北朝鮮ミサイル