北海道新聞の慰安婦検証特集 生かされなかった「朝日の教訓」
北海道新聞が11月17日付朝刊で、戦時下、朝鮮人女性を慰安婦にするため強制連行したとするいわゆる「吉田証言」に関する過去の記事を取り消し、おわび記事を掲載した。同時に2面にわたって慰安婦問題の検証特集も載せた。その名も、朝日新聞が8月上旬に載せた特集と同じ「慰安婦問題を考える」。朝日新聞は検証が不十分などと批判され、池上彰氏の検証コラム見送り問題や「吉田調書」報道の取消しも重なり、信頼が大きく傷つき、社長辞任という結末を迎えた。北海道新聞はそうした経緯を見届けた上で今度の検証記事を出したのだから、さぞかし同じ跌を踏まないよう慎重に検討を重ねたに違いない。はたして朝日の教訓は生かされたのか、検証してみた。
朝日になかった「おわび」 過去の記事は全て公表
朝日新聞の検証特集の場合、虚偽の証言を報じた記事を取り消したにもかかわらず、一言もおわびがなく、「慰安婦問題の本質 直視を」と題する記事で主張を優先するあまり真摯な反省に欠けているとの印象を与えたことが、批判の一因となった。これに対して北海道新聞は1面で「『吉田証言』報道をおわびします」と題する囲み記事を掲載。検証記事でもおわびを表明し、主張を全面に出すような記事は載せなかった。
朝日新聞は取消し対象になった吉田氏に関する記事が16本もあったのに、検証記事では初報の1本の見出しと概要を説明しただけで、その後の記事の内容や経緯をほとんど明らかにしなかった(批判を受け、10月10日付朝刊で12本の見出しと概要を公表)。他方、北海道新聞は吉田氏に言及した8本の記事すべて概要を掲載した。
朝日新聞の検証記事は、当時は似たような誤りが他のメディアにもあったことを強調していたことも問題視されていたが、北海道新聞は他紙との比較検証はしなかった。
これらの点は、いずれも当然の対応であって特筆すべきものではないが、「朝日の教訓」が生かされた部分といえよう。だが、もう少し仔細にみていくと、首を傾げざるを得ないいくつもの疑問が浮上してくる。
23年ぶりの取消し 理由説明なし
朝日新聞の検証記事が一番足りなかったと批判されたのは、今回の取消し措置が初報から32年もかかった要因について何も説明がなされなかったことだった。紙面批評コラムの掲載を一時見送られた池上氏が、最も強調した問題点もそれだった。そうした批判を受け、朝日新聞社は慰安婦問題に関する第三者委員会を設置。10月9日の初会合で、「取消しまで長い時間がかかった理由」も含めて調査する方針が明らかになった(【GoHooトピックス】慰安婦検証第三者委員会 初会合開かれる参照)。しかし、北海道新聞が11月17日に載せた検証記事にも、初報の1991年11月から23年間、「取消しまで長い時間がかかった理由」には全く言及していなかった。ただ、次のような説明があった。
これでは「90年代初めに疑義が出ていたのになぜ検証をしなかったのか」「生前の吉田氏に再取材できなかったのはどうしてなのか」という読者の素朴な疑問に全く答えていない。
実際、22日付同紙の「読者の声 はい読者センターです」欄によれば、検証特集掲載後、読者センターには「20年以上もの間、何をしてきたのか」「知らんぷりをして頬かぶりをしてきたのではないか」「検証記事では経緯がよく分からない」といった声が寄せられたという。そうした批判は、「朝日の教訓」を想起するまでもなく当然予想できたことであろう。朝日新聞と同様、北海道新聞もまた、検証すべき最も核心的な問題に答えなかったのである。しかも、朝日新聞のように、これから検証するという動きも今のところ見られない。
そもそも、北海道新聞が何をきっかけに、いつから吉田証言の検証、再取材を始めたのか、検証特集の記事からは時間軸が全く見えてこない。朝日新聞もその点は明確にしていなかったが、「一部の新聞や雑誌が朝日新聞批判を繰り返している」事情や、今年4〜5月に済州島を取材したことを明らかにしている。
