山形新幹線用の新車JR東日本のE8系 知られざる特徴をいまさら紹介
山形新幹線の東京-山形・新庄間(うち下り1本は山形-新庄間)を結ぶ「つばさ」に、JR東日本のE8系という新車がデビューしてから約3カ月が経過した。2024(令和6)年3月16日の登場から本稿公開時の6月19日までの間、新聞などのニュースを見る限りではE8系は安定して走っている。E8系に生じた故障は報じられず、他の要素でのトラブル、具体的には5月3日にE8系を用いた「つばさ124号」(山形駅発東京駅行き)が山形県南陽市の中川駅と赤湯駅との間でカモシカと衝突し、36分遅れで運転を再開したとあるだけだ。
E8系は華々しくデビューした新車なので、すでにさまざまなメディアで紹介されてきた。筆者(梅原淳)がいまさら取り上げるのは意味がないと思われるかもしれない。とはいえ、E8系には新幹線の車両としてなかなか興味深い仕組みをもつ。そうした仕組みの数々を重箱の隅をつつくように紹介したい。
その1 車体とのすき間が小さく見える客用扉
駅に到着したE8系を見て、他の車両とは異なる「何か」に気づかなかっただろうか。その「何か」とは、各車両の車体の片側に1カ所ずつ設けられた客用扉があたかも自動車のスライドドアのように車体と同一面に取り付けられているように見える点だ。
実のところ、E8系の客用扉はスライドドアのように車体側に張り出して開くつくりとはなっていない。客用扉は車体に設置された戸袋へと平行に移動していく引き戸と他の大多数の新幹線の車両と同じだ。筆者の目測では2cm前後ある客用扉と車体との段差も新幹線の他の車両と変わらない。
しかしながら、スライドドアのように見えるとの直感は誤りではない。車体と客用扉とが接するいわゆる縁の部分のうち、客用扉の左右ある垂直方向の縁にある段差の形状に工夫が凝らされているからだ。
E8系の一つ前のモデルとなるE3系では、いま挙げた段差の形状のうち半分は直線、残りは角度を付けた斜辺となっていた。一方でE8系では段差の形状は大多数に角度が付けられた斜辺に改められている。滑らかに接続されたおかげで、車体と扉とが同じ面となる自動車のスライドドアのように見えるようになったのだ。
段差の形状が変更された理由は主に2つある。一つは豪雪時でも客用扉がスムーズに閉まるようにするためだ。車体と客用扉との間の段差が直線的だと雪の中を走行して客用扉が開いたとき、縁の部分からまとまった量の雪が客用扉の戸車が載っているドアレールに落ちる。こうなると客用扉を閉めようにも雪をかんでしまって閉まらなくなるケースが生じてしまう。駅での調査や風洞実験の結果、段差を滑らかにつくっておくと豪雪のなかで客用扉を開けてもドアレールに落ちる雪の量が減ることが判明したのだ。このような構造はE8系からではなく、北陸新幹線で用いられるJR東日本のE7系、JR西日本のW7系の近年登場分から採用された。
もう一つは騒音を減らすためである。斜めにカットされた段差のおかげで車体に当たる空気がスムーズに流れ、結果として騒音が減少する効果が得られるのだ。
余談だが、新幹線では騒音低減には自動車のスライドドアが最も効果的だ。鉄道の世界でもプラグドアと言って客用扉が閉まったときに車体と同一面となるものが存在する。E8系と同じくJR東日本で東北・北海道新幹線の「はやぶさ」などとして用いられているE5系のうち、最初に製造された10両編成1編成だ。なお、E5系最初の1編成のプラグドアは自動車のスライドドアとは異なり、開けたときに車体の内側に入り込む。
