Yahoo!ニュース

クジラは「マイクロプラスチック」をどれくらい飲み込んでいるのか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:イメージマート)

 いわゆるマイクロプラスチックの環境汚染が深刻化しつつあるが、生態系への影響も強く危惧されている。プランクトンや小魚が含まれる海水を濾過し、捕食する大型魚類やクジラ類は、マイクロプラスチックも同時に摂取していると考えられているが、これはどれくらいの量になるのだろうか。

有害汚染物質を吸収、吸着するマイクロプラスチック

 5ミリメートル以下の小さなプラスチックをマイクロプラスチックというが、これは製造段階でペレット状にされたプラスチックや環境中へ投棄されたプラスチック製品が物理的に破断されたり紫外線によって砕かれたりして微細になった物質のことだ。マイクロプラスチックは小さな断片だが、フィルム、粒子、繊維など様々な形状になっている。

 マイクロプラスチックは、ペットボトル、食品容器、レジ袋、自動車部品、家電製品、コンタクトレンズ、DVDやCDケース、フリースなどの化繊衣料、スマホやPC製品といった製品を構成するポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリエチレン、塩化ビニル樹脂、ポリスチレンなどに由来する。また、世界的なコロナ禍もあり、テイクアウトなどの食品容器やマスク、医療用手袋などの廃プラスチックゴミが増加し、それにともなって環境中のマイクロプラスチックも増えているのではないかと考えられている(※1)。

 マイクロプラスチック自体にも毒性のある添加剤が含まれ、また環境中で重金属やダイオキシンやPCB(ポリ塩化ビフェニル)、DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン、残留農薬)などの有機汚染物質を吸着するので、マイクロプラスチックは強い毒性と大きな環境影響を持つ。さらに、生態系で小さな生物からそれを捕食する大きな生物へマイクロプラスチック由来の毒性が蓄積、濃縮され、最終的には我々ヒトを汚染する(※2)。

クジラは1日1000万個のマイクロプラスチックを飲み込む

 海洋生物についてのこれまでの研究によれば、生態系の頂点に位置するクジラ類やサメなどもまた大量のプラスチックゴミやマイクロプラスチックを飲み込んでいることがわかっている。例えば、フィリピン近海のジンベエザメの糞を調べた研究では、1回ごとの糞に平均2.8グラムのマイクロプラスチックが含まれていたという(※3)。

 また、大型海洋生物の多くは、海水を飲み込んで海水中に含まれるプランクトンやオキアミ、小魚などを濾過して摂取する。クジラ類はイルカやマッコウクジラなどのハクジラの仲間と、濾過摂取するヒゲクジラの仲間に分けられ、さらにヒゲクジラは、主にオキアミを食べるナガスクジラなどと主に小魚を食べるザトウクジラなどに分けられる。そして、大量のオキアミや小魚を摂取するヒゲクジラで、特にマイクロプラスチックのリスクが高いと考えられてきた(※4)。

 海水中に含まれるマイクロプラスチックの量と、ヒゲクジラが海水を飲み込む量や採餌行動などから、ヒゲクジラがどれくらいのマイクロプラスチックを摂取しているのかを調べた研究によれば、オキアミを食べるシロナガスクジラで1日約1000万個のマイクロプラスチックを摂取し、小魚を食べるザトウクジラで1日約20万個のマイクロプラスチックを摂取している可能性があるという(※5)。この論文を発表した研究グループは、これらの大型クジラ類が大量のマイクロプラスチックを飲み込むことで、生存率や繁殖率に悪影響が出るのではないかと危惧している。

我々の血液にもマイクロプラスチックが

 では、摂取した生物に対し、マイクロプラスチックはどれくらい悪影響を及ぼすのだろうか。

 前述した通り、プラスチック製品には製造段階で、PCB(脂質に蓄積される。現在は製造や輸入が禁止)、芳香族炭化水素(発がん性、催奇性などがあるものも)、アルキルフェノール類(内分泌攪乱物質、環境ホルモンの疑い)、ビスフェノールA(胎児への毒性の疑い)などの毒性の高い物質が添加され、さらに水をはじく性質と表面積が大きいため、環境中に長く滞留するこれらの有害汚染物質を高濃度に吸収、吸着する(※6)。

