徴兵制はなぜオワコンか――ウクライナ戦争でもほとんど‘復活’しない理由
- ヨーロッパでは一度停止されていた徴兵制を、緊張の高まりによって再開する国が増えている。
- しかし、その多くは「兵役につかない」選択を個人に認めるもので、強制ではない。
- 自発性を重視するリクルートは現代の主流であり、そこには強制的に大量の人員を集めても意味がないという考え方がある。
世界の緊張が高まるなか、どの国でも徴兵制をめぐる議論がある。しかし、かつての「成人男性一律の義務としての兵役」はもはや一般的ではない。国民の拒絶反応が強いからだけでなく、コストパフォーマンスに疑問が大きいからだ。
徴兵制の‘復活’?
近年のヨーロッパでは、一度停止された徴兵制を再開する国が目立つ。
ウクライナ(2014年)を皮切りに、リトアニア(2015年)、スウェーデン(2017年)、オランダ(2018年)、ポーランド(2022年)などがすでに兵役を再開する法令を可決し、ドイツ、ルーマニア、ラトビアでも議論が始まっている。
この他、フランスでは兵役ではないが、15-17歳の志願者が2週間ほど軍隊生活を経験できる国民奉仕隊(SNU)が2019年に試験的に発足した。
これらの多くでは、冷戦終結(1989年)後の緊張緩和を背景に徴兵制が停止していた。その再開のきっかけはロシアによるクリミア半島編入(2014年)で、昨年からのウクライナ戦争がこれに拍車をかけた。
ただし、徴兵制を再開した国の多くは「成人男性の一律の義務としての兵役」という古典的なスタイルと決別していて、むしろ徴兵に応じるかどうかの選択権を認める新しいタイプのものが目立つ。
同意を前提とする兵役
ノルウェーの例をあげよう。この国では2015年、徴兵制が拡大されて女性もその対象になった。毎年1万人以上の男女が徴兵検査を受けるが、このうち実際に入隊するのは15%程度といわれる。
同じようにスウェーデンでも成人の男女とも徴兵の対象になるが、兵役につくかどうかは選択の余地がある。徴兵年齢に達した市民に届く通知にはいくつかの質問項目があり、そのなかには「軍隊に適性があると思うか」という問いもある。
もし兵役を望まなければ「否」と答えればよいわけだ。
ただし、一度「応」と回答すれば後で「やっぱり違う」と言っても認められず、召集に応じなければ懲役など懲罰の対象になる。
強制的な徴兵は一般的でない
このように個人の選択と同意に基づく制度はスカンジナビア方式とも呼ばれる。オランダやポーランドなどもスカンジナビア方式を研究して徴兵制を再開した。
このうちポーランドの場合、自発性を前提とするだけでなく、月額1000ユーロの給料、訓練終了後に軍に登用される道が開けるといった特典まである。
もっとも、ノルウェーやスウェーデン以外のほとんどの国では女性は徴兵の対象外だ。
一方、ドイツでは2011年に徴兵制が停する前、病院や介護施設などでの奉仕活動で兵役の代わりと認められた。
そのドイツでは現在、徴兵制の再開が議論されているが、その場合はかつての代替措置に似たものが導入される公算が高い。
同様の制度は、徴兵制が一貫して存続してきたオーストリア、フィンランド、スイスなどでも採用されている。
いわゆるスカンジナビア方式とは異なるが、個人の選択と同意を前提とする点でこれらは一致する。
なぜ非強制が主流か
一般的に徴兵制というと、赤紙一枚で呼び出された戦前・戦中の日本のように、問答無用のものとイメージされやすい。しかし、強制的な徴兵制は現代では決して一般的ではないのだ。
こうした変化の背景には、主に4つの理由がある。
第一に、最もシンプルな理由として、政治的なリスクがあげられる。
世界大戦の頃までと比べて人権意識は飛躍的に強くなっていて、どの国でも強制的な兵役への拒絶反応は強い。特に一度停止されていたものの再開となると、若年層から「徴兵を経験していない世代もあるのに」と不満が出ても当然だ。
たとえばラトビアでは、選択の余地のない徴兵制の‘復活’が検討されている。ラトビアはウクライナと同じく旧ソ連圏で反ロシア感情が強いが、それでも5月の世論調査では徴兵制に賛成が45%、反対が42%とほぼ拮抗し、とりわけ18-24歳の年齢層での賛成は34%にとどまった。その結果、議会審議も難航している。
選択と同意に基づく徴兵制は、こうした対立を避けるうえで有効といえる。
第二に、リソースだ。
国によって規模は異なるが、多くの未経験者を毎年ゼロから訓練するのは膨大なコストを必要とする。受け入れ先になる軍隊はその分の人員や訓練場を確保しなければならず、徴兵検査などを行う地方自治体にとっても負担は増える。
