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ジブリ呪縛からの脱却へ ポノック新作『屋根裏のラジャー』への西村義明氏の覚悟【1/2】

武井保之ライター, 編集者
『屋根裏のラジャー』(12月15日公開)(C)2023 Ponoc

 元スタジオジブリのプロデューサーであり、『かぐや姫の物語』(高畑勲監督)と『思い出のマーニー』(米林宏昌監督)で二度の米アカデミー賞長編アニメーション映画部門ノミネート。日本アニメ界に大きな実績を残しているスタジオポノック社長・西村義明氏。ポノック長編2作目となる『屋根裏のラジャー』(12月15日公開)は、制作遅れから公開が1年半延期になり、会社が経営危機に陥ったことも話題になったが、その裏側を語ってくれた。

(後編:ジブリと一線を画するポノック西村義明氏 『屋根裏のラジャー』は『ジョーカー』のアンチテーゼ

当初より1年半遅れた制作現場の実情

 当初、昨年の夏休み公開予定だった『屋根裏のラジャー』。西村氏がジブリ時代から仕事をともにし、絶大な信頼を置く百瀬義行監督が100%の完成度を目指した本作は、アニメーターの働き方改革による作業時間の減少や、フランスからの新たなアニメーション技術の導入も要因となり、制作が大幅に遅れた。

「一昔前までアニメーション産業は長時間、重労働で成り立ってきました。僕がジブリにいた頃の業界では、月100時間超え残業で週6日以上労働が常態化していたと思います。しかし、現在ではそれは是正されているはずです。

 スタジオポノックでも遵法意識に基づいて、働き方改革に即した作業スケジュールを組んで制作をスタートしたのですが、コロナ禍の影響もあり、クリエイターひとり当たりの作業量は想定を下回り続けて、『メアリと魔女の花』のときの約2/3まで減少してしまいました。労働集約型産業であることは変わらないなかで、クリエイター人材の枯渇問題も大きく響きました」

 一方、本作では手描きアニメーションの表現の幅を広げるために、フランスのスタジオと手を組み、新しい技術を導入した。西村氏は「独特なソフトウエアですが、本作ではキャラクターの質感表現と陰影のライティングに使用しました」と語る。

「この数十年の手描きアニメーションは、CGアニメーションと比べると表現の進化の幅は極めて限定的だったように思います。背景美術は緻密さと奥行きを増していくものの、キャラクターは依然として平面で、それが世界を魅了する漫画アニメ的なる画面を作り出してはいた。しかし、作り手の性分というものもあり、異なる画面を作りたいとずっと考えてきたんです。

 そのなかで、手描きアニメーションの可能性のひとつは、キャラクターの質感表現とライティング表現だろうとも思っていて、それが今回、フランスのスタジオと組んでかなり実現できた。質感とライティングが足されたキャラクターたちが、美しい手描き背景美術と画面内で共鳴をしはじめる。別々の様式だったふたつの世界が、百瀬義行監督の演出とともに、本来のアニメーションの理想である『一枚の絵が動く』という地点を目指しはじめた。それは、2Dでも3Dでもない何か別の“2.2D”とでも言えるようなものかもしれません。

 ライティングは、実写でもそうですが、極めて有効な映像表現手段です。たとえば顔への光の当たり方や陰影で、人間の心理を演出できる。また、フェルメールやレンブラントの絵画のような目を見張る美しいコントラストを描くことも可能になる。

 その領域にアニメーションが挑戦できるならば、描ける人物の心理が1階層深まることも期待できるし、扱える物語の幅も広がる。それは今回の作品内容ともマッチすると思っていました。ラジャーという想像の少年に実在感が生まれる。つまり、想像の実在とでもいうものに迫ることができる」

 ところが、この新しい技術の導入はクリエイター間のやりとりを煩雑にした。また、こうした表現の刷新は作業工程の流れがすべて変わるため、進行上の混乱も招いた。これらの問題が絡み合って制作現場において収拾がつかない状態となり、公開延期が避けられなくなった。

映画を作り終える前に会社倒産が見えた

「公開が1年半遅れることで、小さな会社には身に余る負担を覚悟する必要がありました。零細企業ゆえ銀行からの借入も限られていますし、出資者に頭を下げて何とかなる金額ではなかった。狭い業界なのでポノックを知る多くのアニメーション制作会社の方々から『西村、大丈夫なのか?』と心配してくれて(笑)。

 資金繰りには苦労しました。しかし、海外販売は見込めていたので、完成して公開するまでの資金繰りの問題でしたし、信頼している方々のご協力を得てギリギリ何とか目途がたちました。

 これまでにもいろいろな決断を迫られてきましたけど、今回は小さな会社の経営の難しさを痛感しました。公開延期すれば、制作費は必然的にその分が上乗せされますし、クリエイターの確保も難しい時代になっている。よくこんな地獄のような状況を潜り抜けたなと思います。

 ただ、今回の延期については、本当に多くの方々に迷惑をかけてしまい申し訳なく思っていますし、美談にするつもりはありません。映画を作り終える前にスタジオが倒産するかもしれないことが見えたときに、支えてくれてご協力いただいた方々に心から感謝しています」

【後編】「ジブリと一線を画するポノック西村義明氏 新作『屋根裏のラジャー』は『ジョーカー』のアンチテーゼ」へ続く

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

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