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「常磐線全通」は復興の象徴として演出されたのか? 【常磐線全線再開2周年・復興と広報その3】

小林拓矢フリーライター
特急「ひたち」は常磐線経由で東京と仙台を結ぶ(写真:イメージマート)

戦略的情報発信と常磐線全通――演出としての「広報」

福島県の広報予算はどう使われたのか?

 戦略的情報発信――地方の県庁の役職にしては、仰々しい名前だ。福島県の総務部広報担当には、「総務・電子広報担当」「活字担当」「電波担当」「戦略的情報発信担当」と、4つの担当がある。

「総務・電子広報担当」は、知事公室関連、広報関連庶務を担当する。報道機関および記者クラブとの調整もここの担当だ。

「活字担当」というのは、県の広報誌作成や、地元紙を中心とした新聞社の担当である。

「電波担当」は、県内のテレビ・ラジオ局を担当する。

 では、「戦略的情報発信担当」とは? 情報公開請求によって手に入れた「令和3年度 広報課 事務分担表」によると、次のようなものだった。

 主だったものを挙げると、「風評・風化対策」「新型コロナウイルス感染症対策」「チャレンジふくしまプロジェクト」「福島県クリエイティブディレクター」(福島県出身の箭内(やない)道彦氏)といったものや、「ひとつ、ひとつ、実現する ふくしま」ロゴマークおよびベコ太郎(「赤ベコ」をモチーフにした福島県のキャラクター。https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/01010d/bekotaro-design.html)の管理というのもある。

 情報公開請求では、常磐線再開に関するキャンペーン等に関する文書などは見つけられなかったものの、「戦略的情報発信担当」が関わる3つの事業についての文書が開示されたのでそれについて記したい。

 1つ目は電通東日本の福島営業所長に対する「『チャレンジふくしまプロジェクト(情報発信コンテンツ等制作事業)』公募型プロポーザルの結果について」というものだ。

 福島県クリエイティブディレクター箭内道彦氏監修のもと、全国規模の知名度と影響力のある著名人を起用した「ふくしまの今と魅力」を表現する動画を作成し、広く発信して風評を払拭し、風化防止につなげようとする。

 内容としては、動画を制作し特設ウェブサイトを制作するというものである。

 契約金額は、44,649,000円である。

 なお、電通東日本の経営規模としては、2020年12月の決算で、売上高54,000百万円、利益金126,000千円、従業員587名となっている(帝国データバンク企業情報より。2021年4月調査)。

「チャレンジふくしまプロジェクト」業務仕様書(筆者撮影)
「チャレンジふくしまプロジェクト」業務仕様書(筆者撮影)

「チャレンジふくしまプロジェクト」委託契約書(筆者撮影)
「チャレンジふくしまプロジェクト」委託契約書(筆者撮影)

 2つ目は、「『風評・風化対策に関する情報発信分析事業』に係る公募型プロポーザルの結果について」だ。JTBコミュニケーションデザインに対する文書である。県などが行う風評・風化対策に関する情報を多面的に分析するとともに、情報発信の効果を検証し、改善策を提案してもらい、福島県の戦略的情報発信の効果を高めるというものである。

 定量調査を行い分析し、県に改善提案をする。

 契約金額は、5,498,955円。JTBコミュニケーションデザインの経営規模は、2021年3月決算で、売上高26,357百万円、利益金6,114千円、従業員750名(帝国データバンク企業情報より。2021年10月調査。ただしこの期の売り上げは前期に比べ大幅に下がっており、2020年3月決算では320,693千円だった)。

「風評・風化対策に関する情報発信分析事業」仕様書(筆者撮影)
「風評・風化対策に関する情報発信分析事業」仕様書(筆者撮影)

「風評・風化対策に関する情報発信分析事業」委託契約書(筆者撮影)
「風評・風化対策に関する情報発信分析事業」委託契約書(筆者撮影)

 3つ目は、福島県の印刷会社・山川印刷所に対しての「『ふくしま戦略的デジタル発信事業』公募型プロポーザルの結果について」である。東京電力の福島第一原発からのALPS処理水の処分方針が決定されたことで、風評の再燃や福島県に対するイメージの悪化が懸念されており、それに対する対策が必要だということである。

 また、コロナ禍が長期化し、県の情報発信の機会が失われる中、人々の情報の受け取り方が変化している。そのためデジタル化が必要だとしている。

 これらの問題に対応するために、「ふくしまの正しい情報」や福島県庁内各部局が伝えたい「ふくしまの今」を、デジタル広告などを活用して発信し、それを検証し、長期的・有機的サイクルで事業を推進、庁内の情報発信のデジタル化を促進し、福島県へのイメージと関心度の向上を目的とする。

