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表現の不自由と思想の自由

山田健太専修大学ジャーナリズム学科教授
(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

 あの「あいちトリエンナーレ」(あいトリ)からちょうど3年経ち、本体のトリエンナーレは国際芸術祭「あいち2022」と名称を変え開催中だ(10月11日まで)。焦点となった「表現の不自由展」も、芸術祭会場と同じ地区にある栄市民ギャラリーで、「私たちの『表現の不自由展・その後』」として8月に実施された。後者は、海外も含め各地で作品を入れ替えながら、現地実行委員会形式による開催が続いている(大阪、東京で開催、今後、神戸、京都等での開催が発表されている)。2021年11月に就任した今回の芸術監督である片岡真実・森美術館館長は、「これまでのトリエンナーレとは異なる、全く自律したもの」であるとするが、切り離すことで隠されるものがある。

 今回の芸術祭組織委員会の一人は、「あいちトリエンナーレのあり方検証(検討)委員会」の座長で、同最終報告は、津田大介芸術監督と不自由展実行委員会が展示方法(キュレーション)やコミュニケーションの稚拙さで混乱を招いたが、実行委員長である大村秀章知事の決断で被害を最小限に押しとどめ、会期中の再開を実現することができたと読める内容だ。一方で、再開の力となった出展作家のボイコットや市民との直接対話の試み、実行委員会の展示中止撤回を求める仮処分申請、さらには文化庁の補助金一部不交付決定に対する広範な批判の声などは、一様に行政の表現の自由に対する介入を危惧するものであったにもかかわらず、主要な評価の対象外だ。ちなみに、愛知県が19年10月に不交付決定に対し不服を申し出たものの、愛知県が遺憾表明したことで年度内に文化庁が9割支給に変更し「灰色」決着している。

 その後も不自由展の開催は各地で妨害に遭い続け、一部が中止を余儀なくされてきたし、そもそもおおもとの展示の自由が制約を受ける状況について、どのような具体的な改善があるのかが不明だ。日本国内の芸術祭は、そのほとんどが地域の経済振興を目的とするものであって、その分、運営において表現の自由の場であるとの認識が希薄であったとの指摘に、博物館界自身も正面から向き合ってきたとは思えない。文化芸術基本法も、改正によって新たに法の対象の中に「観光・まちづくり」を加えたことからも、日本における文化の位置づけが見えてくる。さらには、多くが自治体主催であることによる、芸術の自由とは相反する政治性の排除が当然視される状況に変化はみられない。

 そしてなにより、安心安全のためというマジックワードは、さらに大きな力を持ってきている。表現活動の場の提供として、公的施設が保安理由に貸出し拒否をすることは、司法判断による歯止めもあって最低限守られてはきた(たとえば、不自由展の大阪開催も裁判所の決定によって開催が可能になった)。しかし、妨害行為から展示(会場)を守るには警察を含めた警備コストが必須である。実際、民間施設の場合は、主催者ではなく施設に対する嫌がらせなどで開催できなくなるほうが一般的でもある。社会的にマイノリティの意見表明を守ることは、広い意味での民主主義の必要経費だが、そうした社会的合意は必ずしも広く浸透しているとは言い難い。

 あいトリで有名になった言葉に、河村たかし・名古屋市長の発した「日本人の心を踏みにじるもの」がある(2019年8月5日記者会見)。いわば反日的な芸術は許されないのであって、少なくとも公的施設での展示は認められないという考え方を示すものだ。国全体を一色(ひといろ)に染めるためには、表現のみならず思想にまで公権力の支配が及ぶ可能性を表している。それは芸術の創造的行為を全否定するものでもある。今般の国葬の一件でも、だましだましの弔意の実質的強制が行われる気配が漂う。まさに忖度の結果、こうした空気が蔓延していくことは博物館・美術館で数多く起きてきたことでもあって、この流れを断ち切ることこそがいま必要である。あいちトリエンナーレが危うきに近寄らずの前例になってしまっては意味がない。

専修大学ジャーナリズム学科教授

専修大学ジャーナリズム学科教授、専門は言論法、ジャーナリズム研究。日本ペンクラブ副会長のほか、放送批評懇談会、自由人権協会、情報公開クリアリングハウスの各理事、世田谷区情報公開・個人情報保護審議会会長などを務める。新刊に『「くうき」が僕らを呑みこむ前に』のほか、『法とジャーナリズム 第4版』『ジャーナリズムの倫理』『愚かな風~忖度時代の政権とメディア』『沖縄報道』『放送法と権力』『見張塔からずっと~政権とメディアの8年』『言論の自由~拡大するメディアと縮むジャーナリズム』『ジャーナリズムの行方』『3・11とメディア』『現代ジャーナリズム事典』(監修)など。東京新聞、琉球新報にコラムを連載中。

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