Yahoo!ニュース

「新しい生活様式」 〜消毒液に潜む危険性について考える〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 新型コロナウイルス感染症の流行下の生活で、いろいろな場で「消毒」が行われるようになった。公共施設や文化施設、商業施設などの入口にはスプレー式の消毒薬が設置され、入館・入店時に使用することが求められている。

 そのような中、「子どもの事故予防地方議員連盟」幹事長の矢口 まゆ町田市議会議員から下記のような相談があった。

 

 2人の子ども(共に未就学児)を連れて空港を利用した際、ターミナルビルのエレベーター前に置いてあった消毒液が子どもの目に入りました。子どもの身長は94cmです。咄嗟に目を瞑ったので、ほとんど入っていないと思われますが、ほんの少し入っただけでも痛いようです。

 消毒液は手をかざすと自動で出てきます。大人の肘の高さから斜め下に向かって噴射します。小さな子どもが手をかざした場合、間違いなく子どもの顔に直撃します。

 空港内には、ここ以外にも複数の場所にまったく同じタイプの消毒液があり、設置されている高さも同じでした。

画像
画像はいずれも矢口 まゆ議員撮影
画像はいずれも矢口 まゆ議員撮影

新しい製品、新しい事故

 これは、「新しい製品が出回ると、新しい事故が起きる」という原則の典型例と言える。このような消毒液は、一般成人が「手を差し出して消毒する」という動作に対応した位置に設置されているが、小さな子どもにとっては、ちょうど顔面に噴霧される位置となる。

 インターネットで検索してみると、2020年4月以降に限っただけでも、上記と同様の事例は複数散見される。また、アメリカCDC(Centers for Disease Control and Prevention)のサイトには、未就学児がテーブルの上に置いてあった手指用の消毒薬を飲み込み、救急搬送された事例が紹介され(Case 2)、「同様の事態は、2020年3月上旬に報告数が大幅に上昇している」と書かれている。

 今のところ、日本国内では消毒液が子どもの目に入ったことによる重大な傷害は報告されていないと思われるが、今後もある程度長い間、いたるところに消毒液が設置されるであろうことから、早めに具体的な予防策を検討・実施する必要がある。現時点ですぐにできる予防策を挙げてみたい。

 たとえば、

・子どもの顔にかからない位置に、消毒液を設置する

・「子どもの顔にかかったり、吸い込んだりすると危険です」と目立つように表示する

・噴霧タイプではなく、液状タイプを使用する

・自動式は、子どもが手を出すと噴霧される可能性があるので、子どもが使う場合は手押し式にする

・危険性が低い消毒薬を使用する

などの対策が考えられる。

 私が園医を務めている保育園に消毒液の設置場所について聞いてみたところ、園児は消毒液は使用せず、登園したらすぐ手洗いをしているとのことであった。一方、保護者にはエントランスに置いてある消毒液を使ってもらっているそうだが、泡で出るタイプなので、飛び散らないとのことであった。適切な対応であろう。

新型コロナウイルスの消毒・除菌法

 厚生労働省の「新型コロナウイルスの消毒・除菌方法について」というページを見ると、一般的に用いられている消毒液として、アルコール消毒液、次亜塩素酸ナトリウム水溶液、次亜塩素酸水などが挙げられている。モノに対してはどれも使用できるが、手指に対しては、次亜塩素酸ナトリウム水溶液や次亜塩素酸水は使用できないことになっており、今回の報告にあった空港で使われていたのは、アルコール消毒液と思われる。

 手や指などへのウイルス対策として、第一に「手洗い」の重要性が挙げられており、ウイルスは流水による15秒間の手洗いだけで1/100に、石鹸で10秒もみ洗いし、流水で15秒すすぐと1/10000に減らせるとのことである。

 アルコール(濃度が70%以上、95%以下のエタノール)は、ウイルスの膜を壊すことで無毒化する。アルコールは、以前から除菌・消臭スプレーとして、室内空間、またはまな板や靴などに直接スプレーして菌の繁殖を抑えたり、嫌な臭いを消すために使用されている。エタノールの目への刺激性は弱く、皮膚に対しては中程度の刺激性がある。目に入った場合は、流水で15分以上洗浄することがすすめられている。

 塩素系漂白剤(次亜塩素酸ナトリウム)や次亜塩素酸水は、テーブルやドアノブなどに用いられている。次亜塩素酸の酸化作用により、ウイルスを破壊して無毒化する。一般家庭で衣類や台所用品の除菌に用いられている塩素系漂白剤は、次亜塩素酸ナトリウムと水酸化ナトリウムを含有した強アルカリ溶液で、細菌、ウイルス、芽胞の消毒として使用されている。次亜塩素酸ナトリウム溶液の濃度が高い製品を飲み込んだり、吸い込んだ場合は危険性が高く、目に入った場合は角膜のびらんが起こる可能性があり、眼科を受診する必要がある。

除菌剤・消毒剤の誤飲は

 日本中毒情報センターのデータを見ると、除菌剤や消毒用エタノールの誤飲件数は2020年4月以降、急増している。アルコールなど手に入りにくくなっている除菌剤・消毒剤の代わりに、塩素系漂白剤を使用するケースが増えたこととの関連性が指摘されている。

 誤飲した状況としては、

・ペットボトルに入れて保存していた塩素系漂白剤の希釈液を水と間違えて飲んだ

・塩素系漂白剤の希釈液をスプレー容器に入れて噴霧し吸い込んだ

・塩素系漂白剤を加湿器に入れて使用した

・塩素系漂白剤の希釈液を手の消毒に使用した

などが報告されている。

予防策として

 子どもはさまざまなものに興味を持ち、触ってみる、舐めてみる、口に入れてみる、といった探索行動をとる。入室に際して、セキュリティパスが必要なオフィスなどごく一部の例外はあるが、今の時代、子どもはどこにでもいるし、どこへでも行く。社会は、多くの場合一般成人向けにデザインされているので、身体のサイズが小さく、衝撃や刺激に弱い子どもには不向きな環境である場合が多く、本当の意味での「ユニバーサルデザイン」になっていない。特に空港のような公共施設では「子どもが使用する」ことを前提にしたデザイン、対応が求められる。

 また、最近の傾向として、消毒薬に頼りすぎている点も指摘しておきたい。厚労省も指摘しているように、最も重要なことは、「こまめに流水で手を洗う」ということだ。大人も子どもも原点に立ち返り、「手洗い」の習慣づけ、励行を勧めたい。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

山中龍宏の最近の記事