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女性客を狙った<ほぼウイスキー状態のハイボール>炎上事件は何がいけないのか?

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

Twitterでの炎上事件

Twitterがきっかけとなる炎上事件は今では珍しくなくなり、中でも飲食店や小売店の従業員による炎上事件は定期的に起きています。

コンビニエンスストアではアイスケースに入ったり、ファインダイニングでは有名人の男女が訪れたことを暴露したり、ステーキハウスではアルバイトが冷蔵庫に入ったり、ハンバーガーショップではバンズの上に横たわったりと、物議を醸してきました。テキストだけではなく画像もアップロードされている場合もありますが、おそらく画像がアップロードされていなくても同じく炎上していたのではないでしょうか。

そして、最近では、<女性客「酔い潰し」を自慢気に報告... 磯丸水産、「不適切」投稿のバイト店員を処分>で詳しく紹介されているように、これまでとは種類の異なるつぶやきがTwitterへと投稿され、またもや炎上しました。

意図的に提供

居酒屋で働くアルバイトの男性従業員が、男女2人で訪れた女性客に対して、意図的に<ほぼウイスキーに近いハイボール>を提供して酔わせたことを、Twitterへ投稿したのです。男性客に向けて感謝を要求するようなことも述べられており、男性従業員は悪いことを行ったという認識が全くありません。このことが炎上に油を注いでしまいました。

この事件は以下の観点から鑑みると、先に挙げた事件よりも問題の根が深いと思います。

  • 食の体験が変わる
  • 原価が高くなる
  • 様子を伝える

食の体験が変わる

男性従業員が行った行為に対する反応の中には、女性を酔わせる手助けをして犯罪を助長しているという批判もあり、私も同様に思います。ただ、ここでは、食の体験という観点から<ほぼウイスキー状態のハイボール>について問題を考えます。

ハイボールとは、ウイスキーを炭酸水で割ったアルコール飲料です。通常ウイスキーと炭酸水の割合は、1対3もしくは1対4くらいの割合となっており、ウイスキーの風味と濃厚さを楽しみつつも、炭酸水でスカッとごくごく飲めるような配合となっています。サントリーの戦略も功を奏し、ウイスキーに縁のなかった人や若い人にも飲まれるようになり、近年ハイボールはブームになっていると言ってよいでしょう。

女性客がハイボールをオーダーしたのであれば、当然のことながら、以上の体験を期待していたと考えられます。もしも、強烈な濃厚さと刺激的な香りを期待していたのであれば、ウイスキーをストレートで注文したり、ロックで注文したりしていたからです。

<ほぼウイスキー状態のハイボール>であれば、ウイスキーとハイボールの割合は1対0.5や1対0.25くらいとなるでしょうか。ハイボールと<ほぼウイスキー状態のハイボール>は明らかに味も喉越しも異なります。

事件のあった居酒屋は、<ほぼウイスキー状態のハイボール>を提供した事実を確認できず、女性客から文句がなかったので問題ないと述べています。矜持を持った飲食店であれば、注文を受けたワインを開けてテイスティングし、状態がよくなければ、客に提供しないほどです。これと比べれば、いくら女性客から文句がなかったとしても、食の体験が異なるものを提供した可能性が高いのに、これをよしとするのは飲食店として認識が甘いのではないでしょうか。

本来は、客が食べたり飲んだりして楽しんでもらうことが、自身の喜びとなるのが飲食店の従業員であるはずです。ハイボールをほぼウイスキー状態にすることによって味などを勝手に歪め、客が望んだ食の体験を無視した男性従業員の罪は重たいでしょう。

原価が高くなる

男性従業員が行ったことは、女性客に対してだけではなく、飲食店に対しても不誠実です。大衆的な居酒屋であれば、料理に比べるとドリンクの作り方はだいぶ大まかになっているかも知れませんが、それでもある程度は決まった作り方があります。

チェーン店であれば通常、定められたレシピから原価が計算されており、メニュー毎に原価率や粗利が算出され、そこからどの商品をどれくらい売るという戦略が導き出されているのです。

ウイスキーは炭酸水よりもずっと原価が高いだけに、ウイスキーを意図的に多く使用することは居酒屋に対して損害を与えることになり、経営戦略にも影響を与えることになります。

横領とまではいかないまでも、飲食店に不利益を被らせたことから、何かしらの処分を下されるのは当然のことでしょう。

様子を伝える

<ほぼウイスキー状態のハイボール>を意図的に作って提供したことは問題ですが、この件に関連して、客の様子をTwitterで描写していることも大きな問題です。

客は居酒屋へプライベートで訪れたのであり、その時の様子が公開されることを望んでいるとは思えません。しかも、男女2人で訪れるのは大人数で訪れるよりも、よりプライベート性が高いと考えられます。

男性従業員は男性客や女性客の名前をつぶやいたりして、第三者が男女客を特定できるようにしたわけではありません。しかし、一般論として客全般に対して述べた事柄であればまだしも、本人たちが投稿を読んだら、自分のことを揶揄していると分かる描写なので問題です。

今の時代では、アルバイトを始める際にも契約書にSNSに関する条項があり、客の様子をSNSで投稿しないようになっているところが多いです。ましてやチェーン展開しているような飲食店であれば、当然のことではないでしょうか。

客は神様ではありませんが、男性従業員は客が支払うお金が自身の給与に充当されていることは認識するべきです。わざわざ訪れてくれている客を貶めることは、飲食店の従業員としてはやってはならないことでしょう。

客に喜んでもらいたい

飲食店の料理人やサービススタッフは拘束時間が長く、立ち仕事で常に動き回っているので、肉体的に楽ではありません。また、客から理不尽な要求をされることもあり、ストレスを受けることもあります。しかし、客に喜んでもらいたい、客に喜んでもらえることが自分の喜びになるということで、高いモチベーションを持って働いている方が多いです。

今回の事件では、男性従業員は男性客が喜ぶことをしたようにも解釈できますが、男性客が望んだことではありませんし、ましてや、飲んだ女性客が希望したことでは決してありません。男性従業員は客を尊重せず、自身の趣味嗜好で<ほぼウイスキー状態のハイボール>を提供していたのです。

客に喜んでもらうことを最優先に考えない従業員がいる限り、Twitterを始めとしたSNSで、飲食店の従業員による炎上事件は今後もなくならないのではないかと思います。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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