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高槻市の川で4人が溺死:活かされない事故の教訓 〜社会システムの機能不全〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
この画像は本文とは関係ありません。(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

 2019年9月7日、大阪府高槻市を流れる芥川で、祖父と小学生の孫3人が溺れる事故が起こった。

溺れの発生状況が理解できた

 これまでの溺死の事故の報道では、溺れた川や海岸で溺れた場所の景色が映されるだけで、どうして溺れたのかを知ることはできなかった。今回、NHK関西のニュースを見て、なぜ4人が溺れたのかが理解できた。ニュースでは、川の中の溺れたと思われる場所に記者が入り、計測用の棒を持って水深をチェックすると、水深は40cmから急に1m20cmに変化すること、記者の目からはどこから深くなっているかはわからないことが示された。また、溺れた場所のすぐ上に堰(せき)という川の流れを緩やかにするため階段状に整備された箇所があり、その下流では水流の影響で深いくぼみができること、そのくぼみにできた渦の中に入ると抜け出すのが難しいことが模式図で示され、溺れた状況がよくわかった。このような報道は、傷害予防を考える上でたいへん有用である。今後のニュースでも、このような報道姿勢をお願いしたい。

同じ状況は起こっていた

 このニュースでは、7年前に夫君を川で亡くされた岡 真裕美さん(大阪大学大学院人間科学研究科 特任研究員ー安全行動学研究分野ー)が出演され、お話をされていた。岡さんに、7年前の事故について伺った。

 2012年4月、今回の事故現場の隣の大阪府茨木市の住宅街を流れる安威川(あいがわ)で、小学生3人と中学生1人が川に入って鬼ごっこをしていました。当時川底には、「護床ブロック」と呼ばれるブロックが敷かれており、そのブロックが飛び石状になっていることから、犬の散歩などでこのブロックの上を通り、対岸まで渡る地域住民もいました。そのため、多くの住民は「浅い川」だと認識していました。

 しかし、実はその「護床ブロック」によって、上流からの流れが一旦せき止められ、ブロックが途切れた部分から水が一気に下流に流れる構造になっていたのです。ブロックから先は、深さ2メートルから4メートルの落差のある滝のようになっており、その激しい水流によって川底の土砂がえぐられ、深みができていました。その構造がわかったのは事故が起こった後のことです。

 当時、小・中学生たちは、遊びの最中にそのえぐられた深みにはまってしまい、3人が溺れました。その時、現場の河川敷でジョギングをしていた私の夫、岡 隆司(当時34歳)が、子どもたちが溺れているのを見つけ、とっさに救助に入りました。また、夫以外にも、通りがかった数名の方が川に入ったり、子どもたちがつかまれるように近くの枝やペットボトルを投げたり、といった救助活動を行い、助かった子どものケアをする方などもいたそうです。しかし、夫と中学生のひとりは現場の深みにはまってしまい、亡くなりました。

 岡さんの夫君が溺れた場所にも、今回事故が起きた場所同様、川の水を一旦堰き止めるための箇所があり、そこで堰き止められた水が川底に深いくぼみを作っていることがわかった。まさに同じような状況で同じような事故が起きたのである。しかも今回事故が起きた芥川も、岡さんの夫君が亡くなった安威川も、同じ茨木土木事務所の管轄内であった。

届かない当事者の訴え

 岡さんは今回の事故を受け、TwitterやFacebook等で、「7年前の教訓が活かされていない」と訴えている。岡さんは7年前の事故後、茨木市、茨木土木事務所、国交省、文科省へ出向き、川の適切な安全整備と、安全教育の強化について話し合っている。その内容についても伺った。

1 市民から寄せられた通報

過去に、夫が亡くなった現場の危険性について市に通報したという方の存在がわかっている。地域住民から行政に河川での危険が通報されていても、「○○課に連絡が行っていたから当部署は知らなかった」と弁解される。これでは市民は納得できない。市民は「行政に通報した」と思っている。各部署と情報を共有し、連携をとっていただきたい。