当然、人口の多い国ほどそのコストは膨らむ。たとえばフランスでは、徴兵制を再開すれば毎年60-80万人の18歳人口(日本では約112万人)が対象になり、少なくとも年間16億ユーロ(約2500億円)必要と試算されるため、徴兵制再開を示唆するマクロン政権は強い反対に直面している。
この点、個人の選択と同意に基づく徴兵制なら応召者は一部にとどまるため、対応もしやすい。
コストパフォーマンスの低さ
第三に、戦争そのものの変化である。
もともと成人男性一律の徴兵制は、兵士の頭数が勝敗を大きく分けた19世紀に確立したもので、世界大戦の時代まではどの国も膨大な予算をかけてでも数多くの応召者を訓練していた。
しかし、ドローン攻撃やサイバー攻撃に代表されるように、現代では技術も戦術も大きく進化した。その結果、かつてのように何十万人も兵員を展開すること自体が稀である。
たとえばウクライナで展開するロシア軍は今年初頭の段階で30万人程度と見積もられていた。これは現代世界では最大規模だが、それでも第二次世界大戦のきっかけになった1939年9月のポーランド侵攻でドイツ軍が最終的に125万人以上を、同年11月からのフィンランド侵攻(冬戦争)でソ連軍が最終的に76万人を、それぞれ動員したのと比べると限定的な規模だ。
つまり、国民皆兵で膨大な兵員を常に抱えることは、現代では軍事的な意味でもコストパフォーマンスが低いといえる。
イギリス王立防衛安全保障研究所のエリザベス・ブロウ研究員は「現代では全員が兵役につく必要はないし、大規模な歩兵部隊も必要ない…問題はどうやって選抜するかだ」と指摘する。
「愛国心が育成される」?
そして最後に、一律の義務に基づく徴兵制が「烏合の衆」を生みやすいことだ。
徴兵制を支持する意見には、「愛国心や国民意識を育成できる」といったものが目立つ。これは恐らく大戦期までのイメージなのかもしれない。
しかし、ウォーリック大学のヴィンセンツォ・ボウブ教授らは、こうしたノスタルジックな意見を否定している。
ボウブ教授らはヨーロッパ15ヵ国でかつて兵役を経験した世代と未経験世代の意識調査をそれぞれ行って比較検討した結果、「一律の義務としての兵役を経験した者ほど公的な制度への信頼が低い」傾向を明らかにした。
つまり、本人の意思とは無関係に兵役につかされた経験が、国家への信用をむしろ低下させたというのだ。国民一律の義務といいながら、有力者や富裕層の子弟が特別待遇を受けたといった話はどの国でも珍しくないが、こうしたことも不信感を生みやすいだろう。
だとすると、大戦期より権利意識がはるかに強くなった現代では、強制的な兵役は「やらされている感」だけを募らせやすく、いくら多くの人数を揃えてもコケおどしに近くなる。
ロシアのワグネルはウクライナ侵攻後、受刑者や移民をかき集めて人員を急増させたが、結局バフムトなどから撤退した。この状況は(厳密には徴兵制と異なるが)自発性の乏しい、未経験者に近い要員を多数投入しても、組織としてあまり意味をなさないことを示唆する。
自発性なき強制の限界
世界の安全保障環境が厳しさを増しているなか、日本でも一部の言論人が「徴兵制」をしばしば口にする。その多くは古典的なものの‘復活’を支持しているようだ。
韓国、イスラエル、台湾などでは古典的な徴兵制に近いものが運用されている。しかし、これらは国民のかなりの割合の支持があって初めて成立する。
逆に、そうでない国にとって自発性をともなわない徴兵は逆効果とさえいえる。
だからこそ、選択と同意を前提とする制度を採用した国を含めても、ヨーロッパで徴兵制のある国は昨年段階で48ヵ国中18ヵ国と3分の1以下にとどまり、イギリス、イタリア、スペイン、ポルトガルなど徴兵制の再開がほとんど議論されない国も珍しくない。
これに関してイギリス国際戦略研究所のフランツ・ステファン・ギャディ研究員は「徴兵制はロシアの脅威に対する解答にならない」「むしろ予備役を充実させるべき」と主張する。
もっとも、ギャディの議論は普段は市民として生活し、訓練と任務の時だけ招集される予備役(日本では予備自衛官)を重視するものだが、これは選択と同意を前提とする点でスカンジナビア方式などを採用する国の考え方と表裏一体ともいえる。
つまり、どんな方式を採用するにせよ、国家の安全を確保するうえで重要なのは個人の意思を尊重することといえるだろう。言い換えるなら、昔ながらの徴兵制にこだわっても生産性は低いのである。