カマラ・ハリス「最初の一手」はレコード勝負? SNSで話題の選盤が、トランプ陣営に一太刀浴びせたか
次期米大統領候補(の候補)ハリスがレコード店でLPを買う
数日前からTikTokなどを中心に、米副大統領であるカマラ・ハリスのとある映像フッテージが流行している。といっても、スキャンダルものなどではない。もっと好感度高い――というか「彼女の好感度を高める」ために、民主党陣営か支持者がネットに放ったもの、なのかもしれないのだが――なんとそれが、レコード・ショッピングの模様なのだ!
ワシントンDCのレコード店〈ホーム・ルール・レコード〉を、カマラ・ハリスが訪れたときの映像だ。店を出てきたところで、報道陣に囲まれる。「なにを買ったんでしょうか?」など、質問を受ける。すると、おもむろに彼女は紙のショッピング・バッグのなかからアルバムを取り出して、ジャケットを見せながら語る、というのがその一幕。撮影されたのは2023年5月。だからこれが「いま」流行しているところに……アメリカの熾烈な政治戦の一端が垣間見えるようにも、僕には思える。
なぜならば、この映像がネット上を駆け巡るやいなや、ワシントン・ポストの電子版が7月24日付で記事にしたからだ。同紙の音楽評論家マイケル・アンドー・ブロデューアが書いた記事には、こんなタイトルが付されていた。
「候補者を判定する際の、理にかなった唯一の方法:彼らのレコード ~政治家を理解するには、なにを聴いているか知ればいい~」
僕がこれを書いている26日の時点では、迫る大統領選への出馬を断念したバイデン大統領に後継として指名されたハリスが民主党の候補者となることがほぼ確定している。この形が固まったのが、アメリカ時間の7月21日朝。そして「後継指名」が公になってから初の彼女の演説が、22日のデラウェア州選挙対策本部でのものだった。例の「トランプのような人間を(検事としてキャリアを築いた)私はよく知っている」発言が出たあれだ。まさに先制パンチ、鼻先にジャブをお見舞いしたかのような鮮烈な一発だった。
そしてその翌日の23日あたりから、突如広がり始めたのが上記の映像、「レコード店で買い物する」ハリスの姿だったというわけだ。たしかに、これまでの一般的なハリス評のひとつに「わかりにくい」というのがあった。副大統領としてなにをやったのか、実績が見えにくい。オピニオンが見えにくい。人物的にも……というような状況に一石を投じるため、今回急遽彼女の人間性を前面に出すという意味で打ち出したのではないか。「カマラ・ハリスの音楽趣味」を!
見事なセレクションの「各種ジャズ」LP三選
DCのフッテージ内、彼女が袋から取り出した音楽アルバムは3枚。どれもアナログLPレコードで、どれも名盤だ。まず1枚目、チャールズ・ミンガスの『レット・マイ・チルドレン・ヒア・ミュージック』(72年)。そしてロイ・エアーズ・ユビキティの『エヴリバディ・ラヴズ・ザ・サンシャイン』(76年)。最後にエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロングの『ポーギー&ベス』(59年)――いやあ、これはかなり「いいセレクション」だ! 「教養」の3枚と呼ぶべきか。以下、簡単にご説明しよう。
全体的には「ジャズでまとめた」と言えるのだが、3枚の取り合わせが面白い。まずはミンガス、ベーシストにしてハード・バップの時代から幾多の伝説に彩られたジャズ界の巨星。政治的にも鋭敏、作曲者としても作品多数で、彼のペンによる「グッドバイ・ポークパイ・ハット」は、ロック界のジェフ・ベック、ジョニ・ミッチェルもカヴァーした。そしてこのアルバムは、ミンガスが全曲を書いて大所帯のジャズ・オーケストラを率いた大作で、アヴァン・ジャズどころか「ジャズでもクラシックでもフュージョンでもない」第三の道(Third Stream)に分け入っていった1枚。73年度のグラミー賞最優秀アルバム・ノーツ賞(ノンクラシカル部門)にノミネートもされた。ジャズ喫茶で大音量で聴いたらコーヒー飲むのを忘れてしまうほどの、力作だ。
