ベラルーシはどうなっているか。下僕志望を公に表明のルカシェンコと軍事演習の行方:ウクライナ危機
今回は、ベラルーシの問題である。
欧米やベラルーシの複数の情報筋は、ベラルーシ国内に3万人のロシア軍が配備され、1991年の独立以来最も多い人数であると主張している。
ドイツのショルツ首相は、2月14日(月)にウクライナのゼレンスキー大統領を、15日(火)にロシアのプーチン大統領を訪問した。
訪問の前に、首相が言っていたことがある。それは「2月20日に終わる予定のベラルーシにおけるロシアとの合同軍事演習を、本当に演習で終わらせなくてはならない」と。
14日には、ウクライナのレズニコフ国防相が、ベラルーシ側との電話会談を行った。ベラルーシ経由の侵略の懸念について「前向き」な結果を得たと歓迎した。
「私は、これは前向きな信号であり、実りある協力に向けた第一歩だと考えている」と述べた。
しかし一体、ベラルーシがアメリカやEU側、ウクライナの意見に耳を傾け、なんらかの力を貸すことがあるだろうか。近年ベラルーシは、ロシアとの統合が進んでいる。「タガが外れたように」傾斜していると形容している日本人専門家もいる。
どちらかというと状況は絶望的にすら見える。が、背後にチャンスはあるのではないか・・・と、わずかな望みを筆者は感じないでもない。
ロシアとベラルーシ、欧州との関係はあまり知られていない。順を追って説明しよう。
プーチンの「しもべ」志望のルカシェンコ
ベラルーシといえば、ルカシェンコ大統領。独裁者。1994年から30年間弱、今までずっとベラルーシの大統領を務め、欧米からは「欧州最後の独裁者」と言われている。
彼が頭角をあらわしたのは、ソ連が崩壊してベラルーシが独立し、政治家たちの腐敗を糾弾して支持を得たためだというのだから、恐れ入る。
日本では、東京オリンピックの際、ベラルーシの陸上選手が羽田空港で日本の警察に保護を求め、亡命した事件が有名だろう。
チマノフスカヤさんは、ドーピング検査で出場できなくなった選手の代わりにリレーに出ることを命じられた。拒否したら、コーチに逆らったとして強制帰国を命じられたという。帰国したら身が危険にさらされると思い、羽田空港で「助けて!」と声を上げ、その後ポーランドに亡命したのだった。
上に逆らうことは一切許されなくなっているという、自分を頂点に、下々の人間にまで浸透した権威主義体制をつくりあげたのは、ルカシェンコ大統領である。
そのルカシェンコ、現在、大変おかしなことになっている。
近年、ベラルーシのロシア属国化が進んでいるのだが、2月上旬とりわけ唖然とすることが起きた。
ロシア人記者とのインタビューで「プーチン大統領は、私を大佐にすると言ったのだが、まだしていない」と言ったのだ。
以下、抄訳しよう。
記者(大笑いしながら):プーチン大統領がどうやってあなたを大佐に任命するのですか。
ルカシェンコ(以下ルカ):ロシア軍のだ。
記者(さらに大笑いして):独立国の大統領のあなたがロシアの大佐ですか?
ルカ:それはあなたの問題ではなく私の問題だ。プーチン氏は約束したのだから守らなくてはならない。
記者:あなたはロシア軍に仕えたのではありませんよ。ソビエト軍です。
(注:ルカはソ連崩壊前にソ連軍にいたことがある)。
ルカ:ソ連軍だ。ソ連とはロシアとベラルーシだ。私にソ連軍の大佐の地位を与えてなくてはならない。
記者:それは無理ですよ。そうじゃないと、プーチン氏はソ連を復活させたいのだと言ったじゃないか、と言われますよ。
ルカ:だからなんだ? 言わせておけばいい。何か悪いことがあるか?
