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部活の地域移行、文科省が言わない3つの重要課題

妹尾昌俊教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事
なにかが置き去りにされていないか (写真素材:photo AC)

先日(6月6日)、スポーツ庁の有識者会議は、中学校の部活動を地域のスポーツクラブや民間団体などに移すための対応策をまとめた提言を室伏広治長官に提出しました。令和7年度末を目途に移行する目標を掲げています。

学校部活動がいま、大きく変わろうとしています。

「そうは言っても、ホントに進むの?」と疑問に思う方も多いのではないでしょうか。率直に申し上げて、今回の提言書はよく踏み込んで検討できているのですが、同時に、十分に触れられていない課題、問題もあります。今日は、文科省、スポーツ庁がタッチしようとしないところに焦点をあてて、解説します。

■意欲的なスポーツ庁の提言

先ほど述べたとおり、今回のスポーツ庁の検討会議の提言は、よく検討されています。部活動改革の必要性、背景、改革の方向性について述べた上で、各論として、指導者の質・量の確保、活動場所の確保、大会のあり方、家計負担の問題、学習指導要領改訂での検討課題など、非常に幅広い論点について扱っています(図)。委員の方やスポーツ庁関係者のたいへんなご尽力を感じます。

なお、スポーツ庁のメインターゲットは中学校の運動部ですが、文化部については文化庁でも検討が進められています。両庁とも文科省の外局です。

出所)スポーツ庁、運動部活動の地域移行に関する検討会議提言について
出所)スポーツ庁、運動部活動の地域移行に関する検討会議提言について

※有識者会議の提言書と資料はコチラ

https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/shingi/001_index/toushin/1420653_00005.htm

■有識者会議や文科省、スポーツ庁が語りたがらないこと

とはいえ、この提言には十分に検討されていない論点もあります。褒めたあとで批判するのも恐縮ですが。それだけ、部活動をめぐる問題は、複雑で、簡単ではないのだと思います。

今回の提言では、メインは公立中学校についてであり、「公立高校や私立中高等がどうなっていくか分からない。現場に丸投げか?」といった疑問もありますが、それ以外にも、本稿では、3つの「盲点」あるいは「沈黙」について、指摘したいと思います。

写真:アフロ

第一に、地域移行した場合のマイナス面、政策の副作用についての検討が甘いことです。少し推測を含みますが、この会議では「ともかく、まずは公立中学校の休日の部活動の地域移行をなんとか進めるべし」ということに焦点が当たっていたのでしょう。そのためか、地域移行の是非やメリット、デメリットの検討は浅いように思います。

たとえば、既に小学校のスポーツ活動では、地域単位、民間主導で行われているものが多くありますが(後述)、そこでは、過酷な練習で子どもを潰してしまう例(怪我の増加やバーンアウトの問題)、それから、暴力・暴言・ハラスメントなどで児童を傷つけてしまう例なども報告されています

要するに、子どもたちの健康とウェルビーイングを守っていくという観点からは、地域単位でのスポーツ活動等の一部には大きな問題があります。

参考:妹尾昌俊「部活動地域移行、最大の課題が見過ごされている。生徒の健康を、誰がどう守るのか?」

こうした問題は、学校部活動でも起きているので(たとえば、体罰の発生が部活動中に多いことは、処分件数等で分かっています)、地域移行特有の問題ではないものの、地域移行して教員の負担軽減になったはいいが、子どもたちがしんどくなるようでは、いけません。スポーツ庁が目指す生涯スポーツにもつながらないはずです。もっとも、文科省、スポーツ庁のみで扱える問題とも言えず、関係省庁、自治体、保護者、地域社会など、多様な主体で考えていくべきことですが。

■先行例から学び、対策を講じるべき

実は、参考になる事例は身近なところにあります。小学校です。中学校部活の地域移行の取り組みからも、もちろん学べますが、一部の地域のみで先行しています。小学校では、もともと部活がほとんどなくて、地域のスポーツ少年団や習い事(スイミング教室、ダンス教室など)が受け皿となっているところは多いです。また、愛知県や熊本県など一部の県では、小学校の部活動が盛んで、教員が担っていました。これをここ数年で見直した(あるいは現在見直し中の)事例が多くあります。

写真:アフロ

小学校部活の地域移行前後を経験した小学校教員にインタビュー調査をして、地域移行の功罪を整理した研究もあります(青柳健隆「小学校における運動部活動からスポーツ少年団への移行に伴う変化:地域移行を経験した教員へのインタビュー調査から」、体育学研究 66:63-75,2021)

この調査によると、地域移行して練習時間が短くなったという例もある一方で、土日の子どもの負担が増えた、終わる時間が遅くなったという例も報告されています。指導者に教育配慮が不足しているなどの指摘もあります。また、保護者の時間的、経済的負担が増えたことで、加入させない、させられない家庭も出て、スポーツする子が減ったという例もあります。

出所)青柳前掲論文
出所)青柳前掲論文

ひとつの市、9人の教員への調査ですし、小学校でのことが、中学校、高校でも同様に言えるかは慎重に判断するべきですが、参考になる点も多いと思います。

指導者の質・量の担保、育成などはスポーツ庁の検討会議でも議論され、提言に盛り込まれていますが、十分議論されていない問題提起もあります。文科省等の審議会、有識者会議の定番は、先行事例のよいところや効果を中心ににヒアリングや視察を行う傾向です。もっと、問題点や政策の副作用からも学び、対策を練る必要があるのではないでしょうか。

