Yahoo!ニュース

ジブリと一線を画するポノック西村義明氏 『屋根裏のラジャー』は『ジョーカー』のアンチテーゼ【2/2】

武井保之ライター, 編集者
『屋根裏のラジャー』(12月15日公開)(C)2023 Ponoc

 元スタジオジブリのプロデューサーであり、ジブリの制作部解散後にスタジオポノックを立ち上げた社長兼プロデューサーの西村義明氏。ポノック長編2作目となる『屋根裏のラジャー』(12月15日公開)の公開を前に、西村氏の現在を形作ったジブリ時代の高畑勲監督との仕事を振り返り、ポノック作品が「ジブリ作品に似ている」とも言われることへの思いを語ってくれた。

(前編「ジブリ呪縛からの脱却へ ポノック新作『屋根裏のラジャー』への西村義明氏の覚悟」より続く)

ポストジブリと言われることへの意識

 ポノックについてまわるジブリの影。前作『メアリと魔女の花』(2017年)では、アニメーション表現や作品性において、「ジブリに似ている」と言われることもあった。ポノックとして自身のスタジオを立ち上げた西村氏に思うところを聞くとこう答える。

「ポストジブリと呼ばれるのは光栄ですが、そこはあまり意識していません。映画ってやはりどこまでいっても属人的な芸術だと思っていますし、内容が変われば表現も変わる。キャラクターも画面も、描く人間と、描かれる内容に合わせたものが必然的に生まれて、時代とともに変化し続けるのだと思います。

 ジブリ作品は僕が10歳になる前から親しんできました。ジブリで高畑勲監督と10年間仕事をして、鈴木敏夫プロデューサーと宮崎駿監督と過ごしてきた経験から、ジブリ的なるものは、自分のなかに深く根ざしている部分はあると思います。大切にしたいものもあるし、彼らの教えを捨てるときもある。一つひとつの作品に向き合っていくなかで、その作品に相応しい考えや表現を模索し続けていくのだと思います」

 そして、プロデューサーとして高畑勲監督と組んだ仕事を振り返る。

「高畑勲監督は、宮崎駿監督や鈴木敏夫プロデューサーも恐れる方でしたし、山田洋次監督や大林宣彦監督、実写だけでなく多くの作家からも敬愛されていたように思います。その方が当時27〜28歳の無知な若者と組んでくれて、とことん対話してくれた。

 幅広くいろいろなことを学ばせていただきましたけど、ずっと高畑勲監督の思考の柔軟さに驚かされもし、助けられもしました。垣根なく耳を傾け、誰の話でも聞く。高畑勲監督との仕事と対話を通して、映画作りにおいても、僕のなかに映画人としての確固たる軸が出来たように思います。

 高畑勲監督は関わるすべての作品で新たなアニメーション表現を模索し、実現してきました。描くべき内容も、描かれるべき舞台も多岐にわたる監督であり、世界のアニメーション業界において取り扱える内容や物語の幅を広げ、表現の可能性を大きく広げたことに異論を持つアニメーションの作り手はいないでしょう。

 本来は成立しにくいような映画企画をひとつずつ実現していく姿は、周囲から見れば挑戦というわかりやすい言葉を使うのだと思いますが、それは作り手のなかに内在する性分みたいなものであって、高畑勲監督にとっては至極当然の創作姿勢であったろうと思います」

『屋根裏のラジャー』は『ジョーカー』のアンチテーゼ

 企画から6年以上をかけて完成し、いよいよ公開される新作『屋根裏のラジャー』は、スタジオポノック第2作となる西村氏にとっての渾身作。イギリスの児童文学をベースにしながら、現代人にも通じるメッセージを込めた人間ドラマになる。

 その作品性は、これまでのジブリ作品とも前作『メアリと魔女の花』とも異なる、次なるポノックの新たな一歩を感じさせる。しかし、根底にあるポリシーは変わらない。西村氏は「映画や芸術は豊かであるべきで、いろいろな作品があっていい。ただ、僕たちには作品の条件があって、それは、子どもが見るに値するか。それだけ守られていればいい」と語る。

「本作は繰り返し映画化されているアメコミの悪役が主役の『ジョーカー』のアンチテーゼみたいな意味もあるだろうとは企画段階で思っていました。絶望的に不幸な社会で悪の道に堕ちていくジョーカーに感情移入する大人たちのニヒリズムへのカウンターパートは、少なくとも僕にとっては必要だった。これからの世界は不幸になっていく、人口減少で日本の未来にいいことはない、という諦めを大人たちが言い続ける世界が、子どもたちにとって幸福なはずはない。

 僕は、君たちが生きる世界は絶対によくなると放言したい。子どもが未来を作ると言われますけど、未来を作るのは大人であり、子どもはそこを生きるだけです。僕らにはその未来を作る責任がある。子どもの想像だけでは未来を作れない。そのときに何があれば現実に打ち勝てるのか。それを『屋根裏のラジャー』のなかで描いたつもりです」

 ジブリ新作『君たちはどう生きるか』(宮崎駿監督)は、難解な一面もあるストーリーや映像演出が話題になり、SNSではさまざまな考察が飛び交った。本作にもそんな要素が多くあり、公開後の作品内容をめぐる論争も期待される。

「誰しも子ども時代に大事だと思った何かや、秘密にしていた想いがある。そこにド直球のストレートを投げています。表面的に見れば、子どもがわくわくハラハラする映画でしょうが、少しだけ見る角度を変えると、大人たちにとっては2層目が見えてくるような作品です。見る角度、光の当て方によって目に映るものが異なる多面体のような物語でもあると思っているので、かつて子どもだったすべての大人たちにも楽しんでいただけたらと思います」

【前編】ジブリ呪縛からの脱却へ ポノック新作『屋根裏のラジャー』への西村義明氏の覚悟

ライター, 編集者

音楽ビジネス週刊誌、芸能ニュースWEBメディア、米映画専門紙日本版WEBメディア、通信ネットワーク専門誌などの編集者を経てフリーランスの編集者、ライターとして活動中。映画、テレビ、音楽、お笑い、エンタメビジネスを中心にエンタテインメントシーンのトレンドを取材、分析、執筆する。takeiy@ymail.ne.jp

武井保之の最近の記事