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貸し切りバスにチャイルドシートは取り付けられるか? 〜子どもの安全な移動について考える〜

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 交通事故は、事故の中でも頻度や重症度が高い事故である。国連も、交通事故の予防に積極的に取り組むよう世界に呼びかけており、もちろん、わが国でもいろいろな交通事故対策が展開されている。

 最近、Safe Kids Japan事務局の太田 由紀枝さんから貸し切りバスのチャイルドシートのことについて情報提供があった。ヨーロッパの人の意識の高さにびっくりすると同時に、わが国でも同様な考えが必要だと思った。そこで、今回の経緯について、太田さんに書いていただいた。

ヨーロッパの人から送られてきたメール

 2019年7月、東京・お台場で、ある国際学会が開かれた。開催前に、その企画・運営に携わっていた知人から、「ヨーロッパ某国の参加者からこういうメールが来たのだが、どうしたらいいだろうか?」という相談があった。

貸し切りバスにチャイルドシートは取り付けられるか?

 そのメールの内容はこういうものだ。

 「10か月の子どもを国際学会に帯同します。見学時に貸し切りバスに乗ることになっていますが、そのバスにチャイルドシートは付いていますか?ベビーカーは持参しますが、チャイルドシートは持参できません。お忙しいところ申し訳ないのですが、非常に重要な問題なのでお尋ねする次第です」

 日本の道路交通法では、6歳未満の乳幼児はチャイルドシートに座らせることが義務付けられている。

道路交通法第71条の3第3項

自動車の運転者は、幼児用補助装置(幼児を乗車させる際、座席ベルトに代わる機能を果たさせるため座席に固定して用いる補助装置であって、道路運送車両法第三章及びこれに基づく命令の規定に適合し、かつ、幼児の発育の程度に応じた形状を有するものをいう。以下この項において同じ)を使用しない幼児を乗車させて自動車を運転してはならない。ただし、疾病のため幼児用補助装置を使用させることが療養上適当でない幼児を乗車させるとき、その他政令で定めるやむを得ない理由があるときは、この限りでない。

 「ただし、その他政令で定めるやむを得ない理由があるときは、この限りではない」とあるように、バスやタクシー等の公共交通機関、またいわゆる「幼稚園バス」はチャイルドシートの使用が免除とされている。それが日本の現状であるので、本来であればメールを送ってきた人にはその旨回答すれば済むのだが、何らかの解決策があればそれを紹介したいと考え、まず利用予定のバス会社に問い合わせてみた。しかし上記道路交通法で免除されているので、バス車内でチャイルドシートを使用する想定はしていない、チャイルドシートを取り付けられるバスはないとのことだった。

 次にチャイルドシートのメーカーに問い合わせてみた。こちらもやはり同じ理由で、バスの座席に取り付けられるタイプのチャイルドシートは製造していないとのことだった。

 それではタクシーはどうだろうか。「一般社団法人 全国子育てタクシー協会」に加盟しているタクシー会社に問い合わせてみた。このタクシー会社は予約時に子どもの情報(身長、体重、年齢など)を伝えると、その子どもの身体に合ったチャイルドシートを取り付けて自宅やホテル等指定の場所に迎えに来てくれる。この方法であれば子どもと共に安全に移動することができるが、東京・お台場のホテルから見学先のあるエリアまでの往復に加え、見学時に待機する料金を合計すると、概算で8万円程度かかるという。貸し切りバスを利用する場合の費用は8千円なので、10倍である。

 知人には上記の理由を説明し、「『コストはかかりますが、もっとも安全なのは子育てタクシーを利用することです』と伝えてほしい」と回答した。知人が早速その旨をヨーロッパ某国の参加者に伝えたところ、その参加者から「それでは見学先の最寄り駅まで電車で行き、そこから『子育てタクシー』を利用します」という回答があったという。不慣れな土地で、しかも小さな子どもを連れての電車移動は大変だと思うが、「それでは仕方がないので、子どもをしっかり抱っこして貸し切りバスに乗ります」ではなく、子どもの安全を第一に考えるその姿勢に驚いた。

東京オリンピック・パラリンピック開催時、「子どもの安全な移動」は確保されるか?

