急激なインバウンドで労働問題が頻発? 観光関連産業はなぜ人手不足・過労状態なのか
今月11日から、入国者・帰国者に対する「水際対策」が大幅に緩和され、すでに海外からの観光客が急増していることや、紅葉シーズンを前に宿泊の予約の殺到が報じられている。また、国内旅行支援策も同時に開始され、観光客の急増が見込まれる。
しかし、新型コロナウイルスで大打撃を受けた宿泊業や飲食サービス業などの観光関連産業が回復する、と手放しで喜んではいられない。観光関連産業の人手不足が深刻だからだ。
新型コロナの影響で観光関連産業では、非正規を中心に多くの労働者が契約を打ち切られたが、雇用はいまだに回復していない。人手不足の中で観光客が急増すれば、極端な過重労働や残業代未払い、無理な労働を強要するためのパワーハラスメントなどの労働問題が多発する可能性が高い。
そこで、この記事では観光関連産業の近年の動向と、今後予測される労働問題とその対処法について考えていきたい。
コロナに翻弄される観光関連産業の労働者たち
国土交通省が毎年出している「観光白書」で観光関連産業の雇用動向を知ることができる。「観光白書 令和4年版」は、「雇用者数の2019 年同期比は全産業や製造業、運輸業・郵便業と比較して、宿泊業、飲食店、その他の生活関連サービス業では特に2021年(令和3年)に入り、ほかの産業と比較して大きく減少している」ことを指摘している。
宿泊業ではおよそ13万人もの労働者が雇用を失い、そのうちの9万人が非正規雇用者であった。政府は企業に対し、雇用調整助成金や休業支援金を利用し、非正規雇用労働者の雇用を維持するよう求めていたが、助成金を申請せず、非正規労働者に休業手当を支払わず、雇用を打ち切る企業が少なくなかった。
野村総合研究所が2021年2月に実施したアンケート調査では、新型コロナの影響によってシフトが減少したパート・アルバイトのうち、女性で7割強(74.7%)、男性で約8割(79.0%)が「休業手当を受け取っていない」と回答している。シフトの削減は「実質的な失業状態」を生み出し、解雇されたのかもわからないまま職を失う労働者が続出した。
そうした中で、休業補償を求める運動が多くのユニオンによって取り組まれたが、観光関連産業、全国一般東京東部労組の阪急トラベルサポートにおいて労使紛争に発展している。
この事件の当事者は海外旅行の派遣添乗員たちである。派遣添乗員たち雇用契約はツアー毎に結ばれる形式だった。ツアーない期間は雇用がなくなる。新型コロナの影響で海外旅行がなくなっても会社は休業でなく、新しい雇用が存在しない状態であるとして、休業補償の支払いを拒否したのだ。これに対し、東部労組の労使交渉は社会的注目を集め、会社は休業補償の支払いを約束している。
この事例が典型的であるが、もともと非正規雇用など不安定雇用が多かった観光業界では、特に多くの労働者が離職状態に追いやられてしまった。そのため、今日の急激な需要拡大への対応に支障をきたしているというわけだ。
過去最大規模の人手不足のままの観光関連産業
コロナで多くの労働者の雇用を打ち切った飲食、ホテル、旅館などの観光関連産業だったが、需要が回復する中で今度は深刻な人手不足に陥っている。
その様子は、帝国データバンクが毎月行っている「人手不足に対する企業の動向調査」を見るとわかる。同社が2022年9月に発表した「人手不足に対する企業の動向調査(2022年 8月)」によれば、今年8月時点の調査に回答を得た1万1,503社のうち、正社員が不足していると答えた企業の割合は47.7%で、業種別では「旅館・ホテル」が66.7%でトップだった。
おなじく非正社員では28.5%の企業が不足していると答える中、「飲食店」は73.0%、「旅館・ホテル」は67.9とそれぞれワースト1位、2位と深刻な状況になっている。他産業と比較しても観光関連産業が非常に深刻な人手不足にあることがわかるだろう。
こうした人手不足の状態で観光客が増えても、業界としては雇用者を増やすことには慎重だろう。新型コロナウイルスの感染はいつ収まるともしれず、先行きが見通せないからだ。
実際に、例えばNHKが今月11日に発信した記事には、観光バスの運行会社の率直な感覚が次のように紹介されている。
深刻化が懸念される労働問題
このように観光関連産業の現場は深刻な労働力不足であるわけだが、観光客が急増すれば、労働量は増大していく。コロナ禍の影響が特に大きかった観光産業だけに、業績を回復させようと、経営側は無理をしてでも受注を増やしていくことになるだろう。その結果、労働者の負担が増大し、労働問題が深刻なものに発展することが懸念されるのだ。
それでは、具体的に今後起きうると考えられ労働問題はどのようなもので、働く側はどのように対処していけばよいのだろうか。
過重労働による脳・心臓疾患と精神疾患
まず起きるのは、長時間労働の問題だ。
