親日家女性の痛ましすぎる死―「日本は安全な国だと思ってた」母親らが会見で涙
「すぐ助けて下さい。迷惑かけたくないけど、私は大丈夫じゃない」―先月に名古屋入管の収容施設で死亡したスリランカ人女性が支援団体へ宛てた手紙の一節だ。女性は幾度も助けを求めていた。だが、入管は女性を入院させず、最悪の結果となった。今月14日、母親ら女性の遺族がオンラインで会見を行い、「どうして娘を助けようとしなかったのか?上川法務大臣や菅首相に会って聞きたい」と訴えた。
○日本の子ども達に英語を教えることを夢見て来日
亡くなったのは、ウィシュマ・サンダマリさん(享年33歳)。母親のスリヤラタさんは「子ども好きで、勉強を教えるのが好きでした。貧しい家庭の子どもにも『お金はいらないから』と勉強を教えていた優しい子でした」とウィシュマさんについて語る。
「スリランカ現地のインターナショナルスクールで日本人の子どもにも教えていた経験があり、日本人の子どもの礼儀やマナーの良さから、ウィシュマは日本が好きになり、日本に行きたいと思うようになりました。娘が海外で生活することは、とても心配でしたが、日本は安全な国だからと納得し、お金をかき集めて送り出しました。それがこんなことになるなんて…」(同)。
ウィシュマさんは、「日本の子ども達に英語を教えたい」という夢と共に、2017年に留学生として来日。だが、その後、ウィシュマさんは学費を払えなくなり通っていた日本語学校の学籍を失ったことで、在留資格も失ってしまった。さらにウィシュマさんは当時交際していた男性に「DV被害を受けた」と警察に相談したが、在留資格を失っていたことから、昨年8月、名古屋出入国在留管理局(名古屋入管)の収容施設に収容されてしまったのだという。
ウィシュマさんが収容された当時、スリランカ行きの定期便は飛んでおらず帰国したくても帰国できなかったこと、また日本で勉強を続ける夢を諦められなかった等の事情からウィシュマさんは名古屋入管に収容され続けていた。今年1月頃からウィシュマさんは、吐き気・嘔吐、食欲不振などの体調の悪化を、面会に訪れていた支援団体のメンバー達に訴えるようになる。この時点で、既に収容当初より12キロ以上、体重が減少していた。法務省/入管庁による調査の中間報告によれば、今年1月22日から庁内診療室で受診するようになったが、今年1月28日、嘔吐に血がまじるようになり、外部の医療機関での受診をウィシュマさんは泣きながら求めたのだという。
○体調が悪化しても入院させず
今年2月上旬頃から、自力で歩けず車椅子を使うようになるなど、ウィシュマさんの衰弱が著しくなる。前述の中間報告によれば、ウィシュマさんは、ほとんど水分しか取れず、お粥などをスプーン何さじか食べるものも吐いてしまうということが続き、2月中旬以降は寝たきりの状態になってきて、トイレも職員の介助が必要になってきたのだという。支援団体「START」(外国人労働者・難民と共に歩む会)の顧問、松井保憲さんは体調悪化が著しくなったウィシュマさんの様子は、一見して尋常でないものだったと語る。
「車椅子にもたれかかっていて、座ることもままならず、口から泡を吹いていました。右手が動かせなくなっていて、指も伸ばせなくなっていました」(松井さん)
ウィシュマさんの容態を危惧した松井さんらSTART側は、2月上旬頃から自分達が彼女を病院に連れていくとして仮放免*1を求めたものの、収容は続いた。入管側が外部の病院にウィシュマさんを連れていくことも二度あったが、2月5日は胃カメラによる検査のみで、担当した医師が点滴を勧めたにもかかわらず、入管側は「時間がかかる」との理由で応じなかったのだという。また、3月4日の外部病院での受診も、精神科での頭部CTスキャンによる検査のみであり、点滴は行われなかった。つまり、いずれも検査であり、治療ではなかった*2。この点について、STARTは他の市民団体との連名での名古屋入管への申し入れの中で「入管は収容主体責任として被収容者の健康や生命を守る等の責任義務がある」と指摘している。その義務を果たさないのであれば、ウィシュマさんをSTART側に引き渡せば良かったのだ。