 この学会は参加者1,000人程度の規模だったそうだが、1年後に開催される東京オリンピック・パラリンピックでは、この何十倍、いや、何百倍という人が東京に来ることになるだろう。そして同様の問い合わせ(観光バスにチャイルドシートは付いていますか?タクシーはどうですか?)もあるはずだ。

 その時、東京都は、警視庁は、組織委員会は、どのように回答するのだろうか。「日本ではタクシーやバスはチャイルドシートの使用免除になっているので、使わなくても問題ありませんよ」と説明するのだろうか。もし、「そうかもしれませんが、子どもの安全を考えるとチャイルドシートを使用せずに乗車することはできません」と言われたらどうするのだろう。今回のように、タクシーやバス以外の交通機関を使ってくださいと言うのだろうか。

 今、タクシーには「全席シートベルト着用」と書かれたステッカーが貼られ、空港バスや高速バスでも「シートベルトをお締めください」とアナウンスされている。大人はそれで安全を確保することができるが、子どもはどうしたらいいのだろうか。

アメリカで利用してみた"Uber"

 ところで、私たちは7月中旬から一週間、Safe Kids Worldwideの会議に出席するため、アメリカ・ワシントンD.C.を訪れた。空港からワシントン市内の会場まではクルマで40〜50分ほどかかる。前回は予約制のシャトルバスを利用したが、今回は自動車配車サービス「Uber」を使ってみることにした。

 すでにご存じの方も多いと思うが、Uberを利用する際は、あらかじめスマートフォンにダウンロードしておいたアプリを開き、行き先、乗車人数、車種、ドライバー、車いすやチャイルドシートの要不要(「要」の場合は利用者の情報)、カープール(乗合)の可否等を選択、料金を確認して登録しておいたクレジットカードで支払いをする。そうすると「●分後に●●というドライバーが●●にお迎えに行きます。車種は●●、車両番号は●●です」というメッセージが送られてくるので、指定の場所で待っていると、ほどなくしてそのクルマが現れるという仕組みである。

 今回は「状態の良い中型セダン、評価の高いドライバー、カープール可」を選択し、指定の場所で待っていると、数分後に当該車両がやってきた。アジア系の若い男性も一緒に乗り込み、ワシントン市内へと向かう。ドライバーはアフリカ系の男性、修士課程の学生だそうで、大変丁寧な運転であった。夏休みの間、Uberのドライバーとして働いているそうだ。途中、同乗していた男性が下車、さらに別の場所でアメリカ人の女性が乗り込んできて、ホワイトハウスの北東エリアにある会場に到着したのは45分後。料金は41ドルであった。

 下車と同時にUberから「今回の乗車はいかがでしたか?評価をお願いします」「領収書はあなたのメールアドレスに送りました」というメッセージが来る。事前にチャイルドシート利用を選択できる、下車直後にドライバーの評価をすることができるというその仕組みに驚いた。

 日本でもUberが利用できるエリアは拡大しつつあるが、タクシーに比べると車両の台数も少なく、まだまだ一般的とは言えない。しかし「子どもの安全」という視点で考えた場合、直前の予約でもチャイルドシートの使用をリクエストすることができるUberは大変優良なサービスであると言える。上記の「子育てタクシー」と共にどんどん普及してほしい。

 以上である。今回私も初めてUberを利用し、その利便性に加え、乗客ひとりひとりの事情や要望に応じられる点に感銘を受けた。

 Safe Kids Japanでもさまざまな事業者と共にタクシーにチャイルドシートを搭載するプロジェクトを進めているが、数々の障壁にぶつかってなかなか前に進まない。しかしこれも実際にプロジェクトを始めてみなければわからなかったことで、難航はしているが、この課題に取り組んでみてよかったと考えている。

 東京オリンピック・パラリンピックの開催まであと1年。この一大イベントを機に、日本における「子どもの安全な移動」についても大きな変革を実現しなければならない。諦めずにプロジェクトを進めていくことをあらためて決意している次第である。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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