記者:ロシアの大佐にベラルーシの大佐、ですか。
ルカ:それならプーチン氏を将軍にすればいい。
普段から突飛だったり乱暴だったりする発言の多い大統領であるが、一体どうしてしまったのか・・・。
コメント欄には、英語版で「おかしな・奇妙な・ユーモアのある」という意味の「funny」が、仏語版では同じ意味の「drole」という言葉が、ずらっと並ぶ。それがギリギリ許される表現で、嘲笑しているものは削除されているのかもしれない。
このロシア人国営放送の記者ウラジーミル・ソロヴィエフ氏は、クレムリンの御用記者ということだ。2013年には勲章ももらっている。
このインタビューはあらかじめ綿密にシナリオが書かれて、お芝居のごとくセリフを覚えて話して録画されたと思うのが正しいだろう。
市民デモで反動化する大統領、ロシアが頼みの綱
ロシアとベラルーシの「統合」が進みだしたのは、2020年8月9日のベラルーシ大統領選のあとからだ。
ルカシェンコ大統領が80%の票を獲得して6選されたと報じられたが、市民が抗議活動を展開。この選挙までに、野党候補や議員が、もっともらしい理由をつけて逮捕や拘束されて排除されたので、独裁政治の腐敗に市民の怒りが頂点に達したのだ。
首都ミンスクでは数万人がデモに参加。デモは全国に広がり、ストライキも発生した。リーダーは平和的なデモを呼びかけていた。
しかし、政府はデモ隊を弾圧、機動隊との衝突が発生し警察が発砲、7000人弱が当局に拘束、参加者二人が死亡した。
「
どの証言も、政権の特殊部隊による弾圧の極端な残虐性を非難していたという。
窮地に立ったルカシェンコはプーチンとは会談したが、ヨーロッパ人による仲介は拒否した。
彼は国営テレビで、「ロシアのプーチン大統領から、ベラルーシの安全の保障のために、全面的に協力すると電話で言われた」と発表した。つまりロシア軍がデモ鎮圧にやってくるとの示唆である。
ルカシェンコによれば、過去20年に旧ソ連の国々で起こった政権交代は、外国からの援助を受けていて、「外部からの干渉の要素」があるという。
政府の会議では、ポーランド、オランダ、ウクライナのほか、ロシアの野党議員(当時)アレクセイ・ナヴァルニーや、亡命した元大富豪ミハイル・ホドルコフスキーの組織が抗議デモの背後にいると非難した。
さらに、「我が国に対する攻撃が進行している」と述べ、特にポーランド、ラトビア、リトアニアから提案された、外国による調停の可能性を否定した。「我々は、外国の政府や仲介者を必要としない」と述べた。
このころから政権は孤立を深めた。米EUに制裁され、ロシアと排他的な関係を持ち、プーチン大統領が唯一の支援者となった。ルカシェンコとプーチンの会談は、頻繁に行われたが、すべてロシア領内で行われていた。
ベラルーシがロシアに吸収される?
問題の大統領選から1年弱が経った、昨年2021年の9月のことだった。
実は、両国の間には20年ほど前、合意のもとに「統合」の話があったのだ。条約も結ばれたが、ほとんど死文化していた。
それが9月9日に、ルカシェンコの言葉を借りれば、初めて「突破口」を開いたのである。彼は、統合を常に拒否してきたのだが、今や譲歩を強いられるほど弱い立場であった。
『ル・モンド』によると、クレムリンでの記者会見で、両首脳は「統合プロセスの強化」を目的とした「28のプログラム」パッケージへの署名を控えていることを発表した。これらの文書は、両国の税法と関税法をより緊密にし、長期的には統一されたエネルギー市場と共通の金融規制を構築することを目的としている。プーチンによれば、「共通の産業や農業政策を達成する」ことも目的だという。
この会合の前から、ルカシェンコは「主権を放棄することは問題外だろう」と繰り返し述べていた。記者会見では、少なくとも4回、「すべては国民の幸せのために」と断言した。
経済は大きな要素で、ベラルーシの経済規模は隣国の約30分の1で、輸出の50%をロシアに依存している。
そして、ロシアの石油を原価で受け取り、西側に販売してきたが、この制度は2019年から段階的に廃止されてきた。さらに、同国はロシアに80億ドル(約9200億円)以上の負債を負っているのだ。
そんな状況で、ルカシェンコは議論のテーブルに戻ってきた。それでも、誰も飲み込まれることはない、我々は対等なパートナーだ、と主張した。
さらに、このころから、ロシアからS-300防空システムとSU-30SM戦闘機が到着している。これらは、3月に合意されて2025年までに設置されるはずの、グロドノ市近郊の共同訓練センターに配備されるという。
ルカシェンコは、自国領土に、ロシアの空軍基地が設置される可能性も排除していない。これは、ベラルーシが、ロシア西部の軍事地区の延長になることを意味するという。