*1 就労しない等、一定の条件の下で収容施設の外での生活を許可すること。入管側の主張では、今年3月上旬頃、ウィシュマさんの仮放免を許可することの検討が行われ始めたのだという。
*2 中間報告では、経腸栄養剤を今年2月22日からウィシュマさんに与えはじめたとあるが、その記載されているウィシュマさんの1日の摂取量は、メーカーが「1日分の成人標準量」としている分量の3~5分の1程度だ。
そして、今年3月6日の朝、入管職員らがウィシュマさんの血圧と脈拍を測定しようとしたが「計測器がエラー表示となった」ため測定できず。同日午前中、ウィシュマさんは「あー」「うーん」と声を発していたが、午後になって入管職員の呼びかけに反応しなくなり、同日午後2時半頃、外部病院に緊急搬送されたものの、同日午後3時25分頃、搬送先の病院で死亡が確認されたのだという(いずれも中間報告より)。
○死因は「不明」、問われる法務省/入管のスタンス
支援団体側の証言や、法務省/入管の中間報告の内容からは、ウィシュマさんの死因は栄養失調による衰弱死のように思えるが、中間報告では死因は「司法解剖を行った解剖医の鑑定が継続中であり、現時点では不明」となっている。また、ウィシュマさんの体重は2月23日の時点で、収容当初より約20キロ減少していたとあるが、死亡時の体重は「不明」だという。あくまで中間報告だとは言え、核心部分が抜け落ちているかたちだ。
彼女の母親で前出のスリヤラタさんにも、日本大使館を通じてウィシュマさんの死亡後、説明を受けたが、死因も入管側の対応の詳細もわからないままだ。スリランカ現地では、ウィシュマさんの非業の死がメディアでも報じられ、日本の入管に対する批判も高まっているという。親族や記者などから、入管の施設でウィシュマさんが亡くなったことについて、質問攻めにあっているスリヤラタさんだが「自分も何も知らされていないので説明できません」と言う。「なぜ、入管はウィシュマに治療を行わなかったのか」「法務省の調査ではなく、警察が捜査を行うべきです」(同)。遺族達はウィシュマさんの遺体を引き取りに、日本を訪問することを予定しており、可能ならば上川陽子法務大臣や菅義偉首相にも面会し、本件についての説明を受けることを希望しているのだという。
ウィシュマさん事件は、ブラックボックスの中で被収容者の収容や仮放免について決定され、その決定の是非について、裁判所など第三者機関の速やかなチェック機能が働きにくい、という現在の入管行政の制度的な問題に起因するものでもあろう。この問題は、国連人権理事会の恣意的作業部会でも「国際法違反」として昨年9月の時点で指摘されていたものでもあるが(関連記事)、法務省/入管側は「事実誤認」と反発、今国会で審議が行われている入管法「改正案」にも改善策を取り入れなかった(関連記事)。スリヤラタさんら遺族の会見をサポートした一人、指宿昭一弁護士は「(法務省/入管の)中間報告は遺族の方々を納得させるものでは全くありません。入管が死にかけているウィシュマさんを見殺しにしたことは明らか」と憤る。
「3月6日の午前中、脈拍と血圧が測定できなかった時点で、入管が救急車を呼んでいれば、ウィシュマさんは助かっていた可能性はあります。これ、普通の人間なら誰でもやることでしょう。その状況で何もしなかった、死なせてしまった。そんな入管にさらなる強大な権限を与える入管法の改悪など、審議してはいけないし、採決するなど許されないことだと思います」(同)
過去20年、日本の入管施設内や強制送還の最中で、ほぼ毎年のように医療面の対応の遅れや自殺などにより、被収容者が死亡してきた。ウィシュマさんのような犠牲をもう二度と繰り返さないよう、法務省/入管のスタンスが根本的に問われている。
(了)