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むしろ地方こそテレワーク!組織変革の専門家に聞く、地方の企業の逆転戦略

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
(提供:イメージマート)

前回の記事では、ガソリン代の高騰を受けて車通勤が多い地域でテレワーク意向が高まる傾向や、車通勤を控えることによるCO2排出削減効果についてお伝えしました。

それに加えて、テレワークは企業の競争力向上や働く人のウェルビーイングももたらすと指摘するのが、ワークスタイルと組織開発の専門家である沢渡あまねさんです。

沢渡さんは静岡県浜松市を本拠地としながら、全国各地の企業や自治体のマネジメント改革、ワークスタイル改革を支援されています。地方ならではの事情をよく知る沢渡さんに、車での”痛勤“を始めとする旧態依然とした働き方が変わらない理由、それを脱する必要性とその方法について伺いました。

沢渡あまねさん (写真提供:沢渡さん)
沢渡あまねさん (写真提供:沢渡さん)

朝の交通渋滞に嫌気が差し、毎日出勤するのをやめた

ーー 今日は、実際に地方に住んでいらっしゃる沢渡さんに、地方の働き方の問題を客観的かつ批判的に語っていただきたいと思います。よろしくお願いします。

よろしくお願いします。

ーー 普段は浜松市内で生活しているのですか?

はい。2019年から東京と浜松での多拠点生活を始め、現在は浜松から静岡県西部を中心に、全国に向けて組織開発やワークスタイル変革の顧問、アドバイザー、作家活動を展開しています。

実は私、浜松市内でも多拠点で仕事をしているんですよ。まず、浜松市の市街地に自分の会社のオフィスとして利用しているシェアオフィス、さらに顧問先の企業のオフィスがあります。そしてこの4月から、三ヶ日(みっかび)というミカンが有名な奥浜名湖のエリアに「三ヶ日ワーケーションオフィス」という新たな拠点を構えました。ワーケーションという新しい働き方を自ら実践しながら普及していきたい思いもあり、その施設をつくったんです。それ以来、同じ浜松の中でも都市部と中山間地域とを行き来しながら仕事をしています。

浜名湖を望む「三ヶ日ワーケーションオフィス」でオンライントークイベントの配信を行ったときの様子。右から沢渡さん、西舘聖哉さん、石山恒貴さん、伊達洋駆さん(写真提供:沢渡さん)
浜名湖を望む「三ヶ日ワーケーションオフィス」でオンライントークイベントの配信を行ったときの様子。右から沢渡さん、西舘聖哉さん、石山恒貴さん、伊達洋駆さん(写真提供:沢渡さん)

ーー 仕事の内容によって場所を変えているのですか?

それもありますが、街中のひどい通勤渋滞に嫌気がさし、毎日出勤するのをやめたんです。都市部のオフィスには月に数回程度、必要なときだけ混まない時間に出向くようにしています。

ーー そんなに渋滞するんですか?

はい。浜松の街にアクセスしている鉄道路線は、東西に東海道新幹線と東海道線、南北に遠州鉄道があるのみ。鉄道を利用できる地域はごく一部に限定されます。多くの人が、車やオートバイや自転車、あるいはバスで通勤・通学している。そんな、80万弱の人口を抱えるクルマ社会の割には道路インフラが脆弱で、地下バイパスや立体交差も少なくほぼ平面交差。日中なら20分で行けるところが朝は1時間かかったりします。浜松は、お世辞にも道路設計や信号機の設定などが得意とは言えない、というかお粗末すぎる。そういう状況だから、交通事故も多発しています(※)。

※筆者注 … 浜松市は2020年の人口10万人当たりの交通人身事故件数が政令指定都市で12年連続のワースト1位、2位は静岡市だった(浜松市交通事故防止対策会議の発表より)。

この状態がいっこうに解消されないため、私は正直、最近は「浜松への移住をお薦めします」とは胸を張って言えなくなっています。だってそうですよね。住む場所にもよりますが、毎朝毎晩30分も1時間も渋滞で無駄に時間を溶かされる都市を、他地域の人にお薦めできるわけがないです。

とはいえ、少子高齢化に向かう今の時代にバイパス道路をたくさん作るというのも非現実的です。解決していくには、できる職種からでもテレワークや時差出勤をする、そのために仕事のデジタル化を進めていく、ということしかないと思います。

「市内のテレワーク実施企業は5%未満」の背景にあるもの

ーー 浜松市は自動車や楽器など製造業が盛んですよね。「リモートじゃモノづくりはできない」と考えている企業も多いのでは?