両国の合同演習の現状は
両国が軍事演習を行うのは、今回が初めてではない。前回は、2021年9月だったという。
しかし今回が特別なのは、通常この演習は秋に行われ、少なくとも半年前に発表される。今回は、発表されたのは1月18日で、直前ということだ。
両国は、オブザーバーの招聘が必要な上限を下回ったと述べるにとどめ、参加した兵士の数は伝えられていない。
ただし、欧米やベラルーシの複数の情報筋は、ベラルーシ国内に3万人のロシア軍が配備され、1991年の独立以来最も多い人数であると主張しているという。
ウクライナの首都キエフから、ベラルーシの国境はわずか2時間の距離にある。ウクライナ側は、トルコ製の戦闘用ドローンや米英から提供された対戦車ミサイルを使用するなど、独自の対応を開始した。
ウクライナのクレバ外相は、10日(木)にフランス国際関係研究所が主催したフランス・ウクライナ・フォーラムで、「私たちが心配しているのは、ベラルーシ、黒海、アゾフ海での作戦が同時に行われることです」と述べた。
「これらの作戦のために、ウクライナはこの2つの海からほとんど切り離され、我が国の船の航行は複雑になっています」とも述べた。
今後の展望 ベラルーシの国民投票
今後、どうなっていくのだろうか。
ルカシェンコは、今までロシアに依存しながらも、EUと上手にバランスをとろうとすることで、自分の立場を確保してきた。でも、ウクライナやジョージアなどの国々とは違う。彼は、ロシアあってのベラルーシ、プーチンあっての自分の独裁権力であることを、よく知っている。
いま、ルカシェンコは完全にプーチンに白旗をあげて降参するのだろうか。ロシアもベラルーシも、地政学的にだけではなく、欧米の経済制裁のために追い詰められており、余裕はないように見える。
それに、ベラルーシでは2月27日に憲法上の国民投票が行われる。ルカシェンコ大統領の権限を強化するためのものだ。
あのような下僕の姿が、どこまでベラルーシ国民に知れ渡っているのか、そして国民は現状をどう思っているのか。反対勢力は、意図的な投票用紙の汚損によって、国民投票を積極的にボイコットするよう呼びかけているという。
そのような状況はあるが、このままルカシェンコが完全に下僕になるとは、今までの経緯があるので、とても筆者には思えない。
これは完全に推測であるが、「あそこまで私はプーチンの下僕であると、世間にはっきりと見せたではないか」と言う必要があるほど大きな動きが、背後にあるという仮説も成り立たないでもない。
必ず背後で、NATO加盟国や、欧州の国々との交渉は行われているはずだ。
あまり知られていないが、ベラルーシはNATOの一機関である「欧州・大西洋パートナーシップ理事会」のメンバーである。だからNATOに使節団がいる。
今まで、実践的な協力が行われてきた。例えば、市民への備え、科学協力、平和支援活動、さらには言語訓練や軍事教育などの分野である。
しかも、NATOから助成金も受けていた。「平和と安全保障のための科学プログラム(SPS)」で、約40の協力活動で資金を受け取ってきたのだ。チェルノブイリ関連のリスク評価研究を行ったり、共同プロジェクトでは、ベラルーシ国内の約70万個の対人地雷の破壊に成功した。
これらの協力関係が崩れ出したのは、前述したように、ルカシェンコが市民の抗議デモを武力で潰し、米欧の制裁を受けだした2020年以降である。
そのためNATO側は、昨年11月には、NATOとベラルーシの間の文民・軍事両面のすべての実務的協力は、停止している。ただし「必要に応じて対話を維持しつつ」という文言つきであり、断絶したわけではない。
それに、停戦協定は二度も、ベラルーシの首都ミンスクで行われたことを忘れないでいたいと思う。それだけパイプもあるということだ。
ロシアの報道で引用されたベラルーシの情報源は、両国の「連合」は、最大で7年かかる可能性があるという。まだ専門知識が必要な領域の段階だからという理由である。
識者によると、ベラルーシには、華々しく発表された合意を潰すノウハウがあるということだ。大方は絶望的な情勢だが、かすかな希望は捨てずに状況を注視したい。
※追記 ベラルーシ国防相は20日、同国での「演習」を継続すると発表した。北京オリンピックが終わり、これからまだ緊張は続く。ただ、ロシア軍の同国内の存在は、2月27日の国民投票に向けて、ベラルーシ市民を威圧する目的もあるのではないか。
逆に言うのなら、もしプーチンがルカシェンコの立場を大切に思っているのなら、少なくとも27日の国民投票が無事に終わるまでは、侵攻はないとの仮説が成り立つ。
でも、ぐずぐずしていると、凍土が溶け出して、悪名高いぬかるみになってしまう。そのように時間稼ぎをするのは、米欧側の作戦の一つかもしれない。