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安倍首相、お願いですから、トランプ大統領を「ドナルド」と呼ぶのをやめてください!

山田順作家、ジャーナリスト
「ドナルド、シンゾーの仲」は単なる幻想にすぎなかった(写真:ロイター/アフロ)

■衝撃だった「良好な関係は終わる」報道

 9月25日から始まる国連総会出席のために渡米する安倍首相は、合わせてトランプ大統領との首脳会談に臨むことになっている(もちろん、総裁選での3選が決まることが前提)。しかし、今回の首脳会談は、過去のどんな会談とも違って、日本は窮地に立たされている。トランプが対日貿易赤字解消のために、“強硬姿勢”に出てくるのは間違いないからだ。

 『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)紙の9月6日の報道は、政府には衝撃的だった。コラムニストのジェームス・フリーマン氏がトランプと電話で話した内容を記事にし、その中でトランプが「日本がどれだけ(アメリカに)払わなければならないかを伝えた瞬間、(良好な関係は)終わる」と述べたと書いたからだ。

 この報道に、麻生太郎副総理は7日の記者会見で「ウォール・ストリート・ジャーナルとトランプ氏の関係がどのくらいかわからないし、その話がどのくらい本当かわからない」ととぼけてみせた。また、アメリカと貿易問題を交渉するハンドである茂木敏充経済財政・再生相は、「胸襟を開いて議論を進めたい」と平静を装った。この時点で、政府はまだ“希望的観測”を抱いていたと思われる。

■貿易赤字解消で岐路に立たされた同盟関係

 しかし、こうした“希望的観測”は『WSJ』紙の報道の翌日、一気に打ち砕かれる。トランプは、大統領専用機の機中でこう息巻いたと報道されたからだ。

「日本はオバマとはディールしなかった。仕返しを受けないと思っていたからだが、私はそうじゃない。相手が私に代わって、ディールがまとまらなければ大変なことになる、と(日本も)わかっている」

 さらに続けて、「日本との貿易協議に本腰を入れてこなかった唯一の理由は中国と協議していたことだ」と述べたというのだ。

 つまり、トランプの頭の中は、中国と日本の区別はない。彼にとって、貿易赤字は“悪”であり、相手が同盟国だろうと非同盟国だろうと関係ない。

 となると、中国への追加関税第3弾(2000億ドル相当)の発動を命じた後は、日本への同様な強硬策に出てくる。なにしろ、トランプは対中制裁関税第4弾として2670億ドル相当を用意しているとまで言っているのだ。

 日本への要求はすでに公表されている。

 一つは、「輸入車に25%への追加関税」、もう一つは、農業製品などの市場開放につながる日米FTAの締結だ。

 トランプはいま、かなり追い込まれている。

 ボブ・ウッドワード氏の内幕本『Fear: Trump in the White House』(恐怖:ホワイトハウスにおけるトランプ)が出版され、『ニューヨーク・タイムズ』(NYT)紙には、匿名政府高官の「政府内で反乱を起こしている」という暴露寄稿記事が出た。ロシア疑惑の追及も継続している。

 したがって、11月の中間選挙次第では、彼の権力がどうなっていくかはわからない。しかし、彼が大統領であるかぎり、「揺るぎない同盟関係」「希望の同盟」(安倍首相の造語)は、今後、大きな岐路に立たされる。

 

■「ドナルド・シンゾー」という“親密な仲”

 そこで、つい1年前のことを、ここで思い出してみてほしい。2017年11月5日、トランプはエアフォースワンに乗って横田基地に降り立ち、ご機嫌の初来日を果たした。この大統領を、昼間はゴルフにランチ、そして夜は鉄板焼きディナー、翌日は天皇陛下面会、またランチ、公式晩餐会と、安倍首相は大々的に接待した。そうした中で首脳会談が行われたが、この会談を、ほとんどの日本のメディアは大成功だと伝えた。たとえば、『産経新聞』(2017年11月11日)の「WEB編集委員のつぶやき」は、こんなふうに書いている。

