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森保ジャパンは、エムバペやヤマルと戦うイメージを失ってはならない

小宮良之スポーツライター・小説家
(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 森保一監督が率いる日本代表は、2026年W杯アジア最終予選を順調に戦っている。中国、バーレーン、サウジアラビアと戦い、トータル14得点0失点で3連勝。結果だけで言えば、文句のつけようがない。

 しかし、今のやり方で世界を戦えるのだろうか?

 森保ジャパンはキリアン・エムバペやラミン・ヤマルと戦うイメージを失ってはならない。

サウジ戦の先制点はすばらしかったが…

 アジア最終予選、森保ジャパンが優位に戦うことは当初から予想できた。波乱が考えられないほど、他の国と比べて実力差があるからだ。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/7fce958a7588555d1f3905e3d92274bd0adcbabc

 上田綺世、南野拓実、久保建英、三笘薫、遠藤航、守田英正という欧州のトップクラブにいる選手たちが額面通り働いたら、負けることはなかなか考えられない。これで勝ち点を落とすようだったら、むしろ深刻な問題だった。

 そこで新たに採用した3-4-2-1のシステムは個人的に浪漫を感じるし、「超攻撃」と称賛されているが、まだ”疑う”必要がある。世界標準で運用できるのか? その点、サウジ戦は注目に値した。

 サウジはW杯出場の常連で、世界一の金満リーグを誇る。フィジカル的な能力に恵まれた選手は多いし、サレム・アルダウサリのようなドリブラーも擁し、中国やバーレーンよりは一段も二段も上。日本に一泡吹かすだけの力量はあるチームだが…。

 結果、日本は圧倒的な展開で大量得点を決めてきたのが嘘のように、苦戦を余儀なくされた。一発があるサウジを警戒するあまり、ラインが低くなる。繋ぎも研究されていたのか、中盤やサイドの選手はマークされ、ビルドアップからノッキング。じわじわとボールを前に運ぶことができないため、前線に人数を懸けられず、波状攻撃にもならない。

 その流れの中、前半14分には日本が先制に成功した。

 守田が中盤でターンしながら、ライン間に落ちてきた南野を見つける。南野は右ワイドの堂安律に預け、堂安はこれを前に運びながら相手を引きつけ、逆サイドの三笘に展開。ウィングバック同士の幅を使った攻撃は真骨頂だろう。三笘はダイレクトの左足インサイドで中央に折り返すと、エリア内に入っていた守田がこれをリターン。大きく横に振った後で、最後は鎌田大地が仕留めた。

 この攻撃だけを切り取れば、世界のトップにも通用する。

 プレーの起点となった後、エリア内にも入っていた守田のプレーは、特筆に値した。このシステムを使ったのは2次予選からだが、彼こそがキーマンと言える。戦術的能力が抜群で、ボールを動かしながら、人を使い、スペースを支配。必ず味方をサポートし、アドバンテージを与えながら、自らも活路を得て、攻守の舵を取っている。

 守田こそが頭脳だ。

 しかし、チームとしてはバグっていた。

ほとんど90分間続いたバグ

 先制後、日本の攻撃は単発に終わっている。遠藤が自陣でボールを失い、カウンターを食らう場面もあった。徐々に守勢に転じた。ドリブルで攻め込まれ、二度、三度とどうにかシュートブロックに入って、危ないシーンもあった。また、クリアしきれなかったボールを強烈な一撃で打ち込まれた場面は、GK鈴木彩艶が救っている。

 後半になっても後手に回ってしまい、イニシアチブを取ることができない。3バックが中央を固めたことによって、失点を防ぐことはできた。しかし、これまでのように攻めの厚みを生み出すことはできなった。

 もちろん試合展開を考えたら、無理に攻める必要はなかった。ポゼッションを守備に使い、上手く時間を使って戦ったとも言える。ただ、このシステムは「攻撃こそ防御なり」で、前にボールを運べない場合、システムが不具合を起こす。三笘、堂安、あるいは伊東純也、久保などは攻撃的キャラクターの選手たちだが、彼らが守備に回る時間が多いとすれば、本末転倒だ。

 何よりサウジの攻撃に対してでさえ守りに回ってしまうシステムだったら、強豪相手に起こることは――。

世界の強豪には怪物がいる

 現在の世界トップ8と言える代表は、FIFAランキングを参考にした場合、アルゼンチン、フランス、スペイン、イングランド、ブラジル、ベルギー、オランダ、ポルトガルとなるか。個人的には、ベルギー、オランダ、ポルトガルをドイツ、ウルグアイ、クロアチアに入れ替えても良いと思う。そうなると、W杯優勝、もしくはファイナリストになった経験のある国になる。

 言い換えれば、こうした国々の牙城をひとつでも突き崩さない限り、日本がベスト8には進むのは難しい。他にコロンビア、モロッコ、イタリアなどが立ちふさがってもおかしくはないだろう。

 はたして、森保ジャパンは彼らから勝利をもぎ取れるのか。

 こうした国々は、”怪物”と言われるような、何もないところから勝利を引き寄せるプレーができる選手を必ず擁している。リオネル・メッシ(アルゼンチン)、キリアン・エムバペ(フランス)、ラミン・ヤマル(スペイン)、ジュード・ベリンガム(イングランド)、ヴィニシウス・ジュニオール(ブラジル)など枚挙にいとまがない。彼らは戦術の枠外にいても、試合を決められる。

 ストライカーも、クリスティアーノ・ロナウド(ポルトガル)、ハリー・ケイン(イングランド)、ラウタロ・マルティネス(アルゼンチン)など強力である。彼らは一発を仕留められる。他に伏兵と言える国にも、ロベルト・レバンドフスキ(ポーランド)、アーリング・ハーランド(ノルウェー)、アルテム・ドフビク(ウクライナ)などゴールの申し子たちがいる。

 どれも、アジアでは味わえない「世界」だ。

 そして、強豪国はとにかくミスを見逃さない。アジアでは失点にならないプレーが、欧州や南米のトップレベルでは直結する。そのミスは空振りのようなわかりやすいものではなく、寄せるべきところで寄せきれず、一瞬のゆるみで背後を許す、あるいはラインの不揃い、出るべきところで出られない、弱気のパスなどあらゆるシチュエーションでの原則論だ。

 森保ジャパンのシステムは、弱い相手に「超攻撃的」になる。アジアを勝ち抜くには悪くはない。しかし、少し強い相手だと怯んで先手を失い、「弱者の兵法」になる公算が高いのだ。

戦いの見直しを

 結論を言うと、サウジ戦の出来では、日本がW杯ベスト8に進むのは難しい。

 例えば、ワイドの選手が守備に回らざるを得ないことだけでも、構造的な欠陥は見えた。結局、5-4-1で”弱者の兵法”と言える受け身一辺倒の戦いをするなら、論理的な勝利の道筋は遠のく。それはカタールW杯に回帰するだけで、大きな後退だ。

 強豪相手には4-3-3、もしくは4-2-3-1で戦う方が上策だろう。なぜなら、3-4-2-1は結局のところ専守防衛になってしまうからである。日本と同等、もしくは上の戦力を相手には付け狙われる。そこで、三笘のような選手に優れたアタッカーには攻撃の役目を託すべきだろう。守備に回った時間は献身が必要になるが、押し込まれて5バックになってしまうなら元も子もない。

「左サイドバックがいないから3バック」

 その事情は分かる。しかし、たとえそうであっても左ウィングバックを三笘が担当するのは宝の持ち腐れだ。

 個人的には、ロシアW杯のベルギー戦が日本代表史上ベストゲームだった。強豪と真っ向から打ち合ったが、守備を疎かにもしていない。あと一歩のところで敗れたが、当時と比べて今の選手たちは時間の使い方は洗練されているし、戦いのバリエーションも選手層の厚さによって増えているはずで…。

 選手たちの思惑は「攻撃的」にあっても、指揮官は「守備的」な色を滲ませている。だからこそ、サウジ戦のように後手に回ってしまい、受け身になってしまうのだろう。これでは、張りぼての攻撃システムに過ぎない。その場合、このフォーメーションはオプションにとどめるべきだ。

 10月15日、埼玉。アジア最終予選、日本はオーストラリアと対戦する。オーストラリアは戦力的に日本より明らかに劣り、結局は高さに頼らざるを得なさそうだが、カタールW杯もベスト16に進むなど地力はある。そのチームを相手にどんな戦いができるか。

 繰り返すが、エムバペやヤマルと戦うイメージを失ってはならない。

スポーツライター・小説家

1972年、横浜生まれ。大学卒業後にスペインのバルセロナに渡り、スポーツライターに。語学力を駆使して五輪、W杯を現地取材後、06年に帰国。競技者と心を通わすインタビューに定評がある。著書は20冊以上で『導かれし者』(角川文庫)『アンチ・ドロップアウト』(集英社)。『ラストシュート 絆を忘れない』(角川文庫)で小説家デビューし、2020年12月には『氷上のフェニックス』(角川文庫)を刊行。他にTBS『情熱大陸』テレビ東京『フットブレイン』TOKYO FM『Athelete Beat』『クロノス』NHK『スポーツ大陸』『サンデースポーツ』で特集企画、出演。「JFA100周年感謝表彰」を受賞。

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