 また、マイクロプラスチックが紫外線、物理的な力、温度変化などによって表面の状態が変化したり酸化が進むことで、表面に微小な亀裂が生じ、マイクロプラスチックの有害汚染物質の吸収、吸着が複雑化すると指摘されている(※7)。

マイクロプラスチックが有害汚染物質を吸収、吸着するメカニズム。中心のMPsがマイクロプラスチック、紫のドットが有害汚染物質、六角形が芳香族炭化水素。Hydrogen bonding(水素結合)、Van der Waals forces(ファンデルワールス力=分子間力)、Halogen bonding(ハロゲン結合)、Partition effect(分配効果、ファンデルワールス力の一種。生体濃縮に関係)、Electrostatic attraction(静電引力)、Hydrophobic interaction(疎水性相互作用、水をはじく性質同士が集まる作用)、π-π interaction(π-π相互作用、芳香族炭化水素同士の相互作用)などによる。Via:Lina Fu, et al.,
マイクロプラスチックが有害汚染物質を吸収、吸着するメカニズム。中心のMPsがマイクロプラスチック、紫のドットが有害汚染物質、六角形が芳香族炭化水素。Hydrogen bonding(水素結合)、Van der Waals forces(ファンデルワールス力=分子間力)、Halogen bonding(ハロゲン結合)、Partition effect(分配効果、ファンデルワールス力の一種。生体濃縮に関係)、Electrostatic attraction(静電引力)、Hydrophobic interaction(疎水性相互作用、水をはじく性質同士が集まる作用)、π-π interaction(π-π相互作用、芳香族炭化水素同士の相互作用)などによる。Via:Lina Fu, et al., "Adsoption behavior of organic pollutants on microplastics" Ecotoxicology and Environmental Safety, Vol.217, 112207, 1, July, 2021

 マイクロプラスチックは、我々が日常的に摂取する水、ソフトドリンク、ビール、ワイン、牛乳、魚介類、肉類、野菜、塩、砂糖などに含まれている(※8)。そして、これらのマイクロプラスチックは、消化器官、呼吸器などから体内へ入り、細胞膜をも通過してPCBなどの有害汚染物質が蓄積する危険性がある。

 実際、マイクロプラスチックは我々の血液や肝臓の中からも発見されており、マイクロプラスチックが吸収、吸着した有害汚染物質も取り込んでいると考えられる(※9)。例えば、コンデンサーや変圧器など多種多様な製品に使われてきたPCBは世界各国でその製造、使用、輸出入が禁止になっているが(※10)、過去に流出したPCBは分解されず、環境中にまだ大量に残っている。

 そして、PCBは油に溶けやすい脂溶性があるため、我々の脂肪からも見つかっている(※11)。我々が取り込んだPCBには、生態系で濃縮されたものを含め、ごく微量だとしてもマイクロプラスチック由来のものがあると考えられる(※12)。

 これらからマイクロプラスチックは、我々ヒトの健康にも悪影響をおよぼすリスクがある。そのためより詳しい研究と調査、環境中のマイクロプラスチックの回収、完全に分解するプラスチックなどの技術開発、これ以上の汚染を拡大させないためのガバナンスの強化などが求められている(※13)。

※1:Ana L. Patricio Silva, et al., "Increased plastic pollution due to COVID-19 pandemic: Challenges and recommendations" Chemical Engineering Journal, Vol.405, 1, February, 2021

※2-1:Peter G. Ryan, "Ingestion of Plastics by Marine Organisms" The Handbook of Environmental Chemistry, doi:10.1007/698_2016_21, 12, August, 2016

※2-2:Leslie B. Hart, et al., "Urinary Phthalate Metabolites in Common Bottlenose Dolphins (Tursiops truncatus) from Sarasota Bay, FL, USA." GeoHealth, doi.org/10.1029/2018GH000146, 2018

