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我々は松本人志のコメントのない世界を生きている 「ザ・セカンド」立会い人 有田哲平と松本人志の違い

堀井憲一郎コラムニスト
(写真:Splash/アフロ)

「THE SECOND」見届け人は第1回は松本人志で第2回は有田と華丸大吉

キャリア16年以上の漫才師の大会「THE SECOND(ザ・セカンド)」の司会は東野幸治とフジテレビ宮司愛海アナウンサーが務めていた。

2023年の第1回も2024年の第2回もこの2人である。

2023年は「アンバサダー」として松本人志がいた。

2024年は「ハイパーゼネラルマネージャー」として有田哲平(くりぃむしちゅー)、スペシャルサポーターとして博多華丸・大吉がいた。

彼らは見守り人役である。

審査は一般人で芸人たちは立ち会い人

「THE SECOND(ザ・セカンド)」では、審査をするのは観客である。

会場で目の前で漫才を見ている100人の観客がボタンを押して採点する。

司会者と一緒にいるプロの芸人たちは、見守り人という立場である。

言い換えれば立ち会い人とも言える。

ここが「THE SECOND(ザ・セカンド)」の特徴となっている。

アンバサダーもハイパーも、「漫才の出来」について話すが、でも同時に客を楽しませようと発言もする。それぞれの方法で笑いを取ろうとする。

その部分を少しピックアップしてみる。

有田哲平らしいコメント

一回戦の第二対決、ガクテンソクとラフ次元の漫才のあとで、有田哲平は漫才そもそもの話をしはじめた。

「ネタは何回も練習しているだろうし、ステージに何回も掛けているのに、知らない振りして、驚いたりする技術があるじゃないですか、それがもう……何百回もやっているのに、一回下がって、すぐ(戻って)違った、とか、もう、すばらしい」と漫才の構造そのものに言及しはじめた。

いつも同じ話をしているのに、初めてのように驚けるのがすごいと言ったのだ。

発言途中に、博多大吉が「漫才をそういう言い方するのやめてください」と注意するし、演者のラフ次元は、やめてください、恥ずかしいと叫びだす。

こういうところが、とても有田哲平らしいところである。

真っ向からのバカ対決!

つづいて、ななまがりとタモンズの漫才への有田のコメント。

「いま、いろんな賞レースあって、まあよくそのシステム考えたなとか、そういう手法がまだあったかという漫才がいっぱいあるなか、ほんとに、真っ向からのバカ対決でいや、すばらしい! だからセカンド大好きなんです、いい対決です、これが見たいんです」

有田のこういう発言は、誰かのツッコミを待っているわけではなく、発言だけで完結するところが特徴である。

博多大吉の漫才に対する的確コメント

博多華丸・大吉は、コンビで出ているので、発言もきちんと役割分担していた。NHKあさイチの司会の役割分担と同じである。

大吉は、M−1の審査員でもあるから、漫才に対して的確なコメントをする。

「(ハンジロウは)普段ならもっと客席と一体になって、10分ネタだともっとおもしろいはず」

「ここでタイムマシーン3号が(負けた)っていうのは、売れてる証拠だとおもうんですけどね、ザ・パンチの16年の溜めには、そう簡単には勝てないとおもうんで…」

敗者の漫才の良かったところを紹介する役でもあった。

機知を見せるのが博多華丸

華丸は、ひとつひねった機知を見せる役である。

「ラフ次元、初めて見たんですけど、気持ちよかったー………どんなコンビでもいやがる企業の立食パーティにも自信を持って推薦できるコンビです」

「(タイムマシーン3号とザ・パンチの対決を終えて)ほんとすごい対戦でしたね、キャリア26年目と24年目の戦い、ちょっと古いたとえですけど、白鵬対朝青龍の30回目の取り組みみたいな、ぐらいの、ね」

(準決勝のタモンズとザ・パンチの対決を見終わって)

「いやあ、おめでたい漫才でしたね…はい、新年会対忘年会というような……」

2023年の松本人志のコメントを見返す

2024年大会を見終わってから、また2023年大会を見直してみた。

4時間以上の番組なので、なかなか手間がかかったのだが、有田と華丸大吉のコメントを聞いてから、2023年の松本人志のコメントを聞き返すと、いろいろと感じるところがある。

