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中国で今最も注目すべき「大湾区」。同地域を知り、理解するための視点およびポイントとは?

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
香港と広州を結ぶ高速鉄道(写真:ロイター/アフロ)

 筆者は、9月初旬から中旬にかけて、中国の大湾区を訪問し、現地で調査研究を行った。大湾区については、拙記事「中国において今後最も注目すべき発展地域はここだ!大湾区」でも紹介した。日本でも、その一部である深センには注目・関心が高まっており、全体としても少しずつ知られるようになってはきたが、その多くについてはいまだよく知られているとはいえない。

 大湾区は、中国の香港および澳門の2つの特別行政区ならびに広東省の9都市(広州市、深シン市、珠海市、仏山市、恵州市、東莞市、中山市、江門市と肇慶市)を含む地域で、近年目覚ましく発展してきており、非常に大きなポテンシャルのあるエリアである。今回の調査では、主に広州市、珠海市、深セン市および香港を中心に調査研究を行った(注1)。

 その際に、現地に住み、FIND ASIA華南地区担当者として人材紹介を主としつつ、スタートアップサラダの日本担当者としてビジネス支援活動を行っている加藤勇樹さんらに、現地でのガイドやサポートをしていただいた。

 そこで、加藤さんに、なぜ大湾区に注目すべきであり、同地区では何が起きているのか、そこにおける今後の可能性について伺った。

[深センの現状]

鈴木:今回の大湾区の視察、調査研究では大変お世話になりました。加藤さんとは、昨年深センを視察させていただいた際にも、現地のガイドとして色々教えていただき、ありがとうございました。その際に、加藤さんが、「日本は、深センばかりに注目が集まっているが、中国の発展は、深シンだけみてもわからない。大湾区全体を見て、理解しなければダメだ」とおっしゃっていたのが、非常に印象に残っていました。そのことが、私の今回の現地視察に繋がりました。現地で活躍する加藤さんからみて、その点について、もう少し詳しく教えていただけませんか。

大湾区の地図を提示しながら説明する加藤勇樹氏(写真:加藤氏提供) 
大湾区の地図を提示しながら説明する加藤勇樹氏(写真:加藤氏提供) 

加藤:鼎談記事「中国において今後最も注目すべき発展地域はここだ!大湾区」でもお話させていただきましたが、現在の日本社会は深センを、あまりにも過剰評価または特別視しています。より俯瞰的な視点を持つべきだと考えています。

 確かに深センは特許権の申請数の多さや、テンセントやHUAWEIなどの有力な民営企業も多数抱えています。しかしながら、若者が大挙し、イノベーションに満ちた「若者が大挙して訪れる街」という認識は変わりつつあります。

 その「若者が大挙して訪れる街」という認識ですが、深センの不動産価格はすでに上昇しすぎてきています。住宅価格が、20年、いや30年分の世帯総年収にもなりつつあります。そのために、多くの人材が流入する一方で、流出する人口も年々増加傾向にあります。

 さらに、深センは高度人材を育成する大学の数自体も少なく、基本的に外部からの人口流入に支えられている都市です。この街で生まれて、10年後や20年後を支える人材が今後どれだけ育つのかという点について、私は懐疑的な意見をもっています。

 深シン市は、確かに所得税の減免などの超高度人材優遇政策を行っています。しかし、そのことが、社会の基盤層にとっての環境整備にとってはどれだけ有益であるか疑問があります。

 「若さによるイノベーションと」に支えられている一方で、「地域社会や伝統が生み出す経験や人づくり」の点における脆さがあるのです。これが深センの現状と考えています。このことは、アメリカのシリコンバレーでも同じような状況にあるという話を伺っています。

[広州で生まれつつあるイノベーション]

鈴木:なるほど。深センは現時点ではうまく回っているが、今後の発展を考えた場合、問題や課題もあるということですね。では、大湾区の別の地域の状況はどうなっているのでしょうか。

加藤:ここでは、大湾区にある広州市について説明させていただきたいと思います。

 中国で4大都市と言われることがありますが、北京・上海・深セン、そして広州がそれに該当いたします。どの都市も人口が1000万人を超え、各地域の中核を担っています。

 広州市は、広東省の省都でもあり、深センとは別な意味の強さを兼ねそろえています。それが何かというと、「地域社会の強さ」です。

この街は2000年以上の歴史を持つ都市であり、長く中国南部の中心地そして海外貿易の拠点でもあります。同市内には今でも人口が10万人以上といわれるアフリカ人街やアラブ人街があります。また中国で長く対外的に開かれてきている最大規模の展示会は、広州が現在も開催場所です。

 また広州市は、地域社会として長い歴史を持っており、中山大学や華南理工大学などの名門校を抱えています。また、同市の住民は、広州人あるいは広東人として強い郷土愛を持っています。これが重要なのです。

 広州市は、このように人材を輩出する土地柄であり、同地で生まれその後他の土地で知見や経験を積み現地に戻ってくる郷土愛をもった人材や海外の華僑を引き寄せる土地柄なのです。

 今回の視察での実例をあげさせていただければ、Bee+(BEEPLUS)というコーワーキングオフィスの開設・運営などのオフィス開発事業を手掛ける企業は、その最初の拠点は新しい開発が進展する広東省の珠海(注1)に作られましたが、最近広州市に最大規模の拠点を開設いたしました。  