 《「シンゾーだから日米関係はいいんだ。シンゾーだから、私は日本のためにやる。もしシンゾーじゃなければ、私はフリーエージェントになる」

 日本を訪れたトランプ米大統領は6日の首脳会談で、こう明言した。共同会見でも「これほど密接な関係が両国の指導者の間にあったことはない」と言い切った。

 実際、「ロン・ヤス」(ロナルド・レーガンと中曽根康弘)、「ジョージ・ジュンイチロー」(ジョージ・ブッシュと小泉純一郎)など強い印象を残したが、「ドナルド・シンゾー」コンビこそ、安倍晋三首相が「ここまで濃密に深い絆で結ばれた1年はなかった」と語るのも誇大ではない。日米関係の安定こそ安倍政権の最大の成果と言えるのではないか。》

 実際、安倍首相は首脳会談後の共同記者会見で、「ドナルド、サンキューソーマッチ」と呼びかけ、さらに「この2日間にわたり、ドナルドと国際社会の直面するさまざまな課題について、非常に深い議論を行うことができました」と言った。

 いま思うと、日本国民として恥ずかしくて火が出ないだろうか?

■「外交の安倍」はファーストネーム大好き

 日本のメディアはずっと、安倍首相を「外交の安倍」として持ち上げてきた。それに乗っかって、安倍首相は世界を相手に「お友だち作戦」を展開してきたと言える。

 だから、安倍首相は、トランプだけではなく、世界のほかのリーダーたちも、みなファーストネームで呼びかけてきた。

 ドイツのメルケル独首相には「アンゲラ」、英国のメイ英首相には「テリーザ」、そしてあのロシアのプーチン大統領にも「ウラジーミル」である。

 トランプの前の大統領、オバマ氏にいたっては、「バラク」の連発だった。2014年4月の来日時の首脳会談後の共同記者会見では、安倍首相は次のように述べている。

「バラクと私がホワイトハウスで初めて会ったのは昨年の2月になります」

「バラク、あなたは昨夜のおすしを人生の中で一番おいしかったと評価していただきました」

「ぜひ、バラクと私でこれまでで一番良好な日米関係を築いていきたい」

 しかしこのとき、オバマ大統領は安倍首相を「シンゾー」とは呼ばなかった。一貫して「プライムミニスター・アベ」で通した。これは、オフィシャルの席なのだから当然だろう。世界どこでも、公式の場でお互いをファーストネームで呼び合う政治家はいない。

 

■大統領は常に「ミスター・プレジデント」

 アメリカでは、身近な人を呼ぶときはお互いにファーストネームで呼ぶものだと日本人は思っている。また、ファーストネームで呼び合うことは親密なしるしであり、そうすることがアメリカ流のやり方だと思っている。

 しかし、公式な場では違う。大統領は常に「ミスター・プレジデント」か「プレジデント○○○○(ラストネーム)」である。私的な場でも、向こうが「ファーストネームで呼んでいい」と言ってくれないかぎり、呼んではいけない。とくに、学校の先生、教授はそうだ。「ミスター」「ミセス」あるいは「プロフェッサー」などの敬称をつけてラストネームで呼ぶ。ただ、向こうがファーストネームで呼びかけてきたら、その場合は、こちらもファーストネームで返していい。

 

 この6月、フランス発AFPで、こんな記事が出た。アメリカばかりか、フランスでもこうだ。

 

《[6月19日 AFP]エマニュエル・マクロン大統領(40)は、大半の政治家と同様、公務で外出した際には握手やセルフィー(自撮り)撮影に応じ、市民との交流を楽しんでいるようだ。ただ、マクロン氏を愛称で呼ぶのは控えた方がよさそうだ。

 大統領は18日、第2次世界大戦中にレジスタンス(抵抗運動)に加わった数百人が処刑されたパリ近郊のモンバレリアン要塞を訪れ、待ち受けた中学生の一団に囲まれた。

 そこで男子生徒の一人がマクロン氏に向かって、エマニュエルの愛称の「マニュ」を用いて「マニュ、調子はどう?」と軽々しく呼び掛けたところ、マクロン氏に「それはいけない」と諭される羽目に陥った。男子生徒はばつが悪そうに「ごめんなさい、大統領」と謝ったが、マクロン氏はそれでおしまいにはしなかった。「君は公式行事でここに来ているのだから、きちんとしなくてはいけない」「だから私のことは大統領、もしくはムッシューと呼ばないと。分かったね」とお説教した。》