そうなんですよ。そこに大きな問題があるんです。今年、ある企業が浜松市内の売上高5億円以上の企業を対象にアンケート調査をしたのですが、有効回答を寄せた101社のうち、「テレワークを実施している」という企業はたったの5社でした。「一部導入」という企業が19社あったのですが、その中身をヒアリングしてみると、チャットツールを使ったりやドキュメントをクラウド化しているという程度にとどまり、定常的にテレワークをしているとは言い難い状況だと分かったそうです。

ーー テレワーク実施企業は5%未満ということですね。やはり製造業が多いからでしょうか。

回答企業の約半数が製造業でした。でも、厳しい言い方をすれば「製造業だから」とか「中小企業だから」、「地方だから」といってテレワークできないのは、集団思考停止している状態です。私の知っている企業でも、製造業や飲食業で、職種ごとにテレワークを取り入れて成果を上げたり、良い人材を獲得できている企業はいくらでもあります。

さらに根強いのが、みんなが同じ働き方をしなければ「不公平だ」という考え方ですね。現場の仕事がある会社でバックオフィスの人だけがテレワークをする、といったことが許されないんです。長時間の通勤は誰だってキツイはずですが、「みんなで苦しんで当たり前、あなただけテレワークで出勤しないのはズルい」みたいな話になる。過去の常識に囚われた同調圧力が強いという問題が大きいですね。

現場の仕事が不可欠な会社でも取り入れるべき「2つのハイブリッド」

ーー 先日ホンダが、「原則出社」の方針を打ち出して話題になりました。たしかに現場に出向くことが大事な業務もありますが、だからといってテレワークをゼロにするというのは極端です。

日本人はデジタルのゼロイチの世界が苦手なくせに、物事の善し悪しに関してはゼロイチで考えたがるのが不思議ですよね。部分的に取り入れるとか、ハイブリッドなやり方で良いと思うんですけど(苦笑)。

ーー 多くの会社では、「出社とテレワークのハイブリッド」が現実的な選択肢になりますよね。

僕は2つのハイブリッドを取り入れるべきだと考えています。ひとつは、個々の社員が出社とテレワークをうまく組み合わせて価値を出していく、というハイブリッドです。

そしてもうひとつが、同じ会社の中で出社する人とテレワークをする人がいる、というハイブリッドです。例えば製造現場と事務職と研究部門では、価値が出せる働き方というのが違って当然ですよね。職種ごとにプロとして成果を出せる「勝ちパターン」が違って当然。それなのに、同じ会社だからと言ってすべて製造現場のやり方に統一させるのはちょっと乱暴ではないでしょうか。

そこで「一部の人だけテレワークできるのは不公平だ」と言い出すからおかしなことになる。そんな横並び主義にはまるで説得力がなくて、「そんなやり方で、生産性は上がりますか? プロが育ちますか? 採用力や地域の稼ぐ力が上がってますか?」という話なんです。

同じ会社の中でも職種単位でそれぞれの勝ちパターンを見つけて、「違うやり方で、同じゴールを目指してお互い頑張ろう」という働き方を許容し、一律主義からの卒業を目指していかないと、地域の企業の衰退は避けられません。社内の不公平感は手当で解消し、部分的にテレワークを取り入れて成果を出している東北地方の土木建築業の企業も、私は知っています。

ーー 100%テレワークは難しくても、社内のできる業務からテレワークにしていこうということですね。それができると、浜松の場合はどれくらい出勤者が減るでしょう?

製造業が優位のこの地域でも、3割は減るんじゃないですか? 事務であればリモートでやりやすいですし、製造現場の設備管理も、機械にモニタリングツールを付けることで、何かあったときだけ駆けつければ済むようになったという話もあります。建築現場でも、スマートフォンやタブレットとクラウドサービスの組み合わせで、現場にいる時間を短縮しながら質の高い仕事ができるようになってきています。ずっと現場に張り付いていなくてもできることが増えているんです。

ーー それをできるようにするには、IT投資や業務プロセスの見直しが必要です。それでもやる価値があると?

そうです。少し別の観点からお話しすると、テレワークを取り入れている会社は、求人における人気も高まっています。私の周囲の企業さんにヒアリングしても、フルリモートあるいは一部リモートで働ける企業は、そうでなかったときと比べて2〜4倍の応募が来るようになっています。

ーー 応募者は、渋滞を嫌ってテレワークを望んでいるのでしょうか?

