久保建英を「現地メディア」を用いて叩く違和感。批判したければ、すればいい。
違和感を、感じている。
リーガエスパニョーラ第22節、マジョルカは敵地でビジャレアルと対戦した。久保建英は先発でピッチに立ち、68分までプレー。試合はビジャレアルが3−0で勝利を収めた。
ビジャレアルが、マジョルカに力の差を見せ付けた印象だった。そもそも、チャンピオンズリーグでベスト16に進出しているビジャレアルと残留を争っているマジョルカでは、地力が違う。
だが、問題はここからだ。
“現地メディアが久保の守備を批判”といった論調が巻き起こったのである。
■不可解な帰結
「はて、久保の守備…?」と疑問を抱いた私は、該当記事をあたってみた。
『Managing Madrid』という謎のサイト(失敬!)には、確かにビジャレアル戦の久保に関するものがあった。
その文においては「クボがレアル・マドリーのレベルに達するためには戦術的にもフィジカル的にも向上しなければいけない」という不可解な締め括りがなされている。
ただ、この『Managing Madrid』を現地メデイアの評だと鵜呑みにするのは危険だろう。
スペインでは、『マルカ』『アス』『スポルト』『ムンド・デポルティボ』がいわゆる「四大紙」として知られている。現地メディアとして紹介されるのは、第一にこの辺りであるべきだ。
『ディアリオ・デ・マジョルカ』『メディテラネオ』といったローカル紙がこの群に加えられるのは、まだ理解できる。あるいは、スペインで根強い人気を誇るラジオ局だ。
しかしながら『Managing Madrid』何某はーー。ただの、レアル・マドリーのファンサイト。それが私の印象だ。ラ・リーガの真のファン、久保の真のファンは、全く気にする必要がない。
■久保を批判できない空気
それにしても、現地メディアを介してのみ、久保への批判が成り立つということなのだろうか。
久保を批判したければ、批判すればいい。私は率直に、そう思う。
建設的な批判、あるいは権力の監視、あるいは、なされていない指摘を行うことでメディアの機能性は保たれる。このような海外の謎サイトを引き合いに出し、不可解な帰結に導かれては、気分を害するだけだ。
久保を批判できない空気は、この数年、強まっていたように思う。
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