プラグドアがE5系最初の1編成の採用だけで終わってしまった理由をJR東日本に聞いたことがある。通常の引き戸でも騒音値はあまり変わらないので、それならばいままで使い慣れた引き戸にしたほうがよいと判断されたとのことだった。なお、新幹線ではE5系最初の1編成のほか、JR東海、JR西日本、JR九州のN700系グループの先頭車、運転室直後の客用扉にプラグドアが採用されている。N700系グループの他の場所の客用扉は通常の引き戸で、運転室直後だけわざわざ異なる構造のものを採用したのはそれだけ騒音を低くするのに効果があるからだそうだ。話が混乱してきたのでE8系の話に戻そう。
その2 山形新幹線にもフル規格仕様の台車が使用開始に
まず見出しで一体筆者は何を言っているのかと思った方も多いであろう。E8系が走る東北新幹線も山形新幹線も同じ新幹線だから、台車に違いがあるはずはないと――。
その前にいま一度確認しておこう。山形新幹線とはフル規格の新幹線と直通するために在来線の奥羽線を改築した路線を指す。具体的な改築箇所は左右のレールの寸法である軌間だ。在来線では1.067メートルであるところ、フル規格の新幹線と同じ1.435メートルに広げたのである。
ここで問題となったのは在来線の奥羽線に点在する急カーブだ。山形新幹線に改めるに当たり、基本的には急カーブの改良は行われなかった。フル規格の東北新幹線では都心部や駅付近を除いて基本的に最も急なカーブの半径は4000mとして建設されている。一方で福島-新庄間の奥羽線にはその10分の1の半径400mのカーブが多数あり、半径300mという急カーブも山あいの福島-米沢間を中心に数多い。すべての急カーブの改良は大変なので、その点は割り切って整備されたのだ。
山形新幹線が1992(平成4)年7月1日に開業するに当たって投入されたJR東日本の400系という車両は、新幹線の車両ではあるけれどいままでとは大きく異なる車両となった。在来線の車両の寸法に合わせて長さは約20m、幅は約3mとフル規格の新幹線の車両の長さ約25m、幅約3.4mと比べて小ぶりとなっている。
と同時に一見同じに見える走行装置の台車も異なる仕様となった。フル規格の新幹線の台車では軸距(じくきょ)と言って2軸ある車軸どうしの間隔が2.5mであるところ、400系は2.25mと25cm短くつくられたのだ。先ほどの説明のとおり、山形新幹線には急カーブが多いので、あまり揺れずに通過できるようにとの考えで採用された。2.25mという軸距は400系の次の代のE3系にも引き継がれている。
ところが、2013(平成25)年3月16日に秋田新幹線用のE6系が登場すると雲行きが変わっていく。E6系はやはり在来線から改築された田沢湖線・奥羽線に乗り入れ可能な車両であるが、400系やE3系とは異なり、軸距はフル規格の新幹線の車両と同じ2.5mとして製造された。秋田新幹線の「こまち」は東北新幹線内で最高速度時速320kmで走行する。軸距とは自動車で言うホイールベースに相当し、この寸法が長いほうが高速走行時の安定度が増すからだ。
一方で秋田新幹線内にも半径300mの急カーブは多い。軸距が長いままでは急カーブを通過する際に車輪が横方向に動く力が増え、乗り心地を損ねると同時にあまりにひどいと脱線の危険度も増す。そこで、秋田新幹線内を走行する際は台車に装着されたダンパ、自動車で言うショックアブソーバーの力を弱め、あえて車輪が左右方向にゆらゆらと進むことを許容して急カーブでの乗り心地や走行性能が高められている。
E8系の最高速度は東北新幹線宇都宮-福島間で最高速度時速300kmと、E3系の時速275kmよりも時速にして25km分速い。このため、高速性能を向上させるため、台車はE6系とほぼ同じものが採用された。この結果、山形新幹線にも初めて2.5mの軸距をもつ車両が営業列車に用いられることとなったのだ。なお、台車の写真を紹介したかったが、E8系をはじめ、新幹線の車両の台車はカバーに覆われていてなかなか見づらく撮影困難であったため、紹介できないことをご了承いただきたい。
その3 最高速度時速300kmで半径4000mのカーブを通過すると強い遠心力を感じるのではないか?