通勤というものに疲弊しているのと、もうひとつ顕著なのは転勤族のパートナーがリモートという働き方を望んでいるということです。

浜松のような中核都市には転勤で来られる方も多いのですが、その家族が積極的に就業したい先がまだまだ少ない。そんな中、クラウドサービスなどを使った新しい働き方に積極的な一部の会社が、フルリモートで働ける環境を提供しています。そういうところなら成長性ややりがいのある仕事が期待できますし、再び配偶者の転勤があっても、その仕事を続けることができる。新しい土地で仕事を探す苦労や、キャリアが分断されてしまうリスクを避けることができるわけです。もちろん、地域の企業としても、社員の家族の転勤による離職リスクが低くなり安心ですね。

ーー なるほど。地方では、余所から来た人たちから新しい働き方が広がっていくのかもしれないですね。

そうです。そういう会社なら、全く違う地域の方にリモートで入ってもらって戦力化することもできます。古いやり方を続けている企業とは、どんどん差がついていきますよ。

同調圧力、古い価値観から生まれる負のスパイラル

ーー お話を伺っていると、地方の製造業や中小企業であってもテレワークを取り入れるメリットがたくさんあることが分かります。それでも普及しないのはなぜでしょうか?

先ほど触れた「みんなで苦しんで当たり前」という同調圧力がありますし、地方特有の古い価値観が邪魔をしているところもあります。

誤解のないように言っておくと、同じ浜松市内でも地域や人によって差がありますが……、ある地域では、男性会社員の方が昼間に家でテレワークをしていると、地域の目が痛いと言うんです。日中に自宅に車があると、「あのうちの旦那さん、失業したのでは?」といった噂を立てられると(苦笑)。

テレワークの話からは少しズレますが、知り合いの女性の経営者はフルリモートでバリバリ仕事をしていて、少しでも家事負担を軽減したいとフードデリバリーを度々頼んでいるそうです。そうすると、近所で「あの家の奥さんはちゃんと家事をしてない」と噂される……。

仕事に意欲的な人が、そんな地域に住みたいと思いますか? 働きたいと思いますか? 「だったら、東京に出ていくわ、地元には戻ってきたくない」となって当然です。

こういう田舎根性丸出しのマインドや無理解が、新しい働き方への変化を妨げているのも、地方ならではの問題だと思いますね。そのような考え方は古い、ダサイ、ひいては「だから過疎化する」のような声を個人個人があげていったり、地域の企業や行政などが中心となってマインドシフトを促す教育や啓蒙活動をしていくというのも、本気で関係人口を増やし、人口流出を防ぎたいのならばすべきことだと思います。

ーー 企業が変化することで、社会の見方も変わってきそうですが、経営者は変化の必要性に気づいていないのでしょうか? それとも、「うちは変わる必要がない」と思っている?

両方ありますね。ひとつは、新しい働き方を体験していないから気づかないということがあります。

東京や大阪などの大都市の企業は、Covid-19の影響でテレワークをせざるを得なかった。それがきっかけで、「テレワークでもっとやれるよね」とか「デジタルで地域を超えてつながれる」、「全国から良い人を採用できる」といったチャンスに気づいたわけです。一方、地方では幸いにもCovid-19の影響が小さかった。そこに経験の格差が生まれているんです。

ーー 気づいたときには、大きく差を付けられてしまっていると……。

そうです。働き方だけでなく、稼ぎ方そのものの差が広がってきています。

先ほど「集団思考停止」と言いましたが、「地方だから」「製造業だから」、「儲からなくて当然」「給料は安く、仕事は辛くて当然」「テレワークなんて関係ない」という風に思っているわけですよね。そうやって今まで通りのことを続けていくのが当然という意識では、新しいビジネスは生まれようがないという負のスパイラルが生じてしまいます。

これでは、いつまでたっても地域の産業や企業は下請け&言いなり構造、買い叩かれ構造、低利益で低収入の「低位安定」から脱することができず、生産性も、稼ぐ力も、関係人口を増やす力もつけることができません。税収も上がりません。実際に、浜松市を含む静岡県の生産性のスコアは全国でも最低レベル。由々しき状況です。そろそろ、脱思考停止していかないとまずいです。