 今回お話を聞かせていただいた同社の副代表の方やスタッフの方にも多くの広東人、または外地からやってきたこの街での活躍を決めた方達がいました。

 更に広州市は、次のようなさまざまな広がりや環境があります。

 まず、現在広州市の北部ではシンガポール政府と広州市政府が共同開発を進める中新広州知識城(China-Singapore Guangzhou Knowledge City)という巨大バイオ都市の開発が進んでいます。これはシンガポールの企業が臨床実験や医療関係のビッグデータ収集を推し進めるために広州市政府と2000年代初期から推し進めている計画です。

また同市は、過去の歴史をから見ても香港や東南アジアからの投資を大きく受け入れてきました。多くの日系企業も中国南部の拠点は広州にあります。

 そしてイノベーションの点でも高い水準にあります。テンセントのWECHATプログラムが開発された広州T.I.T創意園(注2)という開発拠点も広州にあります。もともとは旧工業団地でそれを再利用した拠点です。また網易をはじめとするゲーム産業、更に世界最大級の自動車生産拠点などハード・ソフト両面からも強力です。

 また同市は、不動産価格も、都市機能は非常に整備・充実していますが、深センと比べると比較的安定しています。

今説明させていただいたことからもわかりますように、広州市は、深センと相対的にみると、人材の輩出力や不動産価格から見て、これまでの2000年間そしてこれからも次世代の人材を支える側の都市であり続けるだろうといえます。

[地域の一体化]

鈴木:なるほど、わかりました。大湾区には、深セン以外にも、いやそれ以上にポテンシャルや可能性のある地域があるということですね。それでは最後に、その点も踏まえて、加藤さんからみて、「大湾区全体で見ないと、中国の発展を凄さと可能性がわからない」というご自身の主張についてもう少し説明してください。

加藤:広州・深セン、更に広東省の7つの都市群、香港、マカオの一体化を進める大湾区計画、グレーターベイエリア計画は日本でも少しずつ認知度を得てきたと思います。また、香港・深セン・広州を結ぶ高速鉄道や、世界最大の全長52kmの橋など目に見える成果も広まりつつあります。

 ですがより重要なのは、「大湾区という一つの地域意識」の観点だと私は考えています。大湾区・広東省は広大です。その地域には、日本の国土面積の6割に、1億人以上の人々が暮らしています。

 同地域では、これまでは隣町・市であっても、心理的には相互にやはり大きな距離がありました。それが、この計画が構想され、インフラの整備がされてきたことで、東京湾一帯と同じように職住近接、週末などの余暇時間、さらには定年後の移住生活を完結できる地域社会を、この大湾区で完結させることができるようになってきていますし、それがより可能になる方向性に動いているわけです。

 また忘れていけないのは大湾区全体のゲートウェイ機能です。

 マカオはポルトガル諸国との連結を生かして政策を施行しています。また珠海市と共に、横琴開発区などの新しい試みを進めています。

香港は、金融センターという立場のみならず、飛行機で5時間の距離で、世界人口全体の6割を占める地域に移動できる交通の要所なのです。大湾区は中国の中で生まれた地域でありながら、香港などを通じて外の世界に門戸を開く地域であります。その一つの実例として、鈴木さんが参加された中国政府が精力的に推進する政策に関連するone belt one road summit(一帯一路サミット)は、香港で開催さていることです。このイベントでは、大湾区は香港を通じて海外・世界と繋がっていることが、印象付けられています。このことからも、中国全体として大湾区がどのように認識されているかがよくわかります。

中国全体でも上海を中心とする長江デルタ開発計画や、北京・天津・河北省の一体化を進める京津冀開発計画がありますが、日本との歴史的な繋がりもありますので、大湾区はそのなかでも日本社会全体で注目すべきだと考えています。

鈴木:本日は、日本にいるだけではわからない、正に現地で活躍している加藤さんだから理解できる視点やポイントを教えていただいて、ありがとうございました。私も、今回の現地視察、調査研究の成果を、加藤さんから教えていただいた視点等も活かして、まとめて行きたいと思います。

(注1)この地区は、珠海市の横琴新区地区のことであり、同地区は中国(広東)自由貿易試験区になっている。

(注2)同園については「T.I.T創意園/TIT Creative Industry Zone(空間芸術研究所HP、2018年3月14日)」参照

(インタビュー対象者省紹介)

・加藤 勇樹 FIND ASIA華南地区担当

加藤勇樹氏(写真:加藤氏提供)
加藤勇樹氏(写真:加藤氏提供)

 2013年 大学卒業後、新卒で入社した会社で2年勤務。2015年 FIND ASIA Ltdに入社し、広州拠点の担当者として中国広東省で勤務を開始。現地の外資系企業を中心に人材紹介サービスを展開。2017年 広州・深セン・香港で人材紹介サービスを拡大しつつ、大湾区の企業や人材を、日本と結びつける交流事業を開始。

(会社・団体紹介)

FIND ASIA中国大陸と香港に拠点をもつ会社。グローバル採用支援を行うHR事業や日本で香港・中国の大学生に対し日本文化体験を行い日本・香港・中国の相互理解をサポートする事業を実施。

https://salad.co/スタートアップサラダ:中国の起業家と各企業のビジネスマッチング、イノベーション支援、起業家コミュニテイの形成を押し進めるベンチャー企業。毎週中国全土の都市でHackathonを開催する一方、日本企業や欧米企業と中国ベンチャーの提携支援も進めている。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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