長時間労働は健康障害を引き起こす。多いのが脳・心臓疾患と精神疾患で、重篤な場合だと一生に人生に影響を及ぼすような後遺障害を引き起こし、最悪の場合には命を失うことにもなりかねない。
どの程度の長時間労働が健康に被害を及ぼすかについて、厚労省が提示する指標は下図の通りだ。厚労省は医学的検知を踏まえ、ひと月あたりの時間外労働時間(1日8時間・週40時間以上の労働時間)が45時間を超えたところから健康障害のリスクが生じはじめ、65時間程度で疾患を引き起こす可能性が高まり、月100時間又は2~6か月平均で80時間を超えると死の危険があるとしている。
長時間労働に対しては、労働法の規制がある。労働基準法第32条は原則として1週間40時間、1日8時間に労働時間を制限している。時間外労働は例外として認められているが、その場合には、職場の過半数の労働者から選出された「労働者過半数代表」が使用者と時間外労働の労働時間数を決めて労使協定を結ばなければならないことになっている(「36協定)という)。この36協定がなかったり、過半数代表を選出する手続きを怠ったりしている場合は、時間外労働をさせることじたいが違法行為となる。
また36協定があったとしても、時間外労働には上限規制がある。少し複雑だがルールは次の通りだ(運転業務など一部の例外業務がある)。
- 時間外労働(休日労働は含まず)の上限は、原則的に月45時間・年360時間
- 例外的に特別な事情があるときに45時間を超えることができるが、時間外労働+休日労働の合計時間が月100時間を超えてはならず、2〜6か月平均80時間以内となる要しなければならない
- 月45時間を超えることができるのは、年6か月まで
さらに、使用者は労働者の健康を守る義務=安全配慮義務違反があるので健康障害を引き起こすような長時間労働はそもそも違法である。
こうした法的な規制を踏まえれば、違法な長時間労働は拒否するのが良いが、一人で対処するのが難しい場合が多い。そこで、労働組合法は個人で加入できる労働組合に団体交渉権を認めている。社内の労組が機能していればよいが、そうではない場合でも、社外労組に加入すれば団体交渉を通じて増員や労働時間の健全化を求めることが可能である。
参考:労働組合はどうやって問題を解決しているのか? 「ストライキ」は一手段
少人数で仕事を強いるパワーハラスメント
次に多発しそうな労働問題は、人数が足りない中で無理やり業務をこなすよう会社が求めることで引き起こされるパワーハラスメントだ。
いうまでもなく、パワーハラスメントは違法行為である。パワーハラスメントには6つの類型があるとされており(厚生労働省パンフレット)、使用者が労働者に対して行う「過大な要求」をすることは、この6大類型に入っている。
もし無理で過大な要求があり、少人数のまま増大する注文・接客対応をこなすことができないことを伝えても、無理やりの業務命令が続く場合にはパワーハラスメントにあたる可能性が高い。
なぜ会社の業務命令が実現不可能なのか、人手が足りないならどの程度足りないか、などを具体的に経営者に説明して改善を求め、そのやり取りを録音したり、やり取りのメッセージを残すとよい。
そのうえで都道府県の総合労働相談窓口で、助言・指導・あっせんを申し込んだり(ただし強制力はない)、下記の個人加盟の労働組合などに相談し、団体交渉を申し入れるのが良いだろう。上記の通り、労働組合による労使交渉は強制力があるため、過剰な業務命令を是正させるためにもっとも有効な制度である。
無料労働相談窓口
電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
E-mail:soudan@npoposse.jp
公式LINE ID:@613gckxw
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
お住まいの地域のユニオンもご紹介できます。
電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
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公式LINE ID: @437ftuvn
就労支援事業https://note.com/sguion/n/nc5754dbe18ec
*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています。
電話:022-796-3894(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
E-mail:sendai@sougou-u.jp
*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
03-3288-0112
*「労働側」の専門的弁護士の団体です。