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能登と共通点の多い伊豆半島沖地震から50年 改善されてきた日本の地震対策 過疎を乗り越える意欲を

福和伸夫名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長
(写真:イメージマート)

能登と共通点の多い伊豆半島沖地震

 50年前の1974年5月9日午前8時33分ごろに、伊豆半島の先端をマグニチュード(M)6.9の伊豆半島沖地震が襲いました。震源は石廊崎の南南西沖の海底下9kmで、最大震度は南伊豆町で5でした。震源断層が海底下にも広がったため、若干の津波も生じました。地震後には石廊崎断層が現れました。城畑山の斜面が崩れた南伊豆町の中木地区を中心に、死者30人、全壊家屋134棟など大きな被害となりました。M7.6の能登半島地震に比べ伊豆半島沖地震の地震規模は1/10程度ですが、半島先端近くの活断層による地震と言う意味では、能登半島地震と多くの共通点があります。

時代の転機だった50年前の日本

 1974年は第2次ベビーブームの最後の年で、前年の1973年に起きたオイルショックで景気が停滞したものの高度成長期の余韻が残っているときでした。このため、奥能登で問題となったような高齢化や過疎化などの問題はなく、ライフラインや通信、デジタルにも過度に依存していなかったので、半島先端での孤立は大きな問題にはなりませんでした。ちなみにこの年には、中日の巨人V10阻止と長嶋茂雄選手の引退、セブン・イレブンの1号店の出店などがあった一方、三菱重工爆破事件やハーグ事件などの過激派のテロ、田中角栄首相の金脈問題による総辞職などがあり、戦後の高度成長の時代が変わり始めたときにも重なります。

耐震化促進には長年の自治体の努力が活きる

 伊豆半島沖地震の最大の被災地、南伊豆町の現在の高齢化率は49.2%です。南伊豆町を含め伊豆半島南部の西伊豆町、松崎町、東伊豆町、下田市などの市町の高齢化率は何れも50%前後で高齢化が進んでいます。これは能登半島とも共通します。ですが、南伊豆町の耐震化率は62.6%と低いものの、他の市町は70%前後になっていて、奥能登の市町の耐震化率50%前後と比べると、20%も耐震化が進んでいます。全国平均の87%と比べると低いですが、高齢化が進む他地域と比べると高い数字です。これは、後述するように伊豆半島の人たちが被害地震を何度も経験したことや、東海地震対策として静岡県が20年来進めてきた耐震化促進の「TOUKAI(東海・倒壊)-0(ゼロ)」プロジェクトなどの成果だとも言えそうです。ちなみに、南伊豆町や河津町は最近話題になった消滅可能性自治体からも脱しています。自治体や住民の前向きな取り組みが地域を良くすることが分かります。

地震予知を前提にした大震法の成立

 伊豆半島沖地震の2年後の1976年に、石橋克彦博士が、駿河湾地震(後に東海地震説と呼ばれる)の切迫性を指摘しました。1944年東南海地震と1854年安政東海地震の震源域の広がりの違いから、駿河湾の震源域が空白域になっていることを根拠としていました。ちょうどこの時期、伊豆半島沖地震に加え、1976年河津地震や1978年伊豆大島近海地震が伊豆半島周辺で発生したことから、静岡県民は危機感を募らせたようです。この時期は、1962年にまとめられたブループリント「地震予知―現状とその推進計画」をきっかけに地震予知への期待が高まっており、中国で起きた1975年海城地震で地震予知に成功したと喧伝されたこともあり、政府は1978年6月に地震予知を前提にした大規模地震対策特別措置法(大震法)が制定しました。

大震法と強化地域

 大震法では、想定東海地震を対象に、地震予知情報に基づく警戒宣言をきっかけに、社会活動を止めて被害を軽減する仕組みを定めました。地震防災対策強化地域を対象地域とし、静岡県を中心に指定しました。さらに、1980年に成立した「地震防災対策強化地域における地震対策緊急整備事業に係る国の財政上の特別措置に関する法律(財特法)」に基づいて財政措置が行われました。これにより、静岡県では地震対策が一気に進み、地震対策先進県と呼ばれるようになりました。過疎化する伊豆半島の耐震化も、こういった経緯で進んだものと思われます。

地震予知の困難さと南海トラフ地震臨時情報

 平成になって、1995年阪神・淡路大震災や2011年東日本大震災などで甚大な被害を経験しましたが、これらの地震では地震発生の前兆を予め検知することができませんでした。このため地震の直前予知に対する疑問が呈されるようになり、2013年に、南海トラフ沿いの大規模地震の予測可能性に関する調査部会から「現在の科学的知見では地震の発生時期等の確度の高い予測は困難」との見解が示されました。

 これを受けて、地震の直前予知を前提とした大震法の運用は事実上凍結することになりました。一方で、地震に関する様々な異常な現象を捉える観測体制が整備されてきたことから、南海トラフ沿いで普段とは異なる異常な現象が観測された場合に、「南海トラフ地震臨時情報」を発表する仕組が整えられ、2019年5月31日から運用されています。残念ながら臨時情報の周知はまだ十分とは言えませんが、地震被害軽減のため、この仕組みをうまく活かしていきたいと思います。

 50年前と異なり、日本は少子高齢化による人口減少と経済成長の停滞で、苦しんでいるように思われます。そんな中、南海トラフ地震のような超広域大規模災害が起きれば、大変なことになります。伊豆半島沖地震の被災地からは、これからの希望も見えてきます。この50年間、多くの被害地震を経験する中、日本の地震対策は改善されてきました。能登で見るように、行政の力には限りがあります。これまでの地震の教訓を胸に、あらゆる国民が少しでも被害を軽減する努力を進めたいものです。

名古屋大学名誉教授、あいち・なごや強靭化共創センター長

建築耐震工学や地震工学を専門にし、防災・減災の実践にも携わる。民間建設会社で勤務した後、名古屋大学に異動し、工学部、先端技術共同研究センター、大学院環境学研究科、減災連携研究センターで教鞭をとり、2022年3月に定年退職。行政の防災・減災活動に協力しつつ、防災教材の開発や出前講座を行い、災害被害軽減のための国民運動作りに勤しむ。減災を通して克災し地域ルネッサンスにつなげたいとの思いで、減災のためのシンクタンク・減災連携研究センターを設立し、アゴラ・減災館を建設した。著書に、「次の震災について本当のことを話してみよう。」(時事通信社)、「必ずくる震災で日本を終わらせないために。」(時事通信社)。

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