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パレスチナ:ガザ地区の住民は薪に頼る

髙岡豊中東の専門家(こぶた総合研究所代表)
(写真:ロイター/アフロ)

 紛争や世界的な燃料・食糧価格の高騰により、色々なところで困窮する人々が後を絶たない。そうした人々を取材したり、彼らの窮状を訴えたりする報道の活動も全部にまで手が回らないようで、困窮が慢性化して改善の目途も抜本的な支援の道筋も立たないところについての情報の発信は後回しにされがちなようだ。パレスチナ、特にガザ地区の住民の状況も、そのようにして今やほとんど顧みられなくなった。しかし、情報が流通しないということは問題が消滅したとか解決したとかを意味するのではなく、むしろ誰からも気にかけられることもないまま多数の者が苦しみ続けているともいえる。最近のガザ地区の人民の生活について、2023年1月5日付『シャルク・ル・アウサト』(サウジ資本の汎アラブ紙)がロイターを基にして状況が改善するどころか悪化の一途をたどっていることを示す記事を掲載した

 上記の記事は、「ガザ地区の住民は燃料価格の急上昇の中で薪に頼る」とのタイトルで、住民が暖房どころか日々の煮炊きで薪を利用するようになったと報じている。記事によると、ガザ地区では1日あたり8時間かそれ以上停電し、家庭用のガスボンベ(12リットル)の価格は2021年の1缶18ドルから2022年に同20.5ドルに値上がりした。その結果、薪(1キログラム当たり0.28ドル)の需要が増加しているそうだ。こうした薪を、1日5kgほど必要とする家庭もあるらしい。

 ガザ地区の状況は、紛争の被害に苦しむシリアやイエメン、急激な経済悪化が進むレバノンに比べればずいぶん「マシ」のようにも見えるのだが、問題は事態がすっかり慢性化していることではないだろうか。ガザ地区については、2000年の「中東和平プロセス」の実質的な崩壊、2005年のイスラエルによる占領放棄、2007年のハマースによるガザ地区制圧、幾度か繰り返されたイスラエルによる大規模な攻撃をへて、陸・海・空の全てでヒトやモノの移動がイスラエルによって管理(≒封鎖)されるに至っている。その結果、今般話題となった燃料のような基礎的物資の供給もままならなくなり、それを受けて電力供給も思うに任せなくなっている。燃料などの物資の搬入については、カタル、UAEなどが援助しているが、これはイスラエルによる物資の搬入管理(≒封鎖)を解除することにつながる活動では全くない。2020年以来、UAEなどのアラブ諸国複数がイスラエルとの外交関係を樹立したが、これは各国が個別の利益を優先した結果「イスラエルと仲良くする方が得」と判断したからであり、「イスラエルとの外交交渉を通じて(アラブの同胞であるはずの)パレスチナ人民の権利を回復したり、生活水準を向上させたりするの」ためではない。実際に、イスラエルによるパレスチナへの攻撃や侵害行為があったとしても、大使の召還や経済的なパートナーシップの見直しや航空便の運航停止などの措置を繰り出すアラブの国は見当たらない。ガザ地区を「実行支配」しているはずのハマースについても、「イスラーム原理主義テロ組織」という勇ましい枕詞とは裏腹に、ガザ地区への「実効支配」の維持に汲々としてスポンサーを転々とする「フツーの政治運動」と化して久しい。

 幸いにして(?)ガザ地区にはシリアやイエメンと異なり、疫病の蔓延や飢餓の発生が起きない程度の援助が施されているようだ。とはいえ、これはあくまで「生かさず、殺さず」の範囲内でのことであり、ガザ地区の住民、ひいてはパレスチナ人民が自らの社会を自発的に変革・発展させる機会は着実に奪われて行っているといってよいだろう。

中東の専門家(こぶた総合研究所代表)

新潟県出身。早稲田大学教育学部 卒(1998年)、上智大学で博士号(地域研究)取得(2011年)。著書に『現代シリアの部族と政治・社会 : ユーフラテス河沿岸地域・ジャジーラ地域の部族の政治・社会的役割分析』三元社、『「イスラーム国」がわかる45のキーワード』明石書店、『「テロとの戦い」との闘い あるいはイスラーム過激派の変貌』東京外国語大学出版会、『シリア紛争と民兵』晃洋書房など。

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