なぜ9月は「退職」が多いのか? 「損をしない退職術」を解説する
9月は上半期の終わりと節目の月でもあり、夏のボーナスの支給後の月であることが多いため、毎年離職者が増える月となっている。また各社とも、春の定期活動がひと段落したこの時期に中途採用にシフトすることから、求人も増える傾向にある。
そのため今、まさに「退職」を考えられている方が多いだろう。そこで、この記事では「損をしない退職」のためにやっておくべきことをご紹介したい。退職を考えている人は是非参考にしてほしい。
未払い賃金を請求する
退職するときにやっておくべきことの筆頭は、未払い賃金の請求である。退職してからでは未払い賃金を請求できないと考えている人も多いが、それは誤解である。未払い賃金の請求権の時効は3年であり(支払期日が2020年3月31日以前の賃金は2年)、退職してからでも請求することができる。在職中は会社との人間関係を気にして未払い賃金を請求できなかった人も退職した後なら人間関係を気にせず、権利行使をしやすい。
未払い賃金の請求に必要なのは、労働時間の証拠(タイムカードや日報など)、支払われた賃金額がわかる証拠(賃金明細、銀行通帳など)、契約上の賃金額を示す証拠(雇用契約書、賃金明細など)の3点だけだ。これさえあれば、ほとんどの場合は未払い賃金を取り返すことができる。
ただし、証拠の中には職場にいる時でしか手に入れられないものもあるので、退職前に証拠を手元に置いておく必要がある。
請求の仕方については、証拠に基づき、未払い賃金額を計算した上で会社に請求し、支払いがなければ労働基準監督署や誰でも入れる個人加盟の労働組合を使って会社に支払いをさせればよいだけだ。事前に集めておくべき証拠の例としては、次のようなものが挙げられる。
退職前に集めておくべき証拠の例
タイムカード
日報
社内クラウドの上のチャットやカレンダー
自分で使っているPCのログデータ
なお、未払い賃金の請求方法については、下記の記事でも詳しく紹介したので、ぜひお読みいただきたい。
参考:「引っ越しシーズン」に伝えたい、「未払い残業代」を取り戻す方法
支給されるはずのボーナスが支払われないのは違法
退職後時にはボーナスもよく問題になる。自己都合退職した者に対しては、支払うはずだったボーナスを支払わないという会社が非常に多いのが現実だ。
ボーナスなどの臨時的に支払われる賃金については、常時10人以上の労働者を雇用している会社は、支給支払い日やその基準などを就業規則(「賞与規定」「ボーナス規定」などといった名称の文書の場合が多い)に定めなければならないことになっている(労働基準法89条4項)。
そのうえで、この支給日に在籍していれば、その後に退職した場合でも、ボーナスの支払い請求権が発生することになる。会社側が支払わない場合には、労働基準法違反となる。
この場合にも、退職前に就業規則や賞与規定の内容を確認し、写真を撮るなどして証拠として保存しておくことが重要である。
退職前の有休消化を会社は断れない
次に、退職前には有休休暇を消化することが一般的だが、会社によっては「あなたが辞めるせいで人手が足りない。有休消化までさせられない」などと主張し、有給消化をさせない場合がある。
しかし、これは違法であると考えられる。使用者に認められているのは、労働者が有休を取得することによって事業の正常な運営ができなくなる場合に、有休取得の時期を別の日に変更することを労働者に求める「時季変更権」だけだ(労基法39条第5項)。
この「事業の正常な運営」を妨げる場合については、個別の部署の「業務」への支障では十分ではなく、企業の「事業」というより大きな範囲への支障でなければならないと考えられている。
裁判所も、使用者は、できるだけ労働者が指定した時季に休暇を取れるよう「状況に応じた配慮」が要請されるとしている。そのため、もともと人員体制に余裕がないような職場の場合には、使用者は「特別の配慮」をしてでも、労働者の有休取得を可能にすることを義務づけられる。そもそも、使用者は、すべての労働者が所定の有休を完全に消化することを前提として、人員体制を組むことを義務づけられるからだ(西日本ジェイアールバス事件・金沢地裁判決)。
有給消化を断られたときに大事なのは、ひるんで有休の申請を取り下げないことだ。なんと言われても、「法律でとれることになっている」と言って有休申請書を提出してしまおう。有休分の賃金が支払われなかった場合、冒頭の賃金未払いと同様に労働基準監督署を使って対処できる。
離職理由と離職票
さらに、退職の際に必ず問題になる、「離職票」の離職理由についても「損をしないため」の準備が必要だ。退職に際して、離職票には、会社と労働者双方が離職理由を記入するが、これをもとにハローワークがどのように判断するかによって、雇用保険上の扱いが変わってくるからだ。
