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英国は「安楽死」を合法に!なぜ日本は「尊厳死」さえ法制化せず、老人虐待を続けるのか?

山田順作家、ジャーナリスト
議会前に集まった「安楽死」賛成派の人々(写真:ロイター/アフロ)

 

■ついに英国も「安楽死」容認を法制化

 11月29日、英国の下院で「安楽死」を認める法案が可決された。世界の多くの国では、終末期患者は苦痛から逃れて、尊厳を保ったまま最期を迎える権利があるとしているが、英国もついにそういう国々の仲間入りをすることになった。

 しかし、この日本では、「安楽死」は論外で、「尊厳死」ですら法制化されていない。そのため、終末期の「寝たきり老人」は増え続け、本人も家族もほぼ望まない濃厚な「延命治療」が行われている。

 メディアも政治家も、エセ・ヒューマニズムに染まり、議論しようとさえしない。こんな異常な状況をいつまで続けるのだろうか?

世論は7割が賛成、議会では自由投票

 英国の下院で可決された「安楽死」を認める法案は、賛成が330、反対が275だった。法案可決前に行われた世論調査では、賛成が7割に達していた。

 法律成立までには、今後、もう1回の下院採決と、上院での可決が必要だが、成立するのは確実だ。

 今回の法案は、イングランドとウェールズに適用され、対象者は余命6カ月未満の終末期患者。あくまで本人の意思が条件で、医師2人と裁判官の承諾が必要とされ、薬物の投与などによって死を選ぶ権利が与えられる。

 英国では2015年に同様な法案が提出されたが、否決。今回は、世論の動きを見て、労働党のキム・レッドビーター下院議員が議員立法で提出。キア・スターマー首相も支持を表明し、労働党は自由投票を選択したため、可決された。

「多くの人が苦痛のなかで死を迎えている。患者はよりよい死を選ぶ権利を持つべきだ」

 というレッドビーター議員の主張が通ったと言える。

■安楽死とは医師介助による「自発的な死」

 ここで、安楽死について整理してみると、英国では安楽死を一般的に「assisted dying」(介助して死なせるという意味)と呼んでいる。メディアもこの言葉を使っている。

 もっと踏み込んだ「mercy killing」(慈悲殺)、「assisted suicide」(自殺幇助)、医学用語としての「euthanasia」(安楽死)もあるが、いずれも、治癒の見込みがない患者の希望により、医師がクスリなどを用いて死へ至らしめる行為を指す。

 共通しているのは、患者が望むこと。つまり、「自発的」(voluntary)であることで、「自発的な死」である。

 

 となると、反対に「非自発的」(involuntary)な死もあるわけで、こちらは「非自発的安楽死」となり、これはある意味で殺人である。

 また、患者の意思に反して治療を中止したり、差し替えたりするのも、こちらに含まれる。

 

■日本で言う「尊厳死」は欧米とは違うもの

 では、日本でよく言われる「尊厳死」とはなんだろうか?

 一般的には、積極的な延命治療をしないで患者を自然に死なすこととされている。苦痛を和らげるための「緩和ケア」は行うが、人工呼吸、透析、胃ろうなどの延命治療は、本人と家族が望まないのなら行わない。

 つまり、人間の尊厳を損なわず、自然に死んでいくのが「尊厳死」とされる。

 ところが、これは日本独特の解釈で、欧米では「death with dignity」(尊厳死) は、ほぼ安楽死と同じ、医師が介助する死のことを指す。医師が処方するクスリで死んでいく、あるいは、緩和ケアのみで延命させないことも含めて「尊厳死」としている。

 

 概念として、安楽死には2通りある。

 1つは、「積極的な安楽死」(active euthanasia)。これは、延命治療をやらないだけではなく、クスリなどで死に至らせること、もう1つは、「消極的な安楽死」(passive euthanasia)。これは、延命医療を行わないことで、どちらも、欧米的には尊厳死だ。

■世界の安楽死を合法化している国々

 現在、世界では多くの国が安楽死を合法化するか、立法化に向けての議論を進めている。

 もっとも進んでいるのがスイス。スイスではすでに終末期患者に限らず難病患者などに対しても、「死ぬ権利」が完全に認められている。そのため、「assisted suicide」(自殺幇助)をサポートするNGOがあり、自殺幇助ヘルパー(看護職の延長として)もいる。また、世界各国の希望者のために、「安楽死ツーリズム」が行われている。