■トランプは「ドナルド」と呼ばれるのが大嫌い

 安倍首相と日本のメディアはなにか大きな勘違いをしている。しかも、トランプという人物についての分析が足りない。たとえば、トランプがなにを喜ぶかは、彼の別荘「マーアーラゴ」で30年間、執事をやっていたアンソニー・セネカル氏がメディアに出てたびたび語っている。その中でも圧巻のエピソードは、トランプの機嫌が悪いとき、どうすればいいかだ。

 セネカル氏は、トランプが別荘到着前に「機嫌が悪い」という連絡が入ると、大急ぎでラッパの吹き手を手配して、トランプが別荘に到着した瞬間に『Hail to the Chief』(ヘイル・トゥ・ザ・チーフ/大統領万歳)を吹かせたという。この曲は、大統領に対する公式讃歌である。つまり、トランプは大統領になる前から、常に大統領として扱われたかったのである。

 そんな男が、ファーストネームで呼ばれることを好むだろうか? 実際、彼は「ドナルド」と呼ばれるのを嫌ってきたと伝えられている。

 もう一つ、トランプがドナルドと呼ばれるのを嫌う理由がある。それは、人々が彼を単なる「ドナルド」ではなく「ザ・ドナルド」(The Donald)と呼ぶことがあるからだ。とくに、トランプをバカにしている人たちは、会話の中で「ドナルド」の前に「ザ」(The)をつける。

 「ザ」は、相手もそれを知っているという前提でつける冠詞だ。つまり、「レストラン」に「ザ」をつければ、「ほら、あのレストランよ」ということを示し、相手もわかっているレストランになる。ドナルドも同じで、ドナルドという名前の人間はいっぱいいるから、「ほら、あのドナルドよ」ということを示す。単にドナルドでは「ドナルド・ダック」かもしれない。

 つまり、もっとはっきり言うと、「あのとんでもない大統領のドナルド」ということになり、トランプのことをけなす場合、「ドナルド」に「ザ」をつけることが多いのだ。

■お願いだから「ドナルド」はやめてほしい

 トランプが世界を相手に行なっている貿易戦争は、中間選挙対策だという見方がある。しかし、彼は、大統領選挙中からずっと同じことを言ってきているので、タダでは引かない。

 アメリカの貿易統計を見ると、2018年上半期の対日赤字は約353億ドルに達していて、日本は国別では第3位である。トランプは、スタッフの進言には耳を貸さず、ブリフィーング用のペーパーも斜めにしか読まないと伝えられている。とすれば、単にこうした数字だけを見て攻めてくるだろう。

 すでに今年の3月、トランプは中国への制裁関税を決定した際に、日本に言及してこう言っている。

 「(安倍首相の微笑みは)こんなに長い間、アメリカを貿易で出し抜けたなんて信じられないという微笑みだ。こういう時代はもう終わりだ」

 この時代錯誤アタマは変えようがない。

 トランプに関税戦争を仕掛けられた国は2つの選択を迫られる。軍門に下ってなんらかの妥協をするか、反発して報復関税などの対抗措置を取って抵抗を続けるかだ。NAFTA見直しを迫られたメキシコは隣国だけに、仕方なく妥協させられた。カナダはWTOに提訴して報復措置も実施したが、メキシコに裏切られてしまった。しかし、やはり隣国だけに妥協点を見つけるしかなく、現在、粘り強く交渉を続けている。

 トランプは、カナダが譲歩しなければ、同国抜きでNAFTA新協定を発効し、輸入車に高関税を課すと息巻いている。つまり、次は日本の番だ。

 政府内には、今度の首相訪米で、日米首脳会談前に再度ゴルフをするプランもあるという。

 そこで、どうしてもお願いしたいことがある。もういい加減、ゴルフはやめてほしい。それから、記者会見などで「ドナルド」と呼びかけるのだけは、本当にやめてほしい。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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