 ネットでの広告発信を推進し、その効果を検証するというものだ。

 契約金額は、125,840,000円。山川印刷所の経営規模は、2020年12月決算で、売上高900百万円、利益金500千円、従業員80名(帝国データバンク企業情報より。2021年10月調査。この会社は黒字と赤字の差が決算期によって大きく異なる)。この事業を受けるということはこの規模の会社にしては大変なことではないか。

「ふくしま戦略的デジタル発信推進事業」仕様書(筆者撮影)
「ふくしま戦略的デジタル発信推進事業」仕様書(筆者撮影)

「ふくしま戦略的デジタル発信推進事業」委託契約書(筆者撮影)
「ふくしま戦略的デジタル発信推進事業」委託契約書(筆者撮影)

 このように福島県では、「風評・風化対策」や、情報発信のためにお金をかけ、PR活動を行っている。情報をコントロールしているとは言わないまでも、県の現状について多くの人に知ってもらうよう、さまざまな活動をしている。

 なお、ここで挙げた3社には、取材の申し込みをしたものの、2社に断られ1社は何の返答もなかった。

 福島県の広報体制を見ると、ふつうの県にあるような部署では、そもそもネット広告などを行っておらず、既存メディア、それも福島県内の既存メディアを中心に対応しているという印象を受ける。それ以外への対応のためにこの部署があると考えられる。

「戦略的情報発信担当」とは、いったい何なのか。福島県庁に行き話を聞いてみることにした。

福島県庁広報課「戦略的情報発信担当」とは

福島県庁には復興に向けたコピーが掲げられている。「ひとつ、ひとつ。 実現する ふくしま」(筆者撮影)
福島県庁には復興に向けたコピーが掲げられている。「ひとつ、ひとつ。 実現する ふくしま」(筆者撮影)

 福島県庁の広報課戦略的情報発信担当についてお話を伺ったのが、副課長(兼)主任主査の関根博紹さんと主任主査(戦略的情報発信担当)の平山知宏さん。メモの際に、発言者の氏名を記入できなかったものの、どちらも同じ部署の人間として、県の見解を話してくれたものとして、話の内容に言及する。

 震災を契機に、原発事故、さまざまな災害、それに合わせた風評などが長引いて重いという課題が福島県にあった。それを戦略的に情報発信して払拭していくというのが、「戦略的情報発信担当」の趣旨だという。そして意外なことを言った。「県外、海外にも情報を発信していくために、県全体をとりまとめてやっていく」。デジタルに特化しているだけではないという。要は、これまでの県公報が県内に向けた情報発信を、それも既存メディア中心の発信をやってきて、それでは県から発する情報が広がっていかないということでできた部署であるという。人々のネット環境が向上していく中で、それに対応していかなくてはいけないという課題も発生してきた。また、役所はばらばらにPRしてしまい、観光課なども独自に宣伝するということもあるとのことだ。

 SNSなども行っており、県全体ではインフルエンサーとも関わっているという。ただ、いまは広報課ではインフルエンサーを使うことはやっていないとのことだ。

 福島県では、震災以降いろんな災害の被害にあってきた。2011年7月の新潟・福島豪雨による只見線の被害なども、一例として挙げてくれた。震災や原発事故の被害も、地域によってさまざまだと考えている。それらの風化が課題だという。

「福島県という立場もあり、中通り・浜通り・会津とある中、どこかに特化するのは難しいのです」という県庁の広報ならではの難しさも話してくれた。

 常磐線沿線エリアは、まだ「復興」というには難しい状況にある。「風化」は著しい。中通りは、震災被害よりも一時期放射線量が高まり、「風評」が課題になっている。会津は、別の災害からの復興と、人口減に悩んでいる。

 そんな中、少ない予算でもたくさんの人に思いを伝えたいというのが、戦略的情報発信担当の考えである。福島県の魅力を伝えるポスターをただで貼ってもらえる人を募集するなど、お金をかけない広報のやり方を考えている。

無料で配布する福島県イメージポスターの案内(筆者撮影)
無料で配布する福島県イメージポスターの案内(筆者撮影)

 情報公開請求で調べた限り、広報活動にそれなりのお金はかけているものの、「少ない予算でもたくさんの人に思いを伝える」と話していた。補助金が下りてくるのではないという。

