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「難民希望者に軍務と引き換えに永住権を与える」はWin-Winか――イスラエルのアフリカ人リクルート

六辻彰二国際政治学者
【資料】テルアビブなど主要市街地から排除された“不法移民”(2015.8.25)(写真:ロイター/アフロ)
  • イスラエル軍は不足する兵員を補うため、軍務と引き換えに永住権を与えるという条件で難民希望者をリクルートし始めた。
  • 難民希望者のリクルートは違法とはいえないが、あまりに外聞の悪いもので、実際にそれを行なっているのはイスラーム過激派くらいである。
  • イスラエルはもともと徴兵制が機能し、全国民に占める予備役の数は世界屈指の水準だが、そこまでして兵員を補充しようとすること自体、全面戦争の負担の大きさを示している。

難民希望者とのマッチング

 イスラエル政府・軍は国内にいる難民希望者をリクルートし始めた。

 ここでいう“難民希望者”とは、保護を法的に約束された“難民”の前段階で、より正確には“庇護申請者あるいは“庇護希望者”という。

 この難民希望者に対して、イスラエルは軍務と引き換えに永住権を付与するという。

 8月までの約10カ月間で、ガザにおけるイスラエル軍兵士の死者・負傷者は1万人にのぼったといわれる。

 レバノン侵攻も始まり、イスラエル軍は今後さらに兵員が不足すると見込まれる。

 その一方で、イスラエルには2万5000人以上の難民希望者がいる。

 その多くはアフリカ各地からヨーロッパを目指し、その途上でイスラエルにたどり着いたとみられる。これまでイスラエル政府はその多くを“不法移民”として扱い、排除しようとしてきた。

 それが一転して、兵員不足を穴埋めするために難民希望者をリクルートするのは、必要に応じたマッチングという意味では合理的ともいえる。見方によってはWin-winとさえいえるかもしれない。

内部告発による表面化

 実際、難民希望者のリクルートを明確に禁じる国際法はない。

 しかし、ほとんどの国はそれをしない。救済を求める立場の弱さにつけ込むやり方が、あまりに外聞の悪いものだからだ

 だから当のイスラエル政府・軍も「別に悪いことをしていない」と主張して大々的にアフリカ人をリクルートしているわけではない。この問題はイスラエル紙Haaretzが内部告発をもとに取材した結果、表面化した。

 一方、リクルートされる立場は複雑なようだ。

 ある難民希望者は海外メディアの取材に対して「何もないという感覚がない者からすれば搾取とみえるだろう。でも、法的な立場のない者からすれば選択の余地はない」と心情を吐露している。

イスラエル人の間に広がる軍務拒否

 難民希望者までリクルートする理由の一つは、イスラエル人だけで戦争を遂行するのが難しくなっていることにある。

 イスラエルは徴兵制が現在でも機能している数少ない国の一つで、いわゆる職業軍人ではない予備役は46万5000人にものぼる(イスラエルの総人口は1000万人たらず)。

 イスラエル軍はガザ侵攻の開始とともに約30万人の予備役を招集した。ちなみにこの規模はロシアがウクライナ向けに動員した予備役とほぼ同じだ)。

 その多くは応召したものの、戦争に協力しない予備役も増えている。

 5月には約40人の予備役がイスラエル軍に公開書簡を送り、軍務につかないと宣言した。動員を恐れて、すでに何百人もの予備役がイスラエルを出国したとも報じられている。

 もっとも、予備役の軍務拒否は、実はガザ侵攻の前から広がっていた。

 昨年7月、デモ参加者を含めた4000人近い予備役が、ネタニヤフ政権の司法改革が実現すれば軍務を拒否するとイスラエル軍に伝えた。

司法改革が裁判所の独立を損ない、強権体制を生みかねないことへの批判だった。

 ある予備役の言い方を借りると、「国家のためなら奉仕するが、権力者のためには奉仕しない」。

 一方、イスラエル軍によると、予備役に軍務を拒否する権利はない。だから当然、法的な罰則もあり得る。

 それをわかっていながら軍務を拒否するイスラエル人予備役が増えるなか、アフリカ系難民希望者へのリクルートは始まったのだ。

イスラーム過激派との共通点

 念のために補足すると、外国人のリクルート自体は珍しくない

 世界大戦中、兵員不足に悩んだヨーロッパや日本は、それぞれ植民地で兵員を徴募した。

 大戦後、徴兵制が廃止・縮小される国が増えたが、それと並行して外国人を兵士として雇用する国も増えている。多くの場合、軍務を終えれば市民権の申請が認められる。

 ただし、その多くはいわば衣食住が足りた外国人が対象だ。映画で有名なフランス外人部隊も、犯罪者と難民希望者は受け入れていない。

 一方、すでに定住を認められた難民に軍務を認める国は多い。“難民”としての法的認定には、社会的信用という意味でそれだけの重みがある。

 場合によっては正規軍ではなく、民兵や義勇兵といったグレーな位置づけで編成することもある。例えばイスラエルと敵対するイランは数多くのアフガニスタン難民を受け入れて民兵組織ファテミユン旅団を編成している。

 しかし、その場合でも基本的に難民希望者は対象外だ。

 強いていえば、いつ強制退去させられるかわからない不安定な立場の難民希望者をリクルートしているのは、アフリカや中東の難民キャンプに出入りしているイスラーム過激派くらいといっても過言ではない。

イスラエルとロシアの“貢献”

 イスラエルによる難民希望者のリクルートは、全面戦争のコストがあまりに高くなっていることを示す。

 イスラエルは現代でも徴兵制が機能し、多くの国と比べて兵員の調達がしやすいだけでなく、AI、ドローン、5Gといった先端技術を駆使して軍の省人化を進めている。

 しかし、そのイスラエルでさえ戦闘の長期化で深刻な兵員不足に陥っているとすれば、ほとんどの国にとって全面戦争は不可能に近い。

 とりわけ、多くの国民にとって戦争の大義が疑わしかったり、政権の正当性に疑問があったりすればなおさらだ。

 同じことは、世界屈指の規模の軍隊を抱えながら、受刑者や外国人留学生などを戦線に送り出しているロシアについてもいえる。

 世界を見渡せば対立は各地にあるが、たとえ友好的になれない相手とでも全面戦争に発展させない必要がかつてなく高まっている。

 それを図らずも浮き彫りにしたことが、イスラエルとロシアの世界に対する貢献なのかもしれない。イスラエルとロシアはそれぞれ相手と同列に扱われるのを嫌がるが。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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