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『舞いあがれ!』が描いた「時代・土地の匂い」と「お金」

田幸和歌子エンタメライター/編集者
画像提供/NHK総合

第8週から新展開「航空学校編」がスタートしたNHKの連続テレビ小説『舞いあがれ!』(NHK総合、月~土曜午前8時ほか)。

リアリティを追求するため、半年以上の時間をかけて取材したという航空学校編は、ここまでとキャラの描き方も作品のトーン自体も大きく変化したため、正直、まだ気持ちが追いつかない……という人は多いだろう。

そこで、航空学校編とはまた新たな気持ちで向き合いつつも、ここではまだ余韻の続く第7週までの繊細な作風を振り返りたい。

以下は第7週終了間際に行われた制作統括・熊野律時氏のインタビューである。

メインに長回しの映像をたっぷり使いつつ、差し挟まれる「日常」

第7週までの構成で唸らされたのは、ばらもん凧→模型飛行機→人力飛行機と、「飛行」シーンを臨場感たっぷりに描く一方で、その合間にナレーションやセリフなく、祭りなどの風俗や街の光景、部屋、モノなどの画が差し挟まれること。

15分という短い放送時間の中で、メインどころに長回しの映像でたっぷりの尺を使いつつも、こうした細かな「日常」描写のカットを確保することは非常に大変なことではないだろうか。

これは、熊野氏いわく、「演出上必要なカットをきちんと準備して撮影し、使用しているということ」だそう。つまり、編集前に脚本・演出・カメラマンの間で映像イメージと必要なカットが共有されていたからこそ成せる業だったわけだ。

また、祥子ばんば(高畑淳子)と舞(浅田芭路/福原遥)のやりとり、舞(福原)と貴司(赤楚衛二)と久留美(山下美月)となど、大事なシーンを背中から撮ることも多かったが、その狙いとは?

「大切なことを語っている時に、顔が見えることは一見、分かりやすいですが、シーンの性質や演技によっては後ろ姿の方がその人物の気持ちがより深く伝わる場合があります」

東大阪と五島には、それぞれの「土地の匂い・温度」が感じられることが、物語の魅力を大きく牽引していた。演出上の工夫について熊野氏は次のように語る。

「最もその土地の匂いを分かりやすく感じさせるのは、方言です。東大阪も五島もそれぞれ方言指導の方をお願いして、出演者のみなさんに丁寧に指導をしていただいています。出身が関西や五島でない方も多いので、方言を自分のものにしようと、みなさんすごく努力しています。方言には、その土地の暮らしのリズムや、生きる人の気風が如実に表れるので、とても大切にしています」

「生活感」溢れる数々のシーン

加えて、「美術スタッフと演出部で相談しながら、キャラクターをより魅力的にリアリティをもって見ていただけるような工夫を日々重ねています」と語るように、衣装や小物から、時代性や地域性、何より「生活感」が生々しく伝わってきた。

例えば、幼少期の子どもたちの衣装の襟の適度なヨレ具合や、めぐみ(永作博美)の懐かしい髪型と質素なカットソー。時代を感じさせる岩倉家の器やテーブルクロス。めぐみのハンバーグを形作るときの慣れた手つきと、舞が大根をおろす連携プレー。

何気なく靴箱の上に鍵を置くところや、五島の障子の補修具合、工場の机の上に盛られたスナック菓子、デラシネ店主(又吉直樹)のワンカップの空きビン。

一見暗くオシャレな部屋に、豚の貯金箱を置いていたりドリームキャッチャーをつるしていたりする悠人(横山裕)の部屋のアンバランスさなどなど……。思い出すだけで愛おしい。

画像提供/NHK総合
画像提供/NHK総合

「お金」の問題をシビアに描く理由

際立っていたのは、「お金」の問題。

倒産危機にあった浩太(高橋克典)の工場問題や、裕福ではないのに家族に応援されてきた悠人(子役時代:海老塚幸穏)の私立受験と育まれていった合理主義、舞の家に比べて狭くて暗い久留美の家、久留美の授業料免除など、教育も含めた「お金」がかなりシビアにリアルに描かれていた。その理由とは?

「現代劇なので共感して見ていただくためには、生活の中で一番切実な『お金』のことはリアリティをもって描く必要があると思っています。『お金』によって生活環境や学業や人生の選択が左右される部分が大きい現実があるので、それぞれの登場人物がそのことに対して、どう向き合っていくかは大切な要素だと思っています」

さらに、長年の付き合いでありながらも、単なる仲良しではない、互いに話せないこともある舞、貴司、久留美という親友3人組のバランスと、経済格差や親の理解などを含めた「家庭」の問題を描いた理由について、熊野氏はこう語る。

「3人それぞれが人生の節目節目で経験することに、幅を持たせたいなと思いました。両親のいる人もいれば、一人親の人もいる。大学に行く人もいれば、高卒で就職する人も、専門学校に行く人もいる。3人の幼馴染みに、それぞれ違った進路を歩ませることで、同じ年齢の若者がそれぞれ違った悩みを抱く様子を描くことができると思いました。家族との関わり方もそれぞれ違う。色んな事情を抱えた人がいて、みんな一生懸命生きているということを描くのも、このドラマの大事なテーマの一つだと思っています」

公式HPの人物紹介を見ると、「航空学校編」では、航空一家で育ったエリート・柏木弘明(目黒蓮)や帰国子女の矢野倫子(山崎紘菜)、妻子持ちで役場勤めを退職した中澤真一(濱正悟)、母一人子一人の苦学生・吉田大誠(醍醐虎汰朗)、有名スーパーの社長の息子・水島祐樹(佐野弘樹)と、経済格差はより広がっている。「学園モノ」的色合いが濃くなる一方、こうした「お金」の問題は今後の人物描写において、おそらく大きな意味を持つだろう。

第8週から別作品になったように感じている視聴者も多いが、ここまでの急激な作風の変化を見せるのは朝ドラ史上でも珍しいこと。一つの大きな挑戦として、第7週までの余韻を噛み締めつつ、見守っていきたい。

(田幸和歌子)

エンタメライター/編集者

1973年長野県生まれ。出版社、広告制作会社勤務を経てフリーランスのライターに。週刊誌・月刊誌・web等で俳優・脚本家・プロデューサーなどのインタビューを手掛けるほか、ドラマコラムを様々な媒体で執筆中。エンタメ記事は毎日2本程度執筆。主な著書に、『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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