ギャロップのハゲがうろちょろしている

そもそも松本人志という存在じたいが、大会にとても大きかったことを感じる。

2023年優勝したギャロップの林が、優勝直後のコメントで(10秒ほどのコメント時間でしかなかった)

「M−1の2018年のとき、松本さんに4回ほど禿げてないって言われたんです、今回、オープニングでギャロップのハゲがうろちょろと言われて、それだけでも来れて良かったです」と言った。

これが林の優勝のコメントである。

ほんとうに嬉しかったのだろう。

ギャロップにとって、松本人志がどれだけ大きな存在だったのかが、あらためてわかる。

「R−1みたいにヤラセじゃないんで」

松本人志は最初登場したとき「マスコットキャラクターの松本です」と名乗って東野に「ちがうちがう」と遮られ、宮司アナが丁寧に「大会アンバサダーの松本人志さんです」と紹介されていた。

「大会を見守っていただく」と東野が後追い説明していた。

そのあと「THE SECOND」について、「R−1みたいに、ヤラセではないのでですね…」と発言するので、東野幸治はかぶせて「いやいやいやいや、R−1もヤラセやないから!……同じ局ですから……」と強くツッコんでいた。

テンダラーの浜本もあんなことがあってね

一回戦で、テンダラーの漫才を誉め、漫才マシーンのようやったと絶賛しながら、「浜本もね、あんなことあってね」と、2年ほど前のテンダラー浜本に不倫報道があったことを、わざわざ掘り起こしていた。

東野は半笑いになりながら松本に近寄り「それ、日本中で覚えてるのは3人くらいですよ」とツッコんでいた。浜本も予想外だったらしく、一瞬反応が遅れていた。

このあたりの笑いの作り方が松本らしい。

3組同点なんてヤラセだね

準決勝で、囲碁将棋とギャロップとマシンガンズの3組が284点だったのを受けて

「ギャロップも284点で同点で……3組が同点になるなんて、絶対、ヤラセだよね」と松本人志は重ねてきた。もちろん東野幸治が即座に違う違うと否定する。

ひと笑い欲しかっただけ

マシンガンズが準決勝で三四郎に勝ち、東野が「マシンガンズが、まず、決勝に行きました、松本さん」と振ったときも「そうかなあ」と首をかしげるフリをした。

マシンガンズは、慌てて抗議しながら松本に近寄っていった。

あれはツッコミというより抗議であった。

松本は笑って「ごめんごめん、ちょっとひと笑い欲しかっただけよ」と答える。

このあたりのやりとりが、マシンガンズと松本人志の距離なのだろう。

決勝でマシンガンズがギャロップに負けると、松本はこんどは「マシンガンズの勝ちかなとおもったんやけど」と言って、この人はほんとうにいつも「ひと笑い欲しい人」なんだと痛感する。

松本人志のコメントのない世界

松本人志の笑いの底には、根本を揺るがせて笑わせたい、という欲求が感じられる。

しばらくこれを見ていないなあと、その感覚をおもいだす。

「R−1と違ってヤラセじゃないし」とか「浜本のアレ」とか、このあたりは松本人志の発言だから成り立っているところでもあった。

ただ「ひと笑い欲しい」だけなのだろう。

それは見ている者はわかっている。

でもそのひと笑いのため、とんでもなく深いところまで踏み込んでいくのが、松本人志の笑いであった。追随者や崇拝者が多くなるはずである。

勝手に切り取られて話題になることも多かった。

そういう発言をしていたからだ。

2023年までは、そういうお笑いの世界を見ていたな、とあらためておもう。

2024年前半のお笑い界には松本人志はおらず、だからといって大きな欠落感をいちいち口に出すことなく、日々過ぎていくばかりである。

コラムニスト

1958年生まれ。京都市出身。1984年早稲田大学卒業後より文筆業に入る。落語、ディズニーランド、テレビ番組などのポップカルチャーから社会現象の分析を行う。著書に、1970年代の世相と現代のつながりを解く『1971年の悪霊』(2019年)、日本のクリスマスの詳細な歴史『愛と狂瀾のメリークリスマス』(2017年)、落語や江戸風俗について『落語の国からのぞいてみれば』(2009年)、『落語論』(2009年)、いろんな疑問を徹底的に調べた『ホリイのずんずん調査 誰も調べなかった100の謎』(2013年)、ディズニーランドカルチャーに関して『恋するディズニー、別れるディズニー』(2017年)など。

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