 スイス以外で、医師の薬物投与などによる安楽死が合法化されている国は、オーストリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク。カトリック信者が多いスペインでも、2021年に安楽死が合法となった。フランスでは2022年に安楽死の是非を議論する市民評議会がスタートし、現在、議論中だ。ドイツや北欧は禁止されているが、希望者の多くはスイスに出かけて希望をかなえている。

 アメリカでは、現在、11州が合法化している。カリフォルニア、オレゴン、ニューメキシコ、コロラド、モンタナ、ワシントン、ハワイ、ニュージャージー、メイン、ヴァーモント、ワシントンD.C.である。カナダも、合法化している。

 また、南米のコロンビア、ニュージーランドでも、安楽死は合法だ。

■国民民主党が尊厳死の法制化を提唱

 世界がこのような状況にあるのに、超高齢化で、この問題にもっとも対処すべき日本では、これまでほとんど議論されてこなかった。

 それで、今回の衆院選挙で、国民民主党が「尊厳死」の法制化を公約に掲げたのには驚かされた。党首会見で、玉木雄一郎党首はこう言った。

「社会保障の保険料を下げるためには、われわれは高齢者医療、とくに終末期医療の見直しにも踏み込みました。尊厳死の法制化も含めて----」

 

 かつて麻生太郎副総理(当時)が、寝たきり老人を「チューブの人間」と呼んだことがあった。「私は遺書を書いて『そういうことはしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだから』と渡してあるが」と続けたが、メディアの猛批判を浴びて、最終的に発言を撤回させられた。

 こうしたこともあり、政治家が終末期治療の是非に踏み込むことは、タブー視されてきた。なにより、票に結びつかない。

 しかし、麻生発言は、言い方が乱暴なだけで、間違ってはいなかった。ただ、玉木発言も言い方が乱暴だった。終末期の莫大な医療費を抑えるために、老人は早く死ねと言っているように誤解されたからだ。SNSでは「医療費を抑えるための尊厳死?」「命の選別をしろということ?」などの投稿が相次いだ。

■「寝たきり老人」が数百万人も存在する国

 多くの日本人、とくに若い層は、尊厳死がなにかを知らない。日本の終末期治療が、単に生かし続けるだけの延命治療になっている現実を知らない。麻生発言にあるように、それは「チューブの人間」をつくるだけである。

 呼吸が困難になれば、気管切開などをしてチューブに繋いで呼吸させる。口から食物を摂れなくなれば、胃にチューブを入れて、胃ろうにより栄養を流し込む。また、糖尿病の悪化などで腎機能が低下すれば、チューブによって人工透析を行う。

 いずれも、中止すれば、死はすぐにでも訪れる。

 このような日本の濃厚な延命治療は、医療の名を借りた「虐待」と言える。こんなことは、諸外国ではありえない。とくに胃ろうは、食事が摂れなくなった重篤患者のために開発されたもので、終末期の延命治療などには使わない。

 こうして、日本は世界でも類を見ない「寝たきり老人」が数百万人も存在する国になっている。療養病棟、老人施設などに収容されているそうした人々は、毎日、身動きできず、ただ天井を見て暮らしている。

■欧米を比べると異様な日本の「老人施設」

 欧米の老人施設と比べると、日本の老人施設は異様だ。高級老人ホームは別として、介護型の特養、老健、サ高住、介護医療院などに行けば、入居者の多くが車椅子や寝たきりである。

 欧米の場合、高齢者はスポーツをしたり、バーベキューをしたりして老後の人生を楽しんでいる。しかし、日本の場合、そういう光景はあまり見かけない。

 たとえば、介護医療院は、胃ろうを付けたり、透析を受けていたりする寝たきり患者でベッドが埋め尽くされている。部屋には、人工透析器などの医療機器が置かれ、透析が始まると、どこかでピーピーピーと血圧低下を知らせる警告音が鳴り響く。また、胃ろうを付けている患者は、暴れて胃ろうを外すことがあるので、拘束バンドで両手を縛られていたりする。

■家族側の「丸投げ主義」と医療側の「商業主義」

 日本では、なぜこんな非人道的、かつ無意味な延命治療が行われているのだろうか?