台車の軸距を2.5mに延ばしたE8系が最高速度時速300kmで走行する区間は東北新幹線の宇都宮-福島間の146.1km(実際の距離)である。山形新幹線「つばさ」最速の列車はこの区間で福島駅にしか停車しない。仮に時速300kmで福島駅に停車するまでの距離、それから福島駅を出発して時速320kmに到達するまでの距離をともに10kmと仮定し、146.1km-10km=136.1kmを時速300kmで走行すると27分13秒を要する。従来のE3系の最高速度は時速275kmであるから同様の条件で所要時間を求めると29分41秒だ。E8系によって2分28秒のスピードアップが成し遂げられた計算となる。
東北新幹線の最高速度は1982(昭和57)年6月23日の開業当時は時速210kmで、現在は時速320kmに向上されている。スピードアップに伴い、乗り心地に対して配慮すべき点が増えていく。なかでもカーブを通過する際に感じられる左右方向の遠心力、左右定常加速度は速度が上がれば上がるほど増えるから、対策を講じなくてはならない。
時速300kmで走行するE8系が遭遇する最も急なカーブの半径は4000mである。JR東日本の前身となる国鉄が発行した『東北新幹線工事誌 大宮・盛岡間』(日本国有鉄道、1983年5月)に掲載されている「東北新幹線線路縦断面図」を見ると、半径4000mのカーブは宇都宮-那須塩原間に2カ所、那須塩原-新白河間にはなく、新白河-郡山間に2カ所、郡山-福島間に4カ所の8カ所合わせて確認できた。
JR東日本は、新幹線の車両が高速でカーブを通過したときに車内で感じられる左右定常加速度がどのくらいとなるのか、以下のとおり数式を公表している。E8系が半径4000mのカーブを時速300kmで通過したときの左右定常加速度を計算してみよう。
as=1.25×(V^2/R-gC/G)
ここで、
as:左右定常加速度(m/s^2)
1.25:車体傾斜係数(台車のばねがたわんで起きる車体の傾きで加速度が増加する係数)
V:走行速度(m/s)
R:曲線半径(m)
g:重力加速度(m/s^2)
C:カント(mm)
G:軌間(左右のレールの幅)
カントとは左右のレールのうち、カーブの外側のレールを高くするという意味で、新幹線に限らず、レールを走行する鉄道全般で採用されている。ジェットコースターのように傾斜のついた線路だと想像してもらえばよいだろう。フル規格の新幹線では直線とカーブとの境界でいきなり車体が持ち上げられたり、落ちていったりすると乗り心地が悪くなってしまう。そこで、新幹線のカントはカーブ外側のレールを上げると同時に、カーブ内側のレールを下げている。ちなみに、同社によると、8カ所の半径4000mのカーブともカントは15.5cm(155mm)であるという。
計算すると、Vは時速300kmから秒速83.33m、Rは4000m、gは9.81m/s^2、Cは155mm、軌間は1435mmから左右定常加速度は0.85m/s^2と求められた。JR東日本は乗り心地の悪くならない左右定常加速度を0.9m/s^2と定めているから、E8系の乗り心地は問題ない。
蛇足ながら、E8系が時速300kmで走行する宇都宮~福島間を「はやぶさ」として走るJR東日本のE5系やJR北海道のH5系、それからE6系は時速320kmとさらに速いスピードで走っている。半径4000m、カント15.5cmを時速320kmで通過すると左右定常加速度は1.1m/s^2となって基準値を超えてしまう。
E5系やE6系は車体傾斜装置と言って、カーブに差しかかると車体の外側を持ち上げて車体を傾けさせ、車内で感じる左右定常加速度を緩和させる機能を備えている。数式は省くが、E5系、H5系、E6系は半径4000m、カント15.5cmの曲線で車体を1.5度傾けさせており、時速320kmで走行したときの左右定常加速度は0.9m/s^2だ。車体傾斜装置を搭載しているだけに、半径4000m、カント15.5cmのカーブを時速300kmで走行するE8系よりも時速320kmで走行するE5系、H5系、E6系のほうが左右定常加速度が小さいのではと筆者は気になっていた。さすがにそのような逆転現象は起きていない
以上、新しい「つばさ」用E8系の細かな点のみ記してきた。実際にどのような車両なのかはやはり乗車して確かめてみるのが一番だ。初夏の東北・山形新幹線をE8系に乗って旅に出かけられてはいかがだろうか。
参考文献
日本国有鉄道、『東北新幹線工事誌 大宮・盛岡間』、日本国有鉄道、1983年5月
一法師賢、「E8系新幹線電車の概要」、「R&m Rollingstock & Machinery」2024年2月号、日本鉄道車両機械技術協会
梶谷泰史、加藤博之、浅野浩二、「乗り心地向上の取組み」、「JR EAST Technical Review-No.31」、東日本旅客鉄道、2010年
山下高賢、山中拓也、松岡耕作、「北陸新幹線W7系の新製投入車両の概要」、「R&m Rollingstock & Machinery」2022年1月号、日本鉄道車両機械技術協会
梅田啓、世古将之、「E6系新幹線電車(量産車)の概要」、「R&m Rollingstock & Machinery」2013年3月号、日本鉄道車両機械技術協会