ハローワークによって離職理由が、自己都合による離職だと判断されてしまうと、求職者給付(いわゆる失業手当)を受ける前に2か月の給付制限が行われなど大きな制約を受けてしまうことになるうえ、給付日数にも差が出てくる。
これに対し、解雇などの理由により、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」に該当する場合には、給付制限を受けず、また給付日数も多くなる場合がある。実は、自己の判断で退職した者であっても、「特定受給資格者」や「特定理由離職者」として扱われる場合があるのだ。
例えば、倒産、事業所の移転、労働契約と実際の労働条件の著しい相違、一定の長時間労働や賃金未払い、パワハラ・セクハラ、退職の勧奨があった場合(以上「特別受給資格者」)や、体調や体力上の問題、妊娠、出産、育児、両親の死亡や疾病、子どもの保育所の利用、転勤命令に従えない等などのやむを得ない理由がある場合(以上「特別理由離職者」)だ。
以下のハローワークのHPで詳細な項目が確認できる。
参考:「特定受給資格者及び特定理由離職者の範囲の概要」(ハローワーク)
問題は、自分が該当しそうな項目を証明するために、ハローワークに証拠を示さなければならないということだ。こちらの場合にも、職場でしか取れない証拠が必要な場合があるので、事前の準備は必須である。
長時間労働や賃金未払いを証明するためには、労働時間記録の記録や、賃金未払いを証明できる証拠を作っておく必要がある。この点は、すでに述べた賃金未払いの請求方法と同様だ。また、パワハラの事実がある場合はパワハラがあった旨の証言を複数の同僚から集めることが有効だ。
使用者が事実と異なる離職理由を離職票に記載してくるというトラブルが頻発しているので、離職理由に関する会社とのやり取りは録音などでしっかり残しておくことをお勧めする。例えば、退職勧奨を受けた場合は、退職勧奨をされている時の会話の録音をとっておくことが有効だ。
残された人たちのために労働基準法違反をなくす
最後に、「ブラック企業」から退職する際、自分が辞めた後に残される同僚のために何かできないかという相談もよくあるので、この点についても解説しておこう。
退職者が離れる職場を改善するうえで、一番結果を出しやすいのは、労働基準法違反の告発(申告)である。在職中は、労基署が動いたことで「犯人捜し」がはじまることを恐れる向きもあるだろうが、退職前後であれば告発のハードルは下がってくる。
労働基準法は、労働条件の最低基準を定めた法律で、違反には刑事罰も課される場合もある法律だ。そして、厚生労働省の出先機関である労働基準監督署が取り締まっており、会社も違法を指摘された時に改善せざるを得ないことが多い。
違反を問いやすい労働基準法違反をいくつか挙げればつぎのようになる。
- 労働条件が書面等で明示されていない(労基法15条)
- 賃金が全額支払われていない(同24条)
- 36協定以上の労働時間がある(同32条)
- 10人以上の労働者がいるのに就業規則がない(同89条)
これに加えて長時間労働については、時間外労働時間(週40時間、1日8時間以上の労働時間)の上限規制が設けられており、この違反も問うことができる。上限規制の内容は、1年のうち6か月を超えて時間外労働時間は45時間を超えてはならず、1年間のいずれの月平均でも80時間を超えてはならない(休日労働を含む)ことになっている。
これらの違法行為は、証拠さえあれば、労働基準監督署に通報したり、誰でも入れる労働組合に入って改善を申し入れることで、退職した後からでも改善させることができる。
退職に際してやっておくべきことをいくつかご紹介したが、ひとりで進めるのは困難な場合も多い。証拠の作り方などはやはり専門家の意見を聞くことが非常に重要だ。下記の窓口はいずれも無料で助言をしているので、参考にしてみてほしい。
無料労働相談窓口
電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)
E-mail:soudan@npoposse.jp
公式LINE ID:@613gckxw
*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。
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*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。「ブラック企業」などからの転職支援事業も行っています。
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*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。
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