 その原因を求めると、次のようになる。

 

 まずは医療の日進月歩である。人工呼吸、人工透析、胃ろうなどの医療技術が開発されなかった昔は、人間は自然に死んでいた。たとえば、腎機能が著しく低下すると、尿毒症となって死を迎えたが、いまは人工透析によって延命が可能になった。

 

 こうした医療の進歩により、それを利用する側が変わった。まず、家族側が医療に対し「できる限りお願いします」という、「丸投げ主義」が蔓延した。それを受ける医療側は、商業主義により、延命治療が大きな収入源となるので、濃厚な延命治療を勧めるようになった。

 そして、これを助長しているのが、メディアと政治家のエセ・ヒューマニズムだ。ともかく、日本は、長生き礼賛の度が過ぎている。たとえば、「人生100年時代」などと言っても、約9万人の100歳以上の高齢者(百寿者)の多くは寝たきりか認知症患者である。それなのに、メディアはほんの一握りの健康な百寿者のみを取り上げて、礼賛報道を繰り返す。

 国と政治家は、いくつになっても働くことがいいことのように、国民を煽り続ける。

■回復不可能の人々に注ぎ込まれる莫大な医療費

 日本の国民皆保険制度は素晴らしい制度だが、終末期医療に関しては、弊害が大きすぎる。高額療養費制度により限度額が決められているので、実費にすれば高額極まりない医療でも、家族側は施してもらおうとする。

 患者の年金額が高額療養費を超えれば、生かしておくだけで、その差額が家族の収入になる。

 一方、医療側は、いくらでも高額な医療を施せる。人工透析の診療報酬は高いが、わずかな患者負担以外はすべて国が払ってくれる。取りはぐれがないので、医療側はあらゆる延命治療を行う。

 現在、国の医療費は12兆3532億円(2024年度国家予算)で、国家予算の約1割を占めている。そのうち、終末期の医療費が占める割合は1割弱、約1兆円と推計されている。これが、ほぼ回復不可能で死を待つばかりの人々に注ぎ込まれている。

■一部の生活保護受給者がワルなら病院もワル

 最近は、生活保護者に対する風当たりが強くなった。その一つに医療費がタダということがある。そのため、ちょっとしたことでも病院に行き、クスリを手に入れるとそれを転売して稼いでいる生活保護者がいる。

 しかし、一部の生活保護受給者だけがワルではない。病院側にも生活保護者を食いものにして稼いでいる「ブラック病院」がある。病気でもない生活保護者を診察して、架空請求を繰り返す病院。業界で「ぐるぐる病院」と呼ばれる生活保護受給者の入院患者を「たらい回し」にして儲けている病院がある。

 ぐるぐる病院は、終末期の生活保護者に思い切り延命治療を施し、それで稼いだうえに、入院が長引くと診療報酬が減額されるので、患者を2週間で退院させ次の病院に移す。すると入院日数はリセットされるので、また儲けられるという仕組みだ。

 生活保護受給者が多い大阪では、複数の病院が組んでこれをやっている例がある。

■ガイドラインがないため医者が殺人罪に!

 日本の濃厚な延命治療が続く最後の理由は、法律の壁である。もし、医者が患者の死にたいという希望をかなえたら、それが尊厳死であっても「同意殺人罪」「自殺幇助罪」(刑法202条)になることだ。

 延命措置をやめるだけでも、本人の意思の確認が明確でなければ、罪に問われかねない。

 2009年に有罪判決が確定した川崎協同病院の「筋弛緩剤事件」というのがある。医者が准看護師に指示して、気管支喘息発作で苦しむ患者の気管内チューブを抜き、筋弛緩剤を投与して窒息死させたという事件である。

 ただし、この判決には、異例のコメントが付いた。「尊厳死の法的規範がないなか、事後的に非難するのは酷だ」「尊厳死の問題は、国民が合意する法律制定やガイドライン策定が必要だ」の2点。要するに、安楽死、尊厳死に関してガイドラインがないのは問題ではないかと、裁判所が世間に訴えたのである。

 しかし、今日まで、政治は動いていない。

 2012年、超党派の議員連盟が「尊厳死法案」を公表したが、反対の声が上がり法案提出には至らなかった。

 超高齢化で、毎年約160万人が死んでいくいま、日本も早急に英国並みの「安楽死法案」を制定すべきではなかろうか。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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