■地域移行以外の策との比較検討がない

第二に、一点目とも関連しますが、地域移行以外のオプション(選択肢)の検討がないことです。

部活動改革の方向性は、なにも地域移行だけが選択肢ではありません。一例として、教職員数を増やし、遅番シフト(午後から授業+部活動)を組めるようにする案もあります。実際、ある私立の中高で近い事例があります(その是非は別途議論するとしても)。また、小学校の必修クラブ活動のように、特別活動のひとつに部活動を組み入れる案もありえます。ただし、中学校のカリキュラムは既にカツカツですし、教員の負担の問題もあるので、入れたとしても、せいぜい週1日などとなるでしょう。そうした場合には、いまのような練習量はできないので競技力が低下するなど、当然マイナスもあります(なお、こうした選択肢と地域移行をミックスさせるという案もありえます)。

いやいや、「運動部活動の地域移行に関する検討会議」なんだから、ほかの選択肢を検討していないという批判は、的外れでしょう、と言われるかもしれません。しかし、人手も予算も限りがあるなか、何かにリソースを取られると、何かは犠牲になります(トレードオフの問題)。どのような方策がベターなのか、本当に地域移行は他の選択肢よりも費用対効果は高いのかなどを検討する必要性はあるのではないでしょうか。

なお、付言すると、文科省、スポーツ庁には、各地域の部活動をどうしろ、ああしろと、教育委員会や学校に命じる権限はまったくありません!モデルを示したり、オススメ情報を出したり、呼びかけたりはできますが。部活をやるかやらないか、やるとしてもどの競技、活動をもつのかなどは、いまの法制度、学習指導要領上は、すべて学校(校長)の権限、裁量です。「中学校はなになにの部活動を設置する」といった法令はありませんしね。各学校で、地域移行以外のオプションも含めて、検討、試行していくことは可能です。

■いまのまま地域にスライドするのは難しい

第三に、部活動の精選、スリム化についても、ほとんど言及がありません。文科省、スポーツ庁としては、スポーツや文化活動の振興を掲げていますから、スリム化のことは、もっとも言いづらいことなのかもしれません。

地域移行したあとの活動を部活動と呼ぶかどうかは、ひとまず置いておくとしても、いまの中学校部活のように、さまざまな種類の活動を、平日も休日も面倒見てくれる都合のよい人材なんて、読者の地域にはたくさんいますか?

よく知られているように、地域移行の課題として、受け皿団体がない、指導者が確保できないという問題は、多くの地域・学校で付きまといます。その背景には、十分な予算・報酬を用意できそうにないこと(そのため民間企業等が名乗りを上げない)などもあるでしょうが、いまの部活の活動量では、受けられる人・団体が少ないという問題もあります。

写真:アフロ

二点目の他のオプションの話にも関わりますが、たとえば、複数の運動部を統合して、エクササイズ部(あるいは軽運動部)をつくる。大会等を目指さず、運動不足を解消するためにシーズンに応じた種目やトレーニングを週2~3日程度行う。技術的なアドバイスができる指導者がいることにこしたことはないが、必須ではなく、大人の役割は安全管理など見守りを中心にする。あるいは、大人も一緒に活動してもいい(まさに社会教育、生涯スポーツ)。こうした地域移行なら、担ってくれる地域団体等も出やすいのではないでしょうか。

現に小学生向けの地域スポーツや文化活動の中には、週末中心というところもありますよね(一方で過熱化して、子どもの過重負担となっているものもあるわけですが)。

つまり、いまの部活動をそのまま地域にスライドさせようとする発想自体に無理があります。生徒の希望、意見などは聞きつつですが、とはいえ欲張らず、まずはシェイプアップして部活動を精選する。活動日・時間を限定する。その上で担ってくれる団体・人を募集するというほうが、よいのではないでしょうか。

要約します。

①地域移行した場合のマイナス面、政策の副作用についても考慮し、対策を立てる必要がある。(文科省だけがやれ、という話ではなく、さまざまな関係者が準備するべき話です。)

②地域移行以外のオプションと比較して検討したほうがよい。

③現行の部活をそのまま地域にスライドさせようとせず、活動の種類と活動量の精選、スリム化を図る必要がある。

なにも私は部活動の地域移行に大反対しているのではありません。むしろ賛成派ですが、もっと準備しておくことがある、と申し上げています。試行しながら改善していくことも大事ですが、「こんなはずじゃなかった」、「中学生が犠牲になっている」というものにしたくありません。

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教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表理事

徳島県出身。野村総合研究所を経て2016年から独立し、全国各地で学校、教育委員会向けの研修・講演、コンサルティングなどを手がけている。5人の子育て中。学校業務改善アドバイザー(文科省等より委嘱)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁の部活動ガイドライン作成検討会議委員、文科省・校務の情報化の在り方に関する専門家会議委員等を歴任。主な著書に『変わる学校、変わらない学校』、『教師崩壊』、『教師と学校の失敗学:なぜ変化に対応できないのか』、『こうすれば、学校は変わる!「忙しいのは当たり前」への挑戦』、『学校をおもしろくする思考法』等。コンタクト、お気軽にどうぞ。

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