アメリカに飛来した”偵察気球” 「気象観測用」ではないと推察する理由
今回、アメリカ上空を横断した気球について、中国としては早々に自国からの気球であると認めました。しかしその理由は、“気球は気象などを研究する民間の飛行船が不可抗力でアメリカに侵入したもの”とのことで、偵察目的は否定しました。
この中国の発表について気象の専門家の立場からすると、気象用では無いと思います。なぜなら、気象用の気球とは素材が異なるからです。今回、米軍の撃墜で気球の素材が分かると思いますが、その素材だけでもこの気球の正体が分かります。
気象観測用気球なら上空で破裂する
気象観測用の気球は定点観測が基本で、上空に昇りながら高度別の気温や湿度などを測定し、それを電波で地上に送ります。そして、その気球の流される方向から、風向・風速もわかります。
通常は1秒間に5~6メートルの速度で上昇し、およそ100分後(1時間40分後)に上空3万メートル(30キロ)に達します。上空30キロの高さになると気圧は地上の100分の1しかありませんから気球は膨らみ破裂することになります。つまり、気象観測用の気球は破裂するような素材(ゴム製)でできているのです。
そして上の写真にあるとおり、気象観測用気球の場合は、気球に吊るしてある測器にパラシュートが付いており、気球が破裂しても測器で落下被害が出ないようになっています。
1万キロ以上も移動した気球
また、今回の気球は日本付近を通って太平洋を渡り、アラスカ州からアメリカを横断したとされています。その距離は直線距離で測ると約1万4千キロ。上の図は、上空約1万メートルの風(偏西風)の流れですが、恐らくこの流れにのって移動したのでしょう。
つまり、気象観測気球は一定高度の上空で破裂するように作られており、今回のように高い高度を維持しながら長距離を移動できる気球は気象用では無いと言えます。
この点を、実際に気象用気球を作っている(株)気球製作所の豊間清さんにお聞きしました。
森田「今回の気球は気象用でしょうか」
豊間「これは気象観測用のゴム気球ではなく、おそらく塩化ビニール製の気球で、接着または熱融着で作られていると思います。一定の高度でレベルフライト(高度を保って飛行)させているものではないでしょうか? 昔の日本の風船爆弾と同じ原理で飛ばしていると思います」
森田「2年半前の仙台気球も、今回と同型(塩化ビニール・レベルフライトしていた)と考えてもよいでしょうか」
豊間「はい。いま思えば仙台気球も同じ気球だと思います」
仙台気球との類似
実は2年半前(2020年)、仙台上空で不審な気球が目撃されたとき、私なりに推測して記事を書きました。この時には、気象観測用は“ゴム製”だという思い込みが邪魔をして、気球が外国(中国)から飛んできたものなどとは考えもしませんでした。しかし気球が”塩化ビニール製”となれば話は違います。
塩化ビニールは、海で使うビーチボールの大きいものだと思っていただければいいのですが、とにかくゴム気球に比べて丈夫で温度変化にも強く、豊間さんによると現在の塩化ビニールの素材には柔らかさを保つために可塑剤(かそざい)も入っているそうです。
改めて話を整理すると、気象観測用は上空で破裂しないといつまでも滞空してしまいますからゴム製を使う必要があるのです。対して今回の中国の気球は滞空時間が長いことや、一定高度を保つ仕組みを持っていたと考えられることから、その目的はおのずから“長時間の偵察”ということになるのでしょう。
気球は満月の6分の1くらいの大きさに見えたか
ところで今回の気球に関連して、“大きさは大型バス3台分”と報じられました。大型バスの全長を10メートルとすると、直径は約30メートルです。高度は2万メートル(20キロ)と伝えられていますが、この20キロ離れた地点の30メートルの大きさの気球は肉眼で見るとどれほどの感じになるのでしょう。
そこで単純に割り算すると、2キロで3メートル、200メートルで30センチ、2メートル先の3ミリの大きさの米粒くらいになります。また月の直径と比較すると、月までの距離は約38万キロ、月の直径が約3500キロですから、月は38キロ先の350メートルの球体ということになります。
ということは、20キロ先の30メートルは、満月の大きさの約6分の1ということになります。
今回の外電映像を見ていて、満月と同方向に気球も見えたとの報告がありましたが、さもありなんと思った次第です。
参考
(株)気球製作所 豊間清氏
森田正光Yahoo!ニュース記事2020年7月17日掲載 仙台 謎の気球は新型気球の実験か!?