2枚目がハリスいわく「私のオールタイム・ベスト・アルバムのひとつ!」だというロイ・エアーズの1枚。ヴィブラフォン(鉄琴の一種)奏者の彼が率いるバンドがユビキティで、ジャズといってもかなりポピュラー寄り、ジャズ・ファンクと呼ばれるサブジャンルを切り拓いた先駆のひとりがエアーズだ。そんな彼の代表作のひとつが同作で、とくにタイトル曲(「エヴリバディ・ラヴズ・ザ・サンシャイン」)は、夏テーマの人気曲リストにいまでもよく取り上げられる。全体的にはメロウにして、しかし一種独特の緊張感につらぬかれたシンセサイザーのフレーズが「酷暑」を物語るかのように印象的で、カヴァーも多いナンバーだ。またドクター・ドレやメアリー・J・ブライジを始め、とてつもなく頻繁にヒップホップ系アーティストにサンプリングされている。日本でも90年代の渋谷周辺で流行した。
そして3枚目、『ポーギー&ベス』だ。20世紀前半のアメリカを代表する作曲家のひとりジョージ・ガーシュウィンが1935年に発表したオペラがこれで、ジャズ音楽家がレコード作品にした最古の例に属するのが本作。20年代の米南部における黒人貧困層の暮らしに材をとったストーリーが展開されていく。収録曲の白眉は、なんといっても米ポピュラー音楽界における名曲中の名曲中の名曲「サマータイム」! ビリー・ホリデイからジャニス・ジョプリンまで、幾多の名唱が歴史に残るこのナンバー、ここで歌っているのはエラ・フィッツジェラルドとルイ・アームストロング(は、もちろんトランペットも!)。つまり、ほぼ人間国宝の2人がガーシュウィン劇で並び立ったという、贅沢というか壮絶というか、ものすごいと言うほかないアルバムがこれだった。
ちなみにハリスの娘のエラの名はエラ・フィッツジェラルドから。同じく息子のコールはジョン・コルトレーンから取られている。2人とも夫のダグ・エムホフの前妻との子だから、つまり彼とハリスのあいだにはきっと、ジャズ趣味の共通点があったことは間違いない。
まだまだある「ハリスの音楽ねた」
話はこれだけでは終わらない。もう1本、レコード店フッテージが流通しているからだ。こちらは今年2月にミシガン州はグランド・ラピッズのレコード店〈デラ・ソウル・レコード(Della Marie Leviさんの店だから、Della Soul Records)〉を訪れたときのもの。黒人女性が経営する同市初のレコード・ストアである同店をハリスは訪れて、パーラメント/ファンカデリック軍団総帥ジョージ・クリントンのデフォルメ・フィギュア(ファンコ・ポップ製)とマイルス・デイヴィスのアルバムを購入したところを撮影されたものだ。
さらに、以下のような動画もあった(僕は町山智浩さんのX投稿で知った)。「日々の生活のなかの、いろんな瞬間に」カマラ・ハリスがどんな曲を好んでいるのか答えるというもの(「料理するときには多くの曲を聴くものだけど、ビヨンセの『レモネード』が私のお薦め!」などなど)。選曲も小粋だし、にこやかな話しっぷりは好感度高いのではないか。
そしてこの映像が投稿されたのが2019年1月15日だったから……つまり「前回の大統領選」予備選挙のタイミングだったわけだ。19年の選挙では、彼女は民主党の候補者予備選に名乗りを上げた(立候補発表は同年1月19日)。つまり「選挙のたびに」音楽趣味が打ち出されているのかもしれないのだが、まあこれは「いいこと」なのだと僕は思う。なぜならば、前述のワシントン・ポストのブロデューアの言を借りるならば「なにを聴いているのか」わかると、やはり僕も、その人物の人間性のかなりのところまで理解できるような気がするからだ。
ちなみに、ついいましがた発表されたハリスの今回の選挙戦キャンペーンの第一弾ビデオでは、ビヨンセの『フリーダム』が起用されたことが話題になっている。
オバマ元大統領よりも「ピュアで鋭い」選曲