 動画なども、作ったものを無償で流してもらうなどしている。

「福島のいまをシンプルに知ってほしい。大変な災害だったと心に留めてほしい。観光や農産物購入に進んでほしい」という考え方で、広報活動を行っているという。

 災害前に戻したい。風評と風化を防止したい。それが、福島県の広報活動の考えにあるものだ。

 常磐線が復旧し、「双葉町に来て」と言える状況になって、涙が出てくるという地元の人の話も教えてくれた。

 これらの広報活動について、県民からの苦情は来ていないという。

「先は長いけど一歩一歩。県のことを思ってくれる人が我々の力になる」と話す。

「(東日本大震災と福島第一原発事故は)日本全国の問題だから、忘れないでほしい。復興しつつあることを伝えたい」と広報のスタンスを教えてくれた。

 県としては、福島に多くの人が来てほしい、帰ってきてほしいという考えがあることが感じられた。

 取材は県庁の総務部広報課の部屋で行われた。小さな、狭い部屋である。ここで、広報のことを何から何までやるのは難しく、最低限の事務的な作業をこなすのが精いっぱいという状況だった。近くに記者クラブの部屋があり、こちらもだいたい同じくらいの広さだった。その中で、戦略的情報発信担当が外部の業者に発注するものとしては、電通東日本におよそ4500万円、JTBコミュニケーションデザインにおよそ550万円、山川印刷所におよそ1億2600万円という金額が妥当なものかということは、読者のみなさまの判断に任せたい。企業がある程度動くとなると、これくらいの予算は必要である。無料で貼ってもらうポスターや動画などだからこそ、しっかりとしたものを作らないとならない。

 この低予算で、福島県の「復興」が進んでいると多くの人に思ってもらえるようなら、むしろ安いとさえいえる。

 なお、福島県の予算規模は、令和4年度の当初予算で1兆2677億円、うち復興・創生分2429億円となっている。

広報と現実

広報担当者の仕事と現地との落差

 福島県庁の戦略的情報発信担当の人と接する限り、誠実に職務にあたっているとはいえる。狭い広報課の部屋(およそ、小中学校の教室1つよりやや大きいくらい)で、多くの広報課の人たちが書類に囲まれて仕事をしていた。だがその誠実さが、地域によっては現実を見せなくさせてしまっているという考えもありうる。

 現地を歩く限り、「復興」どころかそのまま「風化」してしまうのではないかという考えを持たざるを得なかった。福島県、とくに浜通りの原発事故被災地域から一歩離れると、震災からの「復興」は進んでいる。「来てほしい」と言える状況にもなっている。その地域を全国にアピールすることが、戦略的情報発信担当の仕事ではあり、それ自体はしっかりとできている。

 しかし、その情報発信が各地域の現実を踏まえず、「福島」として一元的な見方を受け手に与えているという仕組みが見えてくる。「福島」と一元的に人々に意識させ、「復興」が進んでいるかのように感じさせ、原発事故被災地の被害と、そこからの回復がなかなか進みにくいという現実をないものにしようとしている声を加速させる効果がある。

 それは福島県の「福島のいまをシンプルに知ってほしい」ということとも、食い違っている。広報の効果が変なほうに発揮されてしまっているのだ。その最たるものが、常磐線全通時の細野豪志衆議院議員のツイートである。

 戦略的情報発信が、その意図を超えて受け手が暴走し、福島の現実を見ようとする人の声をかき消そうとする。福島を応援しようとする人たちが、福島に寄り添おうとするあまり、現実を見ようとする人の声を閉ざそうとしてしまう。行為が意図せざる結果を生んでしまうのだ。

 広報課戦略的情報発信担当の人も、被災地の多様な現実を知っていることは、取材して話を聞いていてわかった。しかし多様な現実を上手に伝えきれていないところもあり、そこから一般の人への意外な理解ができるようになってしまっている。

 福島県であれJR東日本であれ、来てほしいというキャンペーンを行うことは必要ではあるものの、そのキャンペーンで福島第一原発事故被災地に来てもらい、現地の困難さを知ってもらうどころか、ないことにしたいという人たちに利用されているのではないかということが感じられてならない。そういう声はネット上の議論でよくあり、一部の保守系政治家もそのあたりに影響されるのだ。

 浜通りの、福島第一原発事故被災地については、現地の状況をきちんと伝えることが、必要ではないだろうか。

現実の常磐線沿線とつくられた「イメージ」の差異に何があるか?