※2-3:Kuddithamby Gunaalan, et al., "The hidden threat of plastic leachates: A critical review on their impacts on aquatic organisms" Water Research, Vol.184, 116170, 12, July, 2020

※2-4:Yuanqiang Tang, et al., "A review: Research progress on microplastic pollutants in aquatic environment" Science of The Total Environment, Vol.766, 20, April, 2021

※3:Mila Mi Hua Yong, et al., "Microplastics in fecal samples of whale sharks (Rhincodon typus) and from surface water in the Philippines" Microplastics and Nanoplastics, Vol.1, Article number:17, 26, September, 2021

※4:Elitza S. Germanov, et al., "Microplastic: No Small Problem for Filter-Feeding Megafauna" Trends in Ecology & Evolution, Vol.33, Issue4, 227-232, April, 2018

※5:S R. Kahane-Rapport, et al., "Field measurements reveal exposure risk to microplastic ingestion by filter-feeding megafauna" nature communications, Vol.13, 6327, 1, November, 2022

※6-1:Emma L. Teuten, et al., "Transport and release of chemicals from plastics to the environment and to wildlife" PHILOSOPHICAL TRANSACTIONS OF THE ROYAL SOCIETY B, Vol.364, Issue15,26, 27, July 2009

※6-2:Bee Geok Yeo, et al., "PCBs and PBDEs in microplastic particles and zooplankton in open water in the Pacific Ocean and around the coast of Japan" Marine Pollution Bulletin, Vol.151, 110806, February, 2020

※6-3:Lina Fu, et al., "Adsorption behavior of organic pollutants on microplastics" Ecotoxicology and Environmental Safety, Vol.217, 112207, 1, July, 2021

※7:Hongwei Luo, et al., "Environmental behaviors of microplastics in aquatic systems: A systematic review on degradation, adsorption, toxicity and biofilm under aging conditions" Journal of Hazardous Materials, Vol.423, Part A, 5, February, 2022

※8-1:Erik R. Zettler, et al., "Life in the “Plastisphere”: Microbial Communities on Plastic Marine Debris." Environmental Science & Technology, Vol.47(13), 7137-7146, 2013

※8-2:Giulia Rossi, et al., "Polystyrene Nanoparticles Perturb Lipid Membranes." The Journal of Physical Chemistry Letters, Vol.5(1), 241-246, 2014

※8-3:Amy Lusher, "Microplastics in the Marine Environment: Distribution, Interactions and Effects." Marine Anthropogenic Litter, 245-307, 2015

※8-4:Mary Kosuth, et al., "Anthropogenic contamination of tap water, beer, and sea salt." PLOS ONE, doi.org/10.1371/journal.pone.0194970, 2018

※8-5:Kornelia Kadac-Czapska, et al., "Food and human safety: the impact of microplastics" Critical Reviews in Food Science and Nutrition, doi.org/10.1080/10408398.2022.2132212, 17, October, 2022

※9-1:Heather A. Leslie, et al., "Discovery and quantification of plastic particle pollution in human blood" Environment International, Vol.163, 19, 2022

※9-2:Thomas Horvatitis, et al., "Microplastics detected in cirrhotic liver tissue" eBioMedicine, Vol.82, 104147, August, 2022

※10:POPs条約(残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約)、世界183の国と地域が締結。2004年5月17日に発効。

※11:A. Vijaya Bhaskar Reddy, et al., "Polychlorinated biphenyls (PCBs) in the environment: Recent updates on sampling, pretreatment, cleanup technologies and their analysis" Chemical Engineering Journal, Vol.358, 1186-1207, 15, February, 2019

※12:Madeleine Smith, et al., "Microplastics in Seafood and the Implications for Human Health" Current Environmental Health Reports, Vol.5, 375-386, 16, August, 2018

※13:Wi Yang, et al., "Environmental health impacts of microplastics exposure on structural organization levels in the human body" Science of The Total Environment, Vol.825, 154025, 15, June, 2022

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

石田雅彦の最近の記事