中国とロシアとバランス外交を捨ててアメリカにすり寄った韓国の収支決算
政権発足からしばらくバランス外交の優等生だった韓国・尹錫悦(ユン・ソンニョル)政権の対外政策が急変した。中国とロシアと距離を置き、アメリカにすり寄ったのだ。
これを「民主主義と自由の重視のため」と、額面通り受け取るほど世界は愚かではない。
内政的には極めて不人気な日本への急接近にも踏み切り、岸田政権をかえって戸惑わせた。こうした変化の裏にバイデン政権の意向があったことは間違いない。
4月26日、ジョー・バイデン大統領は尹大統領との約80分にわたる首脳会談で、「(韓国の)対日関係が改善したのは大統領の功績だ。日本との外交における決断に感謝する」と上機嫌で日韓関係に言及。尹大統領を持ち上げた。中国へプレッシャーをかけるには日米韓3カ国の関係強化が不可欠だったのは言うまでもない。
バイデン政権の巻き返し
フランスのエマニュエル・マクロン大統領の訪中によりヨーロッパが中国とのデカップリングを否定し、サウジアラビアなど中東の国々も中国に接近。北京を訪れたブラジルのルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルバ(ルーラ)大統領は「人民元決済」へ道を開いた。
中国の外交攻勢が際立つのに対し、韓国とフィリピンがにわかに「脱中入米」ともとれる動きを始めたのは、アメリカが巻き返しに力を入れたためだ。
その一つの集大成が尹大統領の訪米だ。訪米にあたり尹大統領が用意したお土産は盛りだくさんだった。
まず前述の韓国の対日接近だ。国内で「屈辱外交」と批判されたのは記憶に新しい。その前には従来慎重に対処してきたウクライナ支援で大きく踏み込んだ。尹大統領が外国メディアとのインタビューで「市民の虐殺など深刻な戦争犯罪があれば人道支援にとどまるのは難しい」と発言。これが実質的な武器支援への布石だと報じられた。
当然、ロシアは激しく反発。クレムリンが「紛争への介入とみなす」と素早く反応したのに続き、ロシア外務省も「ロシアへの敵対行為だ」と警告した。
仕上げには台湾海峡の問題に唐突に口を出し、中国との間で舌戦を繰り広げた。
韓国メディアの多くが、尹政権が中ロと距離を置きアメリカにすり寄ったと報じるなか、訪米ではこの傾向がさらに加速した。
盗聴問題には一切触れず
尹大統領の訪米前、アメリカでは国防総省の機密文書流出事件が大きく騒がれていた。マサチューセッツ州に住む21歳の空軍州兵、ジャック・テシェイラ容疑者が招待制チャット・グループ「ディスコード」に機密文書をさらした問題だ。その流出文書には韓国にとっても不都合な事実が含まれていたのだ。
アメリカが傍受した韓国政府内部のウクライナ支援に関する会議の内容で、韓国がどうやってウクライナに砲弾を送るか、その方法を話し合うなか、韓国政府の高官らが殺傷兵器供与禁止の原則の変更に触れていたと暴露されてしまったのだ。
ロシアとの関係を慎重に調整してきた韓国政府が突如として苦しい立場に追いやられたことはいうまでもない。だが、それ以上に韓国政府を悩ませたのはアメリカが韓国をスパイしていた事実が白日の下にさらされ、韓国世論の反発を招いたことだった。
だが訪米中、尹大統領は盗聴問題を糺すどころか、問題そのものを封印してしまったのだった。
逆に米議会では「自由の羅針盤になる」と宣言。韓国のアイドルグループBTSを引き合いにジョークを飛ばし、アカペラで「アメリカン・パイ」を熱唱してみせたのだ。
もちろん対米重視に思い切って舵を切るのは一つの政権の選択として理解できる。しかし、問題はその収支だ。
訪米で得たかった二つの成果
今回の訪米で韓国側が持って帰りたかった成果は主に二つあった。一つは安全保障分野での拡大抑止の大幅な強化だ。北朝鮮の核開発を前に、韓国ではいま核兵器の自主開発を望む声が高まり。民間調査機構Realmeterが行った調査では56・5%がそれを支持するという結果も明らかになっている。
そしてもう一つが経済的な実利だ。具体的にはアメリカからの強い圧力にさらされる半導体や自動車などの分野で、バイデン政権から妥協を引き出すことだった。
しかし周知のように成果は芳しくない。
まず安全保障面では、拡大抑止の強化をうたったワシントン宣言は出されたものの、それを実質的な「核の共有」とみなしたい韓国側とアメリカとの間に深い溝があることをかえって示す形となった。
浮き彫りになった核をめぐる米韓の思惑の違い
4月28日付『聯合ニュース』はその顛末を以下のように記す。
〈韓国の金泰孝(キム・テヒョ)国家安保室第1次長は記者会見で、「韓米は米国の核運用に対する情報共有と共同計画のメカニズムを設けた」とし、「韓国国民は事実上、米国と核を共有していると感じるだろう」と述べた。会見後、米国家安全保障会議(NSC)のケーガン上級部長(東アジア・オセアニア担当)は韓国メディアを対象にした会見で、「核共有とはみていない」との認識を示した。〉
KBSテレビ(4月28日)もケーガンの言葉として「アメリカにとって核の共有とは重大な意味を含む。核の共有の定義は核兵器の統制にかかわる。核を使うかどうか、だれが決定するかという問題で、『ワシントン宣言』にはそのような内容は含まれていない。核を使うかどうかの決定や権限は、アメリカ大統領だけが持つものだ」と伝えている。
両者の見解は明らかに異なるのだ。
強まるアメリカからのプレッシャー
では、経済面ではどうだったのか。今回の訪米にはサムスン、現代、SKハイニックス、LGなど120人の企業人が同行したが、その面々からは失望の声が広がったという。
経済的な実利という点では、アメリカに到着した尹大統領が真っ先にNetflixを訪れ投資を取り付けたことで上々の滑り出しをしたと報じられたが、肝心のインフレ抑制法やチップ法では韓国側が期待するようなソリューションがバイデン政権から提示されることはなかった。
対中関係を壊し、アメリカからも譲歩を引き出せなければ韓国経済はじり貧である。韓国が強く依存する対中貿易は今年第1四半期対前年比で3割も減少している。
だが、訪米によってリターンがなくても、そもそも尹政権には選択肢はなかったとの見方もある。
サムスン電子は、同社のメモリーがアメリカの5つの知的財産を侵害したとしておよそ3億300万ドルの罰金を科せられた他、原発技術をめぐり、韓国水力原子力(韓水原)が米原発メーカーのウェスティングハウスに訴えられている。いずれの問題も政府が対応しなければならないからだ。
いよいよ朝鮮半島も、台湾や南シナ海に面するフィリピンのように、アメリカからの強い圧力の下であいまいな態度が許されない時代を迎えるのだろうか。