 常磐線沿線は、行ってみた限り、「復興」はこれから、まだまだという状況にあった。常磐線が全線再開するのは、地元の人にとっても、鉄道ファンにとってもうれしいことではあるものの、まだ帰還困難区域が線路近くに残っている限り、多くの人が現在住めるような場所であるとはいいがたい。このあたりは、時間をかけて解消されるだろう。

 駅には線量計が備えられ、放射線量がまだ測定されている。この先も長い間、線量計は置かれ続けると考えられる。

 常磐線の全線復旧自体、帰還困難区域であるところを線路近くだけ一生懸命除染し、人が出入りできるだけの環境は整えているというものである。まずは全線復旧が第一、という考え方である。

 常磐線の全線復旧を第一とする考え方は、おそらく正しい。鉄道が走らなくなったまま、というのはあまりにもイメージが悪いからだ。よく言えば「復興」の促進のため、悪く言えば「復興」のイメージづくりのために、常磐線を最優先にし、それ以外は後回しにしたという見方もできる。

 だが常磐線は移動手段でもある。いわき・相双地区の人が東京や仙台と行き来するには、常磐線が復活しないとどうしようもない。いつまでも代行バスであっていいわけがない。

 常磐線の全線運転再開は、「復興への一里塚」とするのが、妥当な評価ではないだろうか。まだまだ先は長いということを示しつつ、少しでも前に進んだということで十分である。

「福島に心を寄せる」という人たちが、福島の現状を示そうとする記事などに対して、ネットで罵詈雑言を投げかけているところはよくある。その際に使用するのが、一元的な見方としてつくられた「福島」の現実である。現実は多様であり、復興がうまくいっているところもあれば、うまくいっていないところもある。復興の現状と困難を過小評価させる人たちには、なぜか原発再稼働を訴える人たちが多い。そういう人たちが、つくられた「福島」イメージを利用したがっている構造がある。

 そのあたりの人たちは、現実の福島県の人たちを軽んじているのではないか? 県としては福島県に来てほしい、福島県に帰ってきてほしいと願い、キャンペーンを行い帰還のための支援も行い、産業を開発することまで行っている。

 その際に広報活動をするのは、正当である。福島県産の食べ物を食べてほしい、「風評・風化」はなくしたいというのは、県庁の論理では正しい。しかし、「風評」を超える現実があり、いっぽうで国内レベルでは「風化」は加速している。

 県庁の広報活動、あるいは各種メディアの「復興」報道は、広報する側や報道する側の意図を超えて、原発再稼働を望む人たちの材料とされているのではないか。下手をしたら、福島県の広報活動や、報道された現実を、都合のいいように切り貼りして材料にしているだけではないか? 福島県広報課戦略的情報発信担当の人は、「少ない予算」という話をしていた。既存メディア以外にもネットでの発信が必要だということもわかる。JR東日本は、「駅」という広告媒体があるゆえ、そんなに予算をかけなくて済む。

 常磐線全線開通は「復興」ムードの演出にこそなり、しかもその事実だけでキャンペーンにも予算がかからず、地域イメージの向上にはつながった。「福島」の現状も、県が言うには低予算でできている。

 だが、県庁という組織が、広い福島県(都道府県の面積ランキングでは全国3位。13,782.76平方キロメートル)の全体にしか目を配ることができず、局所的な箇所に対しては弱い、という現実も取材でわかった。

 福島県の広報は、演出としての尽力こそ認められるものの、現実を正しく考えてもらうという点ではうまくいっていないものがあり、その影響は細野豪志衆議院議員のツイートとその反応によく現れている。細野豪志衆議院議員は、現在は自由民主党の政治家であり、この党には原発再稼働論者が多いことも知られている。細野衆議院議員のツイートは、ある種の媚びを示したものではないか?

 福島県の広報担当の意図はわかる。しかしその意図を超えて、「福島に心を寄せる」人たちが、広報の作りたいイメージと別のイメージを作るようになり、それが現実認識の妨げになっているという現実が、あるのではないだろうか。その意味では、「風化」を加速させているのだ。福島県と国と東京電力が「復興」をめぐって別々の方向を見ているのではないか。原発事故を「風化」させたいという人が、広報活動を悪用しないとは限らないのである。

(全3回終了)

フリーライター

1979年山梨県甲府市生まれ。早稲田大学教育学部社会科社会科学専修卒。鉄道関連では「東洋経済オンライン」「マイナビニュース」などに執筆。単著に『関東の私鉄沿線格差』(KAWADE夢新書)、『JR中央本線 知らなかった凄い話』(KAWADE夢文庫)、『早大を出た僕が入った3つの企業は、すべてブラックでした』(講談社)。共著に『関西の鉄道 関東の鉄道 勝ちはどっち?』(新田浩之氏との共著、KAWADE夢文庫)、首都圏鉄道路線研究会『沿線格差』『駅格差』(SB新書)など。鉄道以外では時事社会メディア関連を執筆。ニュース時事能力検定1級。

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