地獄のIT・システム調達で悩む方への処方箋
初出:無料冊子「The調達2016」を短縮し掲載
「モノ買いの時代から、サービス調達の時代へ」。そういうフレーズがあてはまるくらい、情報システムの調達については近年その潮流を肌身で実感する。そこで、情報システム調達時代に何が重要なのか。当領域でもっとも有名な沢渡あまねさんに、「システム開発とシステム調達の潮流」を聞いた(聞き手・坂口孝則)。
――現在の企業の情報システムは、どのような形態が主流でしょうか。
企業の情報システムは、自社内にデータセンターを構えてアプリケーションを構築する「オンプレミス型」から、セールスフォースを筆頭とするクラウド(「SaaS」「PaaS「IaaS」などインターネットを介したITサービス)を利用する形態が主流になりつつある。
実際、2013年以降、企業内のデータセンターは緩やかながら床面積と数を減らしている。今後、情報システムを利用する「ユーザ企業」において、サーバやルータなどのハードウェア機器、ソフトウェアなどのライセンスを購入する機会は間違いなく減る。
――体制や人員はどうでしょうか。
調達担当者の体制や役割も変わりつつある。私が2008年まで勤務していた、国内自動車メーカーの情報システム調達チームの話。当時は、ハードウェア・ソフトウェアの調達担当者が6名、ITサービスの担当者は半分の3名の体制だった。それがいまでは逆転している。情報システムの調達組織の役割は、明らかに「モノ買いから、サービス調達へ」シフトしているのだ。
――現在の流れの中で、求められるスキルはなんでしょうか。
私は、任天堂の「3DS」よろしく、そのスキルを「3SD」と称して説明している。3つのSと1つのD。これからは、この4つの管理スキルが求められる。
――「3SD」とはなんでしょうか。
情報システムの調達担当者に求められる「3SD」とは次の通りだ。
●Service Level Management:サービスレベル管理
●Stakeholder Management:ステークホルダー管理
●Security Management:セキュリティ管理
●Demand Management:要求管理。
――この一番目のService Level Management:サービスレベル管理とは?
基幹システムのソフトウェアベンダ大手、SAP社は「クラウドファースト」を掲げ、オンプレミス型のライセンス販売からクラウド型のサービス提供に重点を置きつつある。
IDC Japanの調査によると、2015年の国内パブリッククラウドサービス市場は、2014年比29.5%増の2,516億円の見込み、2019年には5,404億円になると予測されている。
サービスとしてのIT。これを適切に調達するには、サービスレベル管理の考え方とスキルが要求される。具体的には、ベンダに要求するサービスレベルを定義し、SLA(サービスレベルアグリーメント)をベンダと合意し、サービス利用開始後にそのSLAが守られているかを評価する必要がある。
サービスレベルとは、ITサービスの提供条件、品質目標、ベンダとユーザ企業の役割・責任などを定めたレベル。サービスレベル管理とは、ベンダがサービスレベルを達成できるようにするための一連の活動。SLA(サービスレベルアグリーメント)とは、ベンダとユーザ企業との間で締結する、サービスレベルの合意文書。
ITサービスの調達担当者は、SLAを策定するとともに、SLAで決めたサービスレベルの達成状況をベンダに測定させ→報告させ→評価して→問題があれば改善を検討する必要がある。
これまでのハードウェア、ソフトウェアの調達のように「買っておしまい」ではなく、「買った後」の継続的なサービス提供状況の把握とコントロールこそが重要なのだ。モノ買いとサービス利用との大きな違いである。
――二番目のStakeholder Management:ステークホルダー管理について教えてください。
「情報システム部だけを見て仕事するべからず」ということだ。
ITがモノ買いからサービス利用にシフトする中で、見逃せない変化がもう1つある。それはシステムの導入部門(予算部門)の変化である。
企業で、情報システムの導入元・予算元となるのはどこだろうか。多くの企業では「情報システム部」が予算を持ち、導入と管理を担っているであろう。情報システムの調達担当者は、情報システム部さえマークしておけば、コスト削減機会の取りっぱぐれはないはずだ。
ところが、この構造が今変わってきている。一言でいうと、企業における「脱情報システム部」の流れが加速しつつあるのだ。
ユーザ部門、すなわち情報システム以外の部門(営業、人事、広報、生産、購買など)が独自にIT予算を持つ企業は3割強。その割合は増加傾向にあるとしたレポートだ。
セールスフォースなどサービスとしてのITを利用する場合、これまでのように情報システム部のSE(システムエンジニア)が要件定義をして、設計をして、アプリケーションの開発やテストをする(させる)必要がなくなる。これからは、ユーザ部門が情報システム部を介さずに直接ベンダとやり取りし、ITサービスを利用するケースが増えるはずだ。最近「SEは死滅する」なる過激なタイトルの書籍が出回っているが、なるほど現実味を帯びてきている。
IT予算の財布が、CIO(Chief Information Officer=最高情報責任者)からCMO(Chief Marketing Officer)などのユーザ部門長へ。その時、情報システム部の財布だけを見張っていたのでは、調達担当者はコスト削減機会を逸することになる。これは調達部門の死活問題だ。
私は一昨年前まで製薬会社で情報システムの調達を担当していた。ある年、情報システム部のIT予算が大きく減った。調達案件も激減。なにがあったのかとよくよく話を聞いてみると、マーケティングや開発などのユーザ部門が独自に予算を持ってITサービスを利用するようになっていたのだ。慌てて、各部門のIT担当者にヒアリングをし、次年度のIT投資計画を把握して事なきを得た。この変化が大企業を中心に起こっている。情報システム部の役割は、全社のセキュリティポリシーの策定と監視、ガバナンス強化などがメインになり、ITのサービス選定や管理はユーザ部門に任されつつある。
今後、情報システムの調達担当者は、情報システム部のみならず各部門の担当者と連携を密にし、コスト削減機会を逃さないようにしなければならない。いわば、ステークホルダーの特定と管理が求められるのだ。
厄介なのが、時にユーザ部門は自分たちが情報システムを利用している意識がないことだ。たとえば、マーケティング部門が販売促進のためのデータやサービスを利用している場合、ベンダへの支払いは「販売促進費」として処理され、情報システム費として扱われていないケースもある。購買担当者が、各部門の支出データの勘定科目だけを見てITサービスの利用有無を判断している場合、見落としてしまう。部門とのコミュニケーションがいよいよ重要だ。
――ありがとうございました。また次回、続きを教えてください。
初出:無料冊子「The調達2016」を短縮し掲載
沢渡あまね(さわたり・あまね)
あまねキャリア工房代表。1975年生まれ。日産自動車、NTTデータ、大手製薬会社などを経て2014年に秋に現職。ITアウトソーシングマネジメント・ITサービスマネジメントが専門。経験したRFPは約300。NTTデータではITサービスマネジャーとして社内外のサービスデスクやヘルプデスクの立ち上げ・BPO(ビジネスプロセスアウトソーシング)も手がける。
■著書
「新人ガールITIL使って業務プロセス改善します!」(C&R研究所)
「新米主任 ITIL使ってチーム改善します!」(C&R研究所) ほか
■あまねキャリア工房