取り消したのは初報の1本だけ
北海道新聞は今回、吉田氏に言及した記事が8本あったと公表した上で、「『吉田証言』記事を取り消します」と表明した。ところが、実は取り消しをしたのは初報の1本だけで、残りの7本は訂正も取消しもされていないことが、読売新聞などの他紙の報道と北海道新聞社広報担当者への取材で判明。データベースでも確認できた。
しかし、検証記事には、「初報だけ取り消す」とはどこにも書かれていなった。当然、残りの7本を訂正・取消し対象にしなかった理由も全く触れていない。普通に読めば、公表された8本すべてを取り消したと読者は理解するだろう。朝日新聞も、吉田氏に言及した16本すべてを取り消すと検証特集に明記していなかったが、すべて取消しとなっていた。「初報だけ取り消す」ならなぜそのように検証特集で説明しなかったのか、重大な疑問が残る。
北海道新聞社広報担当者に聞くと、「続報では吉田氏がソウルに訪問したことなど動かしがたい事実を報道したもので取り消しようがない」とのことだった。だが、続報のほとんどが、証言内容が真実であることを前提とした報道になっていた。なぜ一部訂正、一部取消しといった対応もとらなかったのか、疑問が残る。それだけでなく、吉田氏が国会で参考人として招致されることが決まったと報じた記事も、実際には招致が行われず、当時訂正や続報を出していなかったのに、今回も放置されたのである。
訂正・取消しから除外された7本の記事の一部抜粋
「誤報とは言い切れない」と非公式コメント
さらに、驚くべきことに、北海道新聞社は初報の記事を取り消したにもかかわらず、メディアの取材に対し、その初報すら「誤報とは言い切れない」と回答していたことが分かった。記事の取消しは通常、誤報だった場合にとる措置である。訂正との違いは、記事の主要部分、根幹部分に誤りがあったかどうかである。検証特集の紙面のどこを読んでも「誤報とは言い切れない」などという弁明は書かれていない。もちろん「誤報」という表現もないが、普通に読めば、北海道新聞社が誤報と判断したがゆえに取り消したと読者は理解するだろう。
他のメディアですらそう認識し、混乱が発生した。毎日新聞は検証特集が掲載された11月17日の夕刊に「北海道新聞も記事取消し 慰安婦問題 吉田証言『誤報』」と見出しをつけて報道。だが、翌日朝刊では「北海道新聞 誤報は否定 『吉田証言』撤回」と事実上修正した。
検証特集では「誤報とは言い切れない」とは一言も触れていない。だが、同社の広報担当者は「誤報とは言い切れない」という理由は「紙面を読めばわかる」という。そこには次のように書かれていた。
「信憑性はない」と言い切らず「信憑性は薄い」と表現している。朝日新聞のように「証言は虚偽」と断定していない。だから、「誤報とは言い切れない」という認識を示したと思われる。おわび記事を改めて読むと、吉田証言の初報を掲載したことに対しておわびをしたのではなく、証言の信憑性に疑義が生じた後長年にわたって検証を怠ったことに対しておわびをしたようにも読める。
では、なぜそう紙面で説明しないのか。再取材で「著書と記事の内容を裏付ける証言や文書は得られなかった」というのに、「信憑性はない」ではなく「信憑性は薄い」と判断したのはなぜなのか。検証特集に掲載された学者のコメントには、吉田氏が所属していたという労務報告会が日本内地の一地方組織にすぎなかったことや、強制連行したという時期に済州島に日本軍がほとんどいなかったことなど、証言の信憑性を否定する事実も出ている。にもかかわらず「信憑性は薄い」あるいは「誤報とは言い切れない」というのは、証言が真実だと信じるに足りる理由が何か別にあるのか、単に「誤報」と認めたくないだけなのではないか。報道内容に裏付けがないことが判明したら「誤報」ではないのか。
いずれにせよ、読者に新たな疑問を募らせるだけで、理解に苦しむ検証記事である。
「韓国紙が異例の大々的報道」でも世論に大きな影響なし?