2 危険性を認識した際の対応

今回のように、誰でも容易に対岸に渡れるような場所に危険な深みがあることがわかっていたのであれば、物理的に入っていけないようにしてほしい。川底を浅くすることや、柵やフェンスの設置が難しいのはわかるが、今のままでは必ず同じ事故が起こる。簡易なロープ等でも良いので、市民に危険を知らせてほしい。市民の目線で対応していただきたい。

◆その後の対応1:柵等は設置されないままだったが、数年後、上流に「安威川ダム」が建設されることになり、治水工事によって当時の深みは埋められ、浅く整備された。

◆その後の対応2:2012年、茨木市長(当時)の決断により、茨木市内を流れる安威川の水深が測量され、深みがある部分にはその水深を知らせる看板と、死亡事故現場であることを知らせる看板が設置された。看板は川のすぐ隣に建てられ、天候によって水没することはあるが、7年間問題なく立っている。

3 国交省の提言

2012年3月、国交省より「河川の自由使用等に係る安全対策に関する提言」が出されている。河川は「自己責任の中での自由使用」という原則があるとしても、その原則についてはほとんど報道されず、教育現場で児童・生徒に知らされることもない。国は提言や通達を「出して終わり」ではなく、市民ひとりひとりに行き渡るまで徹底してほしい。

4 川のパトロール

平日昼間ではなく、子どもたちが多く利用している曜日や時間帯に行ってほしい。

5 安全教育

学校での安全教育に力をいれてほしい。死亡事故があったからと、「命の大切さを教える」ではなく、事故を防ぐことを教えてほしい。

 9月14日付毎日新聞によれば、今回事故が起きた芥川の事故現場を「親水公園」として整備するにあたり、「府の委託を受けた業者が13年前、深さ約2メートルのくぼみがあると記した報告書を作成していた」という。9月13日、茨木土木事務所は、「芥川の事故現場に深みがあると認識していなかった」という見解を述べたが、13年前に親水公園の整備を進める段階で、同事務所ではすでに芥川の危険性を認識していたことになる。

活かされない教訓を活かすには

 事故が起こると、担当部署は「2度と同じ事故が起こらないように、やれることはすべてやる」と言う。しかし、実際にできることは注意喚起の看板を立てることくらいで、効果はほとんどない。市民から「○○をしたらいい」「△△をすべきだ」と指摘された担当部署は、できない理由を並べ立てて動かない。そして、また同じ事故が発生する。

現場に設置された看板(岡 真裕美さん撮影)
現場に設置された看板(岡 真裕美さん撮影)

 

 今回の対応として、大阪府は「川に気をつけて!!」と書いた看板を新たに川岸に設置したということだが、何に気をつければいいのだろう。この看板には、「川の中に潜む危険」として

・背の届かない深いところ

・水の流れの早いところ

・急に水かさが増えること

・滑りやすいところ

が挙げられているが、具体的なことは何もわからない。そして、気をつけてどうすればいいのかという対処策も示されていない。今回の事故を受けて新たに設置する看板には「川では溺れること、すべって転落すること、増水で流される危険があります。浅く見えても川の真ん中は水深が2メートル以上あります。この近辺で遊ぶときは、必ずライフジャケットを着けてください。」と書くことが必要だ。

 今回、7年前の訴えがまったく活かされなかったことが証明された。川こそ違え、その構造は酷似しており、子どもを含む市民が溺れた状況もまた酷似している。しかも同じ土木事務所の管轄である。

 今回の溺死事故についても、警察や消防、市役所などで検討が行われ、何らかの「提言」が示され、それに伴う対応がされると思われるが、今後数年ごとにそれらの対応が実施されているか、そして効果を上げているかを検証することが不可欠である。これまでの「提言や通達を出したらおしまい」という社会システムから、出された提言・通達を継続的に検証する社会システムに変更する必要がある。このシステムの変更、実施に関しては、法的に規定する必要があると私は考えている。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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