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直下地震なのに緊急地震速報が間に合った能登半島地震

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
著者撮影(珠洲市宝立町鵜飼)

 能登半島地震の発生から2か月が経ちましたが、被災地では厳しい状況が続いています。被害の全容も未だ把握できていません。家屋被害についても、金沢市、七尾市、内灘町、志賀町では被害の内訳が把握できておらず、全壊棟数も分からない状況です。消防庁が3月1日にまとめた結果では、これら4市町を除く全壊棟数は7,983棟となっており、2016年熊本地震での8,298棟に匹敵する被害になっています。死者の数も15人の災害関連死を含め241人に上ります。

阪神・淡路大震災に比べ高い全壊率と低い死亡率

 戦後最大の内陸直下の被害地震は1995年阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)です。地震規模はM7.3で、能登半島地震のM7.6と比べ1/3程度の規模でした。この地震の全壊家屋数は約10万5千棟、死者は6,434人でした。中でも揺れによる家屋被害が大きかった東灘区と灘区の全壊家屋数と死者数は、それぞれ、13,687棟と1,470人、12,757棟と934人でした。当時の両区の人口は、215,362人と136,747人でしたから、両区の人口当たりの全壊家屋数の割合はそれぞれ6.4%と9.3%になります。また、全壊家屋数当たりの死者の割合は、10.7%、7.3%になります。

 これに比べ、能登半島地震で最も大きな被害を出した輪島市と珠洲市の人口、全壊家屋数、死者数は、それぞれ、22,839人と11,591人(R6.2.1時点)、3,318棟と3,173棟、102人と103人(2月28日時点)になっています。人口当たりの全壊数割合は14.5%と27.4%であり、阪神・淡路大震災の2倍以上に上ります。一方、全壊棟数に対する死者の割合は3.1%と3.2%と、阪神淡路大震災の1/3程度に留まっています。

 阪神・淡路大震災に比べ、全壊棟数が多い一方で、死者が抑えられたように感じます。

人口減少による過疎化で耐震化率が低く空き家が多い奥能登

 奥能登の輪島市と珠洲市は、全国でも最も過疎化と高齢化が進んでいる市です。とくに珠洲市は全国で最も人口が少ない市のようです。輪島市の人口は1960年には57,244人でしたが現在は22,839人、珠洲市は1950年に38,157人だった人口が11,591人と、3~4割に減少しており、両市の高齢化率も50%前後になっています。多くの若者が流出する結果、家屋の建て替えが進まず、高齢者が多いため耐震補強のインセンティブも働かないようです。この結果、両市の耐震化率は全国平均の87%に比べ遥かに低い50%前後になっています。さらに、両市の総住宅数13,280戸と7,170戸のうち、3,120戸と1,480戸もの住宅が空き家になっており、空き家率が20%を超えています。強い揺れだったことに加え、これらのことが人口に対する全壊家屋数が多くなる原因になっているようです。

強い揺れの前に発せられた緊急地震速報

 一般に、直下の地震では、P波とS波の到達時間差が確保できないので、緊急地震速報は間に合わないと言われます。ですが、能登半島地震では、16時10分22.5秒にM7.6の地震が発生する前に複数の地震が発生し、本震の揺れが到達する前に緊急地震速報が発せられていました。まず4分前の16時6分6.1秒にM5.5、最大震度5強の地震が発生し、6分14.1秒に予想最大震度5強(予想最大長周期地震動階級1)の緊急地震速報(警報)が石川県に発表されました。NHKでは日本とタイとのサッカーの強化試合の監督インタビューを中継中でしたが、緊急地震速報の発表に画面が切り替わりました。被災地の人たちは、揺れへの警戒をしたと思われます。

 さらにその4分後の、10分8.3秒と9.5秒に2つの地震が発生しました。前者の地震規模は不明ですが、後者はM5.9の地震でした。この地震を受け、10分16.0秒にM5.5の地震が発生したと判断し緊急地震速報(警報)が石川県に発表されました。さらに10分22.5秒に本震が発生したのを受け、10分43.1秒にM6.6の地震が発生したと判断し、対象範囲が石川県、富山県、新潟県、長野県北部、岐阜県、群馬県に拡大、さらに11分7.1秒に地震規模がM7.4に改訂され、発表対象地域が、北陸、新潟、甲信、東北、関東、東海、近畿に拡大されました。そして、16時22分に大津波警報等が発表されました。

 防災科学技術研究所が観測する珠洲市正院町の地震波形を見ると、本震の揺れが始まったのは、10分27秒くらい、強い揺れが襲ったのは10分40秒過ぎです。NHKの珠洲市を捉えた映像でも、10分43.1秒の続報が出たときに、家屋倒壊による土煙が上がっています。この猶予時間が、多くの人の命を救った可能性があると思われます。

いきなりの倒壊ではなかったことを教えるYouTube映像

 珠洲市宝立町を走行していた社会福祉法人長寿会の送迎車両のドライブレコーダー映像がYouTubeに公開されています。この映像を見ると、防災科学技術研究所による地震観測波形に対応した家屋の倒壊の様子を見ることができます。強い揺れが始まった後、約20秒間、家屋が左右に揺れた後、家屋が倒壊しています。

 家屋被害が大きかった阪神・淡路大震災や2016年熊本地震では、いきなり強い揺れが襲ったのですが、両地震とは揺れ方が異なるようです。これは震源での断層の破壊の仕方による違いだと思われます。阪神・淡路大震災や熊本地震の揺れを用いた大型振動台での再現実験では、家屋は最初の揺れで一気に倒壊していました。今回の揺れの特徴によって、倒壊家屋から退避できた人がいたように思われます。YouTubeの映像でも、両側の家屋が軒並み倒壊した後に、多くの人たちが避難していく映像が残されています。

 前震による緊急地震速報の発出と今回の地震の揺れの特徴が多少なりとも人命を救ってくれたように感じられます。YouTubeに公表されている様々な映像を見るにつけ、一層の耐震化の重要性が感じられます。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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