ロシアのミサイルにスマホで対抗する、ウクライナ大統領に学ぶ「言葉の力」
ロシアがウクライナ侵攻を開始してから1週間が経過しようとしています。
第二次世界大戦後、紛争は様々あれど、主権国家同士がこの規模でヨーロッパで激突する時代が来るとは想像していませんでしたし、日々のニュースに心を痛めている方も多いと思います。
筆者自身も、国際政治や戦争に関する専門家ではありませんし、ロシアの軍事力による暴力を動画を通じて目にすることで、自分の無力さだけを痛感する日々だったのが正直なところです。
ただ、日々入ってくるウクライナ関連のニュースを見ていて、圧倒的な軍事力による暴力に対する数少ない希望と感じられたのが、ゼレンスキー大統領を中心としたウクライナの方々のSNSを通じた情報発信でしたので、こちらでご紹介しておきたいと思います。
ウクライナ侵攻で展開されるハイブリッド戦争
もちろん、当然のことながら、スマホもSNS活用も武力に対しては全くの無力です。
侵攻前には、ロシア軍の本格的な攻撃で2日で陥落するとも言われていたキエフが、ここまで持ちこたえることができているのは、ウクライナを守ろうと戦っている人々の力であり、武力のおかげでしょう。
一方で、今回のロシアのウクライナ侵攻はハイブリッド戦争とも呼ばれており、通常の軍事力による攻撃に加えて、ハッカー集団によるサイバー攻撃や、フェイクニュースと呼ばれる嘘の情報を流布して敵陣を混乱させようとする情報戦も展開されていると言われています。
第二次世界大戦において、日本人の多くの人が欧米の人たちを鬼のような慈悲のない人間だと思い込んでいたように、戦争においては、対峙する両者の視点から見える世界というのが全く異なってしまうのが残念ながら現実です。
今回のウクライナ侵攻においても、ロシア側とウクライナ側で視点や立場は相当なズレがあり、それをさらに混乱させているのが、嘘の情報を意図的に流す情報戦だといわれています。
日本でも、その混乱の象徴的な出来事として、ロシア大使館が「ロシアに対して情報戦が繰り広げられている」とツイートし、それに対して河野太郎議員が「Shame on you.(恥を知れ)」とツイート。
さらに、それにロシア大使館側が「お互い様」と言い返す、という、まるで子どもの喧嘩のようなやり取りが展開され話題になりました。
参考:自民・河野太郎議員「恥を知れ」と非難 在日ロシア大使館ツイッターに
戦争において、異なるサイドの立場の人間の歩み寄りが難しいことを象徴するやりとりと言えると思います。
スマホで大統領自ら自撮り動画を撮影
ただ現在のところ、その情報戦において、ロシアを上回る活躍を見せているのがウクライナのゼレンスキー大統領のSNS活用です。
非常に象徴的だったのが25日夜に投稿された、こちらの動画でしょう。
この動画は25日夜にインスタグラムに投稿されたもので、ロシア側が流していたとされる「ゼレンスキー大統領は国外逃亡をしようとしている」というフェイクニュースを否定するために撮影。
大統領だけでなく首相や与党代表を1人1人映し、「私たちはここにいる、独立を守る」と明確に宣言したことが話題になりました。
さらにゼレンスキー大統領は、翌日の26日にも同様にスマホの自撮り動画をツイッターとインスタグラムに投稿。
こちらは「ウクライナ軍に武器を捨てるようにと指示を出した」というフェイクニュースを否定するために投稿されたものだそうで、それぞれ1000万回を超える再生数になっています。
いつミサイルが飛んでくるか分からない、キエフの屋外でのゼレンスキー大統領のスマホ動画は、安全な室内で演説をするプーチン大統領との非常に対称的な映像となったと言えるでしょう。
積極的なツイッター外交も展開
また、ゼレンスキー大統領は、ツイッターを活用して積極的なツイッター外交を展開。
各国の首脳陣のアカウントにメンションをした投稿を、多数繰り広げています。
日本にゆかりのあるところで言えば、2月28日に岸田総理のツイッターアカウントにメンションした状態で、日本からの寄付に感謝ツイートをしたことが話題になりました。
ゼレンスキー大統領はこうした投稿を、英語と母国語のウクライナ語の両方で展開しており、国内も海外も意識したコミュニケーションをツイッター上で展開していることが良く分かります。
参考:ウクライナ・ゼレンスキー大統領が感謝ツイート「日本の強力な支援に感謝します」