「地方だから/製造業だから」といった集団思考停止が負のスパイラルを生み出していることを表す「地方都市/レガシー組織の問題地図」(出典:『新時代を生き抜く越境思考』(技術評論社))
「地方だから/製造業だから」といった集団思考停止が負のスパイラルを生み出していることを表す「地方都市/レガシー組織の問題地図」(出典:『新時代を生き抜く越境思考』(技術評論社))

ーー あとを任せられる人材がいないという事業承継の問題も、そこから生じているように感じます。

はい。それと、「うちは変化する必要がない」と考えている場合もありますね。今も元請けから仕事を請けられていて、目先のキャッシュも稼げているから、このままでいいんだと。そうして、低位安定の状態に甘んじてしまっている。

ーー 「大丈夫だ」と思っていたら、急にうまくいかなくなる可能性もありますね。

そうなんです。5年先、10年先もこのままいけますか? と。実際、現場の人に話を聞いてみると、特に他地域を経験したり、他地域から来た人は給料も上がらないし、考え方も古い、できることなら辞めたいと言っていたりします。それでは、新しい人なんてこないでしょう。一度地域を出ていった人も、戻って来なくなりますよ。

「正しく自由に」なっていけば、東京にはない優位性も

ーー 地方の会社が生き残っていくには変化が必要ということが分かりました。では、どこから手をつけたらよいでしょうか?

地方だから安い、地方だから買い叩かれる、地方だから毎日の渋滞も我慢して出社する……というようなやり方から開放されるために、経営者は覚悟を決めて新しい勝ちパターンを生み出していく。働く人たちも、同調圧力に屈せずに「正しく自由になっていく」という発想が必要です。そういうマインドでテレワークにも向き合ってほしいですね。

テレワーク自体は目的ではないんです。本来の目的は、今までの理不尽を解消し、より人間らしい働き方をしたり、新しい技術やツールや考え方でもってより高利益なビジネスモデルを目指していくことですよね。私は、その目的を達成するためのカギがデジタル化にあると考えています。

例えば地域の渋滞の問題、人手不足、下請構造を背景とした低利益や低賃金、仕事のやりがいの問題など、地域の企業が抱える様々な問題をデジタルを使って立体的に解消する、それがDXというものだと思うんです。

ーー DXは、業務や働き方の全てに及ぶ話ですね。

はい。企業内の問題解決にとどまらず、社会課題の解決にもつながるのがDXです。

ーー デジタルに苦手意識がある経営者の方もまだ多そうです。

僕がよく言うのは、地方は東京と比べるとやっぱりハンデが多い。人が集まりにくかったり、お金が集まりにくかったり、知識が集まりにくかったりします。でも、そんな地方の企業にとっても、「デジタルは公平」なんですよ。特に今、クラウドサービスなんかは利用のハードルがとても低くなっています。

ーー 「デジタルを使いこなすスキルに差がある」と言い訳する企業も多そうですが、そのスキルを持っている人に、リモートで手伝ってもらえばいいわけですね。

そうです。そうやってデジタルを使い、ビジネスモデルを転換して高利益体質に変わっていけば、より多くのお金が出せるようになりますから、好循環の波に乗っていけますよね。そうなると、土地代が高い東京よりも、地方の方が有利になるかもしれませんよ。

ーー 確かに。

土地代は高いし満員電車で通勤しなきゃいけないし……という東京の方が不利になる近未来って、ありえると思うんです。

私は自著『新時代を生き抜く越境思考 〜組織、肩書、場所、時間から自由になって成長する』(技術評論社)で「自主的転勤族」と呼んでいるのですが、今は会社から命じられたわけでもなく、地方の山間部にわざわざ移住してくる人たちがいますよね。地方にとってはチャンスです。

でも、そういう人たちも、古いやり方にこだわる同調圧力のもと、みんな仲良く苦しんでいる、「お前も周りに合わせて苦しめ」というようなところには住みたくないでしょう。そういう意味では、過疎化は自業自得なんですよ。

地方がチャンスをきちんと活かすには、働く人のウェルビーイングが高まるような働き方やビジネスのやり方を取り入れていかなければなりません。

ーー お話を伺って、東京と地方では企業が直面する問題が大きく違う、だからこそ地方の企業には伸びしろがたくさんあるのだと感じました。私も数年前から地方に住むようになったので、地方の可能性に目を向けていきたいと思います。今日はありがとうございました。

こちらこそ。ぜひ、地方から変化を起こしていきましょう!

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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