と、連発してみたカマラ・ハリスの音楽趣味なのだが、ざっくり言ってこれは、民主党というよりも米政界きっての選曲マニアかもしれない、バラク・オバマ元大統領の趣味に一脈通じるところがある。彼のテイストのうち、とくに黒人音楽面(ジャズからソウル、R&Bあたり)に絞り込んだような、クラシックな名盤や名曲推しが目立つ「教養の人」という感じだろうか。そして言うまでもなく、この「教養」の核になっているもの、黒人音楽の大河こそが、アメリカのポピュラー音楽の基層の大半を形づくったものだ。それが音楽産業のみならず、20世紀の大衆文化を国際的にリードした。いま現在のアメリカでは、いろんな理由からカントリー音楽が猛威をふるっている。そんな地点から振り返ってみると、どこかほっとする、まるで「故郷のおっかさんの味」みたいな種類の音楽趣味だと言えるのではないか。
余談ながら、オバマ元大統領は「プレイリストの王」と言っていい人物で、なにしろここのところ毎年2回マメに選曲を公表し続けている(「夏のプレイリスト」と、12月に発表する「今年のお気に入り」リスト)。そんなに発表するものだから、新曲を含め、とにかく「リストに入れる曲が多い」のが特徴。だからブロデューアの記事では、オバマのプレイリストはチクリ批判されていた。「万人受けを狙った、総花的なリスト」で面白みがない(ゆえに政治家くさい)と……つまり逆を返すと、ハリスの3枚のアルバムの「焦点の合った感じ」は、人間味にあふれ、彼女の人となりが伝わってくる、とてもいいセレクションだったということだ。その見方には、僕も同意する。
一方、トランプ陣営の「選曲」は……
ブロデューアが記事内で最も辛辣に斬ったのが、トランプによって副大統領候補に選ばれたJ・D・バンスの音楽趣味だった。彼が公表しているプレイリストにはジャスティン・ビーバー、オブ・モンスターズ・アンド・メン、フローレンス+ザ・マシーン、バックストリート・ボーイズなどのヒット曲が並んでいて、ブロデューアいわく「(米ディスカウント・ストア・チェーン大手の)ターゲットみたい」との評。全米規模でCDを販売するチェーン店がどんどんなくなっていくなかで、踏ん張り続けていたのがターゲットだった。だから「そこで売っている(売っていた)」ような音楽を堂々と推している――といった意図での揶揄と思えるのだが、まあ、これはちょっとかわいそうかも(もっとも、バンスはバンスで、とんでもない舌禍野郎ではあるのだが)。
そしてトランプなのだが……彼の「音楽趣味」については、以前僕は記事にしたことがある。「トランプよ、俺の歌を使うな! ニール・ヤングもR.E.M.も大激怒……お騒がせ男の『炎上選曲』が止まらない」と題したもので、2016年大統領選の予備選挙の段階で書いた。トランプとニール・ヤングとの確執についても触れているので、よろしければ。
選曲とは、戦いだ
だからまさに「ここに縮図がある」のかもしれない。「ヒルビリー」の家系、貧困家庭から成り上がっていったバンスがいまだ「手が届かない」教養と知性が、ハリスの側には確実にある。そしてじつは、いまこの時代においては、ある種の教養は「とても気軽に、きわめて安価に」そのさわり程度ならば、手にすることができる(たとえば各種SNS、プレイリストなどで容易に「音楽を知る」ことができる)。であるならば、どこに手を伸ばすのか? なにをどう聴いたり観たり、読んだりすればいいのか?――こうした「ちょっとした趣味嗜好」こそが、その人物の人となりを残酷なまでにあらわしてしまう時代になっている、のかもしれない。そんな時代のなかの「戦場のひとつ」が、政治家による選曲リストなのかもしれない。
僕としては個人的に、米大統領になったハリスと、ポストパンク好きの英スターマー首相に、音楽談議などおこなってもらいたい。おそらくは大好きなオレンジ・ジュースのエドウィン・コリンズの影響で、スターマーはノーザン・ソウルにも手を伸ばしていたそうだから。そしてノーザンとは、イングランド北部のナイトクラブにおいて……といった話題は、また機会をあらためて。