検証記事は、「吉田証言」を取り上げた報道の影響についても次のように述べている。
しかし、北海道新聞は91年11月27日付続報で、自社の「吉田証言」の初報が韓国に及ぼした反響について「韓国紙、異例の大々的報道」「広がる衝撃」「韓国民に新たな衝撃を与えている」などと報じていたのである。
それによると、東亜日報が北海道新聞の記事を一面準トップ記事で取り上げ、「『挺身隊徴用は奴隷狩りだった』との7段カット見出しを付け、『泣き叫ぶ女たちを殴りつけ、乳飲み子を引きはがしてトラックに積み込んだ』などとする様子を赤裸々に紹介。百五十行の長文記事を一面から二面にわたって編集する異例の紙面づくりだった」という。
23年たった今になって「韓国の元外交官やメディア関係者、研究者らに尋ねたところ、世論に大きな影響を与えたものではないとの見方が一般的だった」と言っても、当時の報道という証拠を前にしては、説得力に乏しい。
ほとんどが「まとめ」で実質的な検証はごく一部
このほかにも疑問点として指摘すべきは、記事の取消しをしたにもかかわらず、1面の「おわび」も検証特集記事も、識者のコメント以外すべて匿名で、責任者の名前が全くなかったことである。朝日新聞の場合、杉浦信之編集担当取締役=のちに解任=の署名記事が1面に掲載され、検証記事全体が杉浦氏を責任者として作成されたことが分かるようになっていた。
また、北海道新聞の検証特集「慰安婦問題を考える」は見開き2ページに掲載され、見開き2ページを2日連続で掲載した朝日新聞と比べると外形的には半分の量だが、実質的にはそれよりもっと少ない。1ページ目は3人の有識者の慰安婦問題に関するコメントで埋め尽くされ、そのほとんどが自社の報道検証とは関係がない内容だった。ちなみに、取り上げられたのはノンフィクション作家の半藤一利さん、東京基督教大学教授の西岡力さん、京都大学大学院教授の永井和さん。「従軍慰安婦問題の本質は、朝鮮民族の女性の人権をまったく無視し、ひどい思いをさせたというヒューマニズムの問題だ、という認識をもつかどうかだ」で始まる半藤さんのコメントが、他の2人よりひときわ大きな扱いだった。
報道検証と呼べる記事は、2ページ目の上の3分の1程度のスペースを割いた「本紙『吉田証言』でおわび 証言の信憑性薄いと判断」だけだった。残りのスペースは、「日韓条約 混迷の原点」と題して慰安婦問題の歴史的経緯を説明した記事と、「3つの論点」と題して政府・軍の関与、強制性、吉田証言のそれぞれについて説明した記事が載っていた。
前者は「元慰安婦への対応など、戦後補償問題を十分に協議しないまま、日韓両政府が『両国の請求権問題は完全かつ最終的に解決した』との合意を急いだことが、問題の混迷を招いたと言えそうだ」と北海道新聞の見解が示されたほかは、淡々と事実関係を時系列に羅列してまとめただけだった。後者も、各論点の議論の経緯と対立する立場の見解を淡々とまとめただけで、何ら新たな取材、検証をした形跡がなかった。つまり、2ページ目の3分の2のスペースは実質的に「検証」ではなく、既知情報の「まとめ」記事にすぎなかった。
検証が不十分といわれた朝日新聞も、検証特集の初日の見開き2ページの大半を4つの論点に関する自社の報道検証に割き、紙面的には力の入れようが読者に伝わる構成だった。2日目も、1ページ目は慰安婦問題の詳細な経緯をまとめただけだったが、2ページ目は初日の検証記事に対する識者3人の批評コメントを載せていた。これと比較して、北海道新聞の検証記事は、朝日の検証記事から3か月以上も遅れての「取消し」となったにもかかわらず、構成面をとっても内容面をとっても、時間とリソースをどれだけ費やして作ったのか、甚だ疑問の残るものだった。