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笑いたい若い世代にハマったフジテレビらしさ 『翔んで埼玉』、不穏な時代が生んだヒット

武井保之ライター, 編集者
公式サイトより(C)2023 映画「翔んで埼玉」製作委員会

 2023年の映画興行は邦画実写が好調だった。年間の実写TOP5のうち邦画2作は興収50億円以上、5位でも45億円。大ヒットが多く生まれた年になった。そんななか注目したいのは、“壮大な茶番劇”をうたうシリーズ2作目『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』の再びのヒット。チャレンジングなテーマに挑んだシリアス系作品とは明暗が分かれる結果になった。

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フジテレビらしい気楽に笑えるノリ

 埼玉をめぐるさまざまな論争も呼んだ前作『翔んで埼玉』(2019年)は、37.6億円の大ヒット。その第2作目『翔んで埼玉 〜琵琶湖より愛をこめて〜』は、埼玉解放戦線と滋賀解放戦線が手を結び、場所を関西に移した東西対決を描き、再びのスマッシュヒットとなった。すでに最終興収20億円台が視野に入っている。

 作風をそのままに舞台となる場所を変え、地域格差をベースにさまざまな関わり合いを作り、そこから対決構図を生み出す。2作目が成功したことで、この先いろいろな地域での続編が考えられる。海外も視野に入れれば、それこそネタは無限に広がる。長く続くシリーズとなり得る、汎用性の高いフォーマットを生み出した。

 そんな本作は、製作にフジテレビが入っているのがポイントだ。バカバカしさを笑いに昇華するフジテレビらしいノリが、地域格差をネタにしつつそこに愛情と敬意を欠かさない対決要素と相まって、気楽に笑いながら見られる映像作品として結実している。

 映画ジャーナリストの大高宏雄氏は「あのバカバカしいおもしろさが、いまの不穏な空気に包まれる時代に受け入れられやすいのかもしれない。観客は若い世代がほとんどだが、みんな笑いたいから映画館に行く。そういう映画の効用はある。いまの時代だからこそヒットしている気がする」と分析する。

 しかし、こういったスタイルのコメディシリーズは、いずれ必ず“飽き”が来る。シリーズ化はマンネリとの避けられない戦いになる。そこでフジテレビがどんな斬新なアイデアを生み出していくのか、まだ見ぬ笑いをどう提供し続けていくかが注目される。

挑戦的な題材の新しい芽がヒットしない

 一方、いまの時代性がネガティブに作用してしまったと思われるのが、サイコサスペンス『怪物の木こり』のほか、実際の障害者殺傷事件を題材にする『月』や、誰にも理解されない苦しみ抱え、世間の普通と折り合いをつけながら生きる人々を描く『正欲』などシリアス系の作品だ。

 とくに『月』と『正欲』はチャレンジングな題材に臨んでおり、邦画実写大作ばかりにヒットが偏り、シネコンで上映される作品の幅が狭まるなか、新たな芽として意義のある作品であり、映画賞などでの評価も高い。

 そんな2作の興行がもっと伸びてほしかったとする大高氏は、その背景について「作品が広く知られていなかったことも大きい」とする。そして、関東大震災の5日後に実際に起こった虐殺事件を描く『福田村事件』が時事ニュースなどでも紹介されていたことと比較し、「取り上げるメディアが少なかった。『福田村事件』と真逆のケースではないか」と指摘する。

 題材の難しさゆえにマスメディアが取り上げにくい状況があったのかもしれない。さらに大きな課題として、若い世代の傾向に言及する。

「いまは若い層を社会的テーマの作品に集客するのが難しい時代。社会問題を取り上げるハードな内容の作品への関心度が低いばかりか、アンテナはあまり触れたくないほうに振れている。それを前提にどう作品を知ってもらうか。ネットやSNSはもちろん重要だが、それだけではない多角的な宣伝を考えないといけない」(大高氏)

 いまにはじまったことではないが、若い世代へのアプローチは簡単ではない。時代によっても関心事は常に移り変わる。多様な作品を楽しむ観客をどう増やしていくことができるか。長く映画界全体に課されている課題だろう。

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ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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