ゼレンスキー大統領は元々コメディ俳優で、ドラマの「大統領役」から本当に大統領になった人物だそうですから、自分のメッセージをどのように見ている人に伝えるかに長けているとも言えるのかもしれません。
参考:ゼレンスキー大統領とは何者か。コメディー俳優から祖国を守る指導者になるまで
いまやゼレンスキー大統領のツイッターアカウントのフォロワーは440万を超え、インスタグラムにいたっては1400万にせまる勢いですから、大きな発信力を持っているアカウントと言えるでしょう。
副首相や市長も積極的にSNSを活用
ただ、ウクライナにおけるこうした積極的なSNS活用は、ゼレンスキー大統領だけに留まりません。
例えばウクライナのフェドロフ副首相は、アップルやグーグルなどのテック企業にツイッター上で積極的に支援の依頼を投稿。
あのイーロン・マスクにも、ツイッター上で直接スターリンクの提供を呼びかけることで、10時間後にイーロン・マスクがツイッター上でサービス開始を宣言するというスピード支援を実現しました。
参考:イーロン・マスク氏「ネット接続サービス」提供でウクライナ支援
さらに外相や市長など、様々なウクライナの要人から市民までが積極的にSNSを活用。
ロシア側の今回の攻撃は「民間人を脅かすものではない」という発言と矛盾する事実を証明する動画や写真を投稿することで、ウクライナの現状を世界に伝えようとしています。
参考:キエフの高層マンションに「ロシア軍のミサイルが命中」。その瞬間の動画を市長が投稿
前述のように、ロシア側も、政府や大使館アカウント、メディアのアカウントは積極的にSNSへの投稿をしているようですが、一般国民のフェイスブックやツイッターの利用を制限していると報道されています。
SNS活用においては、両国で明確に違いが出ていると言えるでしょう。
これは完全に素人の憶測ですが、おそらくプーチン大統領からすれば、米国が2003年にイラクに対して大量破壊兵器の存在を理由に開戦を宣言し、電撃的にバグダッドを攻略したのをウクライナに対して再現しようとしたのでしょう。
実際、イラクに大量破壊兵器が実際にはなかったことが後から判明したところで、イラク戦争の歴史を巻き戻すことはできませんでした。
短期間にキエフを占領できていれば、世界がいくら非難をしても、プーチン大統領の思惑通りに実効支配は進んでしまったかもしれません。
しかし、ゼレンスキー大統領やウクライナの人々は簡単にキエフを明け渡しませんでしたし、今は20年前のイラク戦争の時とは違い、人々の手にスマホとSNSがあります。
プーチン大統領の読みは、二重に外れていたということなんだろうと思います。
「ペンは剣よりも強し」を証明できるか
もちろん、ロシア側の軍事力の前に、5日以内にキエフ陥落もありえるのではないかという分析結果も発表されており、SNS活用だけではロシア軍の侵攻にウクライナが対抗できないのは明らかです。
参考:「5日以内にキエフ陥落も」 ロシア侵攻 米が厳しい分析
「ペンは剣よりも強し」といいますが、今のところ「スマホはミサイルよりも強し」と楽観的に言えるような状況では全くありません。
ただ、ウクライナの方々の積極的なSNS活用が、世界の世論を動かし、結果的に各国の政府に、より厳しい対応を促す結果になっているのは明らかでしょう。
軍事力で劣る国においても、武力に対して何ら無力な私たち一般人でも、少なくとも「言葉の力」で反撃をすることはできるということを、ゼレンスキー大統領とウクライナの人々は示してくれているように思います。
ロシア政府側にもロシア政府側なりの正義はあるのかもしれませんが、民間人も巻き込んだ武力行使や侵略行為がもはや世界的に絶対に許されないのは、今回あらためて明確になった事実です。
ゼレンスキー大統領がロシア軍によるウクライナ侵攻前にロシア市民に語りかけた動画が、今も話題になっています。
参考:「すべてのロシア市民に告ぐ」ウクライナ大統領、9分の動画が話題
こうしたウクライナの人々の言葉が、ロシアの人々にも届いているのは、ロシアで反戦デモが拡がりを見せていることからも明らかでしょう。
参考:ロシアで反戦デモの逮捕者6400人超、国営テレビは報道せず
ウクライナの方々のSNSを通じた「言葉の力」のコミュニケーションが功を奏し、一刻も早くウクライナに平和が訪れることを祈りたいと思います。