができませんのでご注意ください。
慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

上山信一の最近の記事