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「縄文人」は「ダイズ(大豆)に霊力」を感じていた? 中央大学などの研究

石田雅彦科学ジャーナリスト、編集者
(写真:アフロ)

 縄文土器には様々な紋様がほどこされているが、中央大学などの研究グループが縄文時代中期の土器に栽培した大豆を意図的に埋め込む装飾のあることを科学的に初めて明らかにしたと発表した。

ダイズはいつから栽培されたのか

縄文時代には興味が尽きない。例えば、農耕が日本列島で始まったのはいつだったのか、縄文時代からではないか、という議論がある。

 縄文時代にはすでに農耕が始まっていたという説を出したのは昭和の考古学者、大山柏(おおやま・かしわ、大山巌の息子)だった(※1)。現在では日本列島で農耕が始まったのは縄文時代という説が主流となっているが、それが早期・前期、中期、後期・晩期のいつだったのかについては諸説ある。

 縄文時代後期以降に栽培されていたと考えられるのは、イネ、オオムギ、コムギ、キビ、アワ、ヒエなどで、これらは日本列島に固有の野生種がないため、縄文時代後期にはこれらの植物が栽培されていた地域から日本列島へ持ち込まれ、栽培されていたということがわかる。

 ダイズは、日本列島にも自生するツルマメが原種とされる。だが、縄文時代に栽培されたダイズが、日本列島固有のものか、外来した栽培種か、また縄文時代のいつから栽培され始めたのかについては諸説ある。遺伝子による解析は難しいが、種子のサイズデータなどからダイズの栽培開始時期の推定が探索されつつある(※2)。

レプリカ法による研究の発展

 ところで、縄目をまだ柔らかい状態の土器に押しつけることからその名があるように、縄文土器の特徴はその多彩多様な紋様だ。縄文時代後・晩期の遺跡からの遺物には何らかの大型の豆類を押しつけたと思われる「ワクド石タイプ」と呼ばれる圧痕のある土器がある。

 押しつけて残された紋様を圧痕というが、紋様を含む土器のレプリカを作成し、実体顕微鏡や走査顕微鏡によって外側からでは観察できない内部の様子を分析する手法をレプリカ法という(※3)。

 このレプリカ法を用い、縄文土器を調べ、当時の栽培植物や害虫などを明らかにする研究があり、熊本大学などの研究グループはダイズを押しつけて圧痕にしたのではないかという仮説のもとに、レプリカ法を用いてワクド石タイプの縄文土器を調べた(※4)。

 同研究グループは、アズキ、インゲンマメ、ダイズなどのサイズや形状の特徴と、ワクド石タイプの圧痕を実体顕微鏡により比較した。その結果、ワクド石タイプの圧痕は、大型のマメであり、ダイズの野生種のツルマメではなく栽培されたダイズの可能性が高いことを明らかにした。

 同研究グループは、このダイズは周辺アジア地域からもたらされたのではないかとしている。だが、この圧痕が意図的なものか、これが最も早い時期のダイズ栽培の証拠などかについて議論がある。

意図的な装飾である初めての証拠か

 この疑問に対し、中央大学などの研究グループ(※5)が東京都府中市の縄文時代中期の遺跡から出土した縄文土器をシリコンを用いたレプリカ法と走査電子顕微鏡、X線CTにより調べたところ、この土器の圧痕が栽培ダイズを押しつけた意図的な装飾であることを初めて科学的に明らかにしたと発表した

 先行研究では縄文時代の後期・晩期の土器を調べたが、今回の成果では縄文時代の中期から後期にかけての遺跡から出土した、中期中葉末(約4400年前)に作られたと推定される縄文土器を調べた。縄文時代の中期中葉の土器の特徴は、いわゆる火炎式土器だが、調べた土器の様式は火炎式土器ではない。

調べた土器と圧痕部分。中央大学のリリースより
調べた土器と圧痕部分。中央大学のリリースより

 土器の圧痕は7箇所で、土器の整形後に上から何らかの種子を押しつけ、埋め込んだような穴になっている。調査、分析の結果、この圧痕はダイズによる意図的なものと推定され、サイズや形状から野生種のツルマメではなく、栽培種のダイズという。

 また、同研究グループは、ダイズを埋め込んだ後、焼成したと考えられるとしている。これまで関東地方の縄文時代前期以降の遺跡から出土した土器に種子の圧痕があるものは確認されているが、意図的に種子が埋め込まれたと明確にわかっている土器はなく、焼成後には焼けて穴だけになることから、何らかの儀礼的な行為の可能性があるという。

 ダイズは水を含むと膨張し、生命力も旺盛で栄養豊富な穀物だ。縄文人が、ダイズを自然の霊力や無病息災、多産などを祈る対象にしたことは十分に考えられる。

 ただ、同研究グループは、この土器が他の地域から運ばれてきたものである可能性もあり、今後の研究が必要としている。山梨県などでは、縄文時代中期の遺跡からダイズの圧痕土器が多く発見されているからだ(※6)。

 ダイズが栽培された起源、日本列島への流入経路や時期などについてはわからないことが多い。レプリカ法を用いた縄文土器の研究により、縄文時代の農耕について、さらなる新事実がわかってくるかもしれない。

※1:大山柏、「神奈川縣下新磯村字勝坂遺物包含地調査報告」、史前研究會小報、1927
※2:那須浩郎、「縄文時代の植物のドメスティケーション」、第四紀研究、第57巻、第4号、109-126、2018
※3:丑野毅ら、「レプリカ法による土器圧痕の観察」、考古学と自然科学、1991
※4:小畑弘己ら、「土器圧痕からみた縄文時代後・晩期における九州のダイズ栽培」、植生史研究、第15巻、第2号、97-114、2007
※5:中央大学文学部、三鷹市市役所、金沢大学古代文明・文化資源学研究センター、明治大学黒曜石研究センター、石岡市教育委員会、株式会社パスコ、東京都区立博物館、奈良国立博物館
※6:中山誠二、「縄文時代のダイズの栽培化と種子の形態分化」、植生史研究、第23巻、第2号、33-42、2015

科学ジャーナリスト、編集者

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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