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学校給食にピザ、米で議論

猪瀬聖ジャーナリスト/翻訳家
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

学校給食にピザやハンバーガーもOK――。米国のトランプ政権が打ち出した新たな学校給食の見直し案が、議論を呼んでいる。米国では子どもの肥満が深刻な社会問題となっており、オバマ前政権時代に、高カロリーのメニューを制限するなど給食の「ヘルシー化」が進んだ。見直し案は、それを元の木阿弥とするかのような内容で、専門家や市民団体らは、「子どもの肥満化に拍車を掛ける」と批判を強めている。

前大統領夫人の誕生日に発表

見直し案は農務省が17日に発表した。1月17日は、オバマ政権時代にファーストレディとして子どもの肥満問題に取り組み、学校給食改善のための連邦法の制定にも尽力した、ミッシェル・オバマ前大統領夫人の誕生日。農務省の報道官は否定したが、米メディアはオバマ前大統領への当て付けである可能性を伝えている。

見直し案のポイントは、現行のメニューに関する規制を緩和し、給食に何をどう出すかは基本、個別の学校の裁量に委ねるというもの。その結果、メニューの種類が増えて子どもの好物は増えるが、同時に、カロリー過多になったり、摂り過ぎると健康に悪い飽和脂肪酸やトランス脂肪酸などの摂取量が増えたりすることが懸念されている。

フライドポテトも

例えば、高糖質で高カロリーのジャガイモは、見直し案では、健康のために摂取が推奨される「野菜」に分類され、毎日メニューに載せることが可能になった。また、生地の分厚いピザや、牛肉たっぷりのハンバーガー、油で揚げて塩をたっぷり振りかけたフライドポテトなど、高カロリー・高脂質・高塩分食の代表のような料理も、自由に出せるようになる。

見直し案は23日の官報に告示され、60日間のパブリックコメント期間を経て、正式に決まる見通しだ。

自由度が高い米国の給食

ここで、日本と米国の学校給食の違いを少し説明しておこう。

日本では、学校給食というと、児童や生徒が全員、教室で同じ物を食べるというイメージがあるが、米国はまったく違う。

米国では、給食を食べる場所は校内にある専用のカフェテリア。生徒はセルフサービスの棚から好きな物を選んでトレイに載せ、レジで精算する。家から弁当を持参しても構わない。弁当を持参しても、デザートや飲み物など欲しい物があれば自由に買える。これが一般的な給食のスタイルだ。

こうした自由度の高い仕組みのため、カフェテリアの棚にピザやハンバーガー、フライドポテトが並べば、子どもたちが、低カロリーで栄養のバランスに優れた野菜や鶏肉料理、全粒粉のパンなどより、ファストフード店で売られているような、味が濃く、高カロリーで高糖質、高塩分のメニューを選ぶことは目に見えているというのが、見直し案を批判する専門家の指摘だ。

再選のための票固め

農務省は見直しの理由の一つとして、味よりも栄養を重視した現在の給食が子どもたちの口に合わず、食べ残しが増えているという、いわゆる「食品ロス」の問題を強調している。だが、給食の廃棄率はオバマ政権時代の前後でほとんど変わっていない。

むしろ、米メディアの多くは、再選の票固めをしたいトランプ大統領が、ジャガイモ生産者の団体や食品業界の陳情を受けて学校給食の規制緩和に踏み切ったのが真実と見ている。

子どもの20%が肥満

多くの日本人にとっては、たかだか学校給食の問題と映るかもしれないが、学校給食をどうするかは、米国にとっては極めて大きな問題だ。

米国では、子どもの約20%、5人に1人が肥満で、子どもの肥満が深刻な社会問題になっている。子どもの時に肥満になると、肥満のまま大人になる確率が非常に高く、糖尿病や高血圧、がんなど様々な病気を発症し、早死にする可能性が高まるためだ。成人に限れば肥満率は40%、5人に2人という惨状で、肥満患者のために国が支払う医療費は年間1500億ドル(約16兆円)に達している。

子どもが肥満になる最大の原因は食生活だ。大人も子どもも含めて、肥満になるのは低所得層、貧困層に多い。所得の低い層ほど、生きていくための食事を、安価で満腹感が得られる、高カロリー、高糖質のファストフードやスナック類に頼らざるを得ないためだ。貧困家庭の親は、たいてい低賃金長時間労働に従事しているため、子どもの食事に気を遣う時間的、金銭的余裕もなく、結果、子どもも高カロリーで低栄養価のジャンクフードを毎日のように食べて過ごすことになる。

学校給食が頼りの貧困家庭

そうした子どもにとって、唯一、健康的な食事が期待できるのが、学校給食だ。給食代は世帯収入に応じて連邦政府が全額あるいは一部を負担する仕組みで、貧困家庭の子どもには、昼食だけでなく朝食も無料で提供される。今回の見直し案では、朝食のメニューも、果物の量を減らしてドーナツ類などを増やすことが提案されており、見直しの影響は、貧困家庭の子どもに対してより大きくなるのは間違いない。

現在、学校給食を食べている子どもは全米で約3000万人だが、そのうち正規の給食代を払っているのは、約800万人しかいない。政府の補助を受けて正規の給食代の一部だけを払っているのが約200万人。残り約2000万人は全額補助を受けている。つまりタダだ。いかに多くの貧しい子どもたちが、学校給食に依存しているかがわかる。

予算カットでファストフード化

米国の学校給食制度が確立したのは、第二次世界大戦直後。戦時中、栄養失調で軍への入隊を拒否される若者が続出したことから現役の軍関係者が危機感を強め、学校給食を充実させる必要性を連邦議会で訴えたことがきっかけだった。

その後、学校給食は多かれ少なかれ、子どもたちの健康の維持・向上に貢献してきた。しかし、1980年代、小さな政府を目指したレーガン大統領の登場で自治体の給食予算が大幅に削減されると、その間隙を突くようにして、大手食品企業がピザやハンバーガー、清涼飲料などを低価格で学校に提供し始めた。米国人の肥満率が目立って上昇し始めたのは、ちょうどこの時期だ。

脱肥満の取り組みに水差す

それ以降、米国人は右肩上がりで太り続け、子どもの肥満も深刻化。そこで、2000年代に入ると、清涼飲料の自動販売機を学校に設置するのを禁止したり、低所得層の多く住む地域へのファストフード店の出店を制限したりする自治体が出てきた。オバマ大統領夫人が子どもの肥満問題に熱心に取り組んだのは、こうした背景がある。(米国の肥満問題の詳細は、拙著『アメリカ人はなぜ肥るのか』を参考にしてほしい)

米国は官民挙げて肥満問題の解決に取り組んできたが、トランプ政権の見直し案は、こうした動きに水を差すものだ。農務省の食事ガイドライン諮問委員会のメンバーでもあるデューク大学のメアリー・ストーリー教授は、ワシントン・ポスト紙の取材に対し、「馬鹿げたことに、農務省はオバマ政権時代の学校給食政策を高く評価した農務省報告書の内容を自ら否定した」と述べた上で、「政治や業界の圧力によって、子どもたちの健康にとって一番大事なことが妨害されるべきではない」と見直し案を強く批判した。

ジャーナリスト/翻訳家

米コロンビア大学大学院(ジャーナリズムスクール)修士課程修了。日本経済新聞生活情報部記者、同ロサンゼルス支局長などを経て、独立。食の安全、環境問題、マイノリティー、米国の社会問題、働き方を中心に幅広く取材。著書に『アメリカ人はなぜ肥るのか』(日経プレミアシリーズ、韓国語版も出版)、『仕事ができる人はなぜワインにはまるのか』(幻冬舎新書)など。

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