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『葬送のフリーレン』から「生命の寿命」を考える

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 人気マンガでありアニメにもなっている『葬送のフリーレン』は、2000年の寿命を持つとされるエルフが主人公だ。人生の意味や生命の尊さなどがテーマの物語と考えられるが、ほとんどの生命はいつか必ず死ぬ運命にある。

クラゲには不死のものも

 魔王を倒した後を描いたフィクションはいくつかあるが(『ロメリア戦記』『処刑された賢者はリッチに転生して侵略戦争を始める』など)『葬送のフリーレン』もそうした世界観で描かれる。この物語で魔王を倒したパーティの構成メンバー4人は、ヒトの勇者ヒンメルと僧侶ハイター、ドワーフの戦士アイゼン、エルフの魔法使いのフリーレンだ。

 ドワーフの寿命は数百年、エルフの寿命は1000年以上、2000年ほどという設定で、ヒトの寿命の最長寿記録は122歳だから同じ勇者パーティの中で寿命に格段の差がある。そのため、仲間たちが死んだ後、フリーレンは彼らと対話するための旅に出る、というのが『葬送のフリーレン』のあらすじだ。

 若返りを繰り返すことで不死を獲得したクラゲもいるが(※1)、生命のほとんどはいつか必ず死を迎える。それぞれの生物が、生まれてから老衰で自然死するまでの最長記録を「限界寿命」というが、サイズが小さく体重の軽い生物のほうが限界寿命は短い傾向があるようだ。

 陸上の動物で最も長寿とされるのはセイシェルゾウガメで、推定190歳以上とされる個体もいる。ヒト以外の霊長類はどうだろう。チンパンジーで長寿の記録は80歳で、この個体はターザン映画に出たことで有名になった。

代謝が問題なのか

 だが、海生動物はもっと長寿だ。2006年にアイスランドで発見された二枚貝は507歳と測定された(※2)。日本では室町時代から戦国時代が始まった頃だ。この発表をした研究者は、寒い海域で酸素消費量が少なかったから長寿だったのではないかと考えている。

 酸素を代謝する過程で活性酸素が生じるが、代謝が低くなれば活性酸素の発生量が減る。活性酸素は、いわゆるフリーラジカルとなって老化や病気などに影響をおよぼす(※3)。

 一方、活性酸素の働きを阻害する酵素として、スーパーオキシドジスムターゼ(Superoxide dismutase、SOD)が知られている。SODには、特にフリーラジカルの一つ、スーパーオキシドをなくしてしまう作用があり、我々ヒトは活性酸素の発生量に比べてSODの活性の割合が高い(※4)。

 哺乳類では体重と寿命に相関があるが、これが体重が少ないわりに我々ヒトがほかの哺乳類より長寿な理由と考えられている。フリーレンは、活性酸素の働きを阻害するSODを多く持っているのかもしれない。

環境が重要なのか

 では、温度の低い環境で代謝が低い場合、本当に長寿になるのだろうか。物語の中でフリーレンはけっこうな寒がりだ。

 海生の脊椎動物で最も長寿なのは、北極海のグリーンランド周辺に生息するニシオンデンザメ(Somniosus microcephalus)で、500歳以上になると推計されている(※5)。だが、ニシオンデンザメを調べた別の研究では、このサメの活性酸素を消去する酵素SODは体重に比例した年齢との相関関係に合致せず、酸化ストレスに耐性のある種が長寿というこれまでのフリーラジカル仮説とは違う結果が出たのだと言う(※6)。

 では、なぜニシオンデンザメは長寿なのだろうか。この論文の研究者は、ニシオンデンザメの長寿は酸化ストレスへの耐性が理由ではなく、北極海という環境や海に深く潜ったり浮かび上がったりを繰り返す生態や性的に成熟するのに時間がかかることが寿命に影響しているのではないかと考えている。環境要因や生活習慣、その種の生理によって寿命が長くなる、というわけだ。

 物語の中でフリーレンは、エルフが恋愛や生殖などにはほぼ関心がなく、静かに死に絶えていく種族と述べている。性的に成熟しないことでフリーレンは長寿なのだろうか。

 ところで、老化や寿命に関係するメカニズムに、DNAのメチル化という現象がある。これは後天的なDNAへの化学修飾(エピジェネティクス)のことで、生物は発生や細胞を分化させる際に「メチル化」という一種のパイロット機能をDNAに付随させ、発生や分化を間違えないよう的確に導いている。

 DNAのメチル化は加齢とともに変化し、細胞年齢のバイオマーカーとなる。一種の「遺伝子時計(epigenetic clock)」のような指標になるというわけだ(※7)。マウスのように寿命が短い種ではこの遺伝子時計の針の動きが速く、我々ヒトなどの寿命の長い種では動きが遅い。フリーレンは、この遺伝子時計の針の動きが極端に遅いのだろうか。

テロメアを長くできる機能

 ただ、植物の寿命はもっと長く、フリーレンよりも長く生きる樹木も多い。1964年に切り倒された米国ネバダ州の松の一種(Pinus longaeva)は4500年以上の寿命だったとされる(※8)。この種の長寿の樹木は、細胞分裂のたびに短くなるテロメア(染色体の末端)を長くできる機能を持つのではないかと考えられているが、フリーレンはエルフという森に住む一族なのでこうした機能を持つ植物的な生物なのかもしれない。

 死者と語らうためのフリーレンの旅に同行する魔法使いフェルンや戦士シュタルク、僧侶ザインらはヒトだ。フリーレンよりも寿命はずっと短い。

 だが、物語のヒトは老いるのも死ぬのも自然に受け入れる。「今を生きる」のは生物の宿命なのだろうか。フリーレンの旅は続く。

※1:S. Piraino, et al., "Reverse development in Cnidaria" Canadian Journal of Zoology, Vol.82(11), 1748-1754, November, 2004
※2:Alan D. Wanamaker, et al., "Very Long-Lived Mollusks Confirm 17th Century AD Tephra-Based Radiocarbon Reservoir Ages for North Icelandic Shelf Waters" Radiocarbon, Vol.50, Issue3, 18, July, 2016
※3:Denham Harman, "Origin and evolution of the free radical theory of aging: a brief personal history, 1954-2009" Biogerontology, Vol.10, 773-781, 24, May, 2009
※4:J M. Tolmasoff, et al., "Superoxide dismutase: correlation with life-span and specific metabolic rate in primate species." PNAS, Vol.77, No.5, 2777-2781, 1, May, 1980
※5:Julius Nielsen, et al., "Eye lens radiocarbon reveals centuries of longevity in the Greenland shark (Somniosus microcephalus)." Science, Vol.353, Issue6300, 702-704, 2016
※6:David Costantini, Shona Smith, Shaun S. Killen, Julius Nielsen, John F. Steffensen, "The Greenland shark: A new challenge for the oxidative stress theory of aging?" Comparative Biochemistry and Physiology, Part A 203, 227-232, 2017
※7:Anne Brunet, et al., "Epigenetic regulation of aging : linking environmental inputs to genomic stability." nature reviews, molecular cell biology, Vol.16, October, 2015
※8:Barry E. Flanary, Gunther Kletetschka, "Analysis of telomere length and telomerase activity in tree species of various life-spans, and with age in the bristlecone pine Pinus longaeva" Biogerontology, Vol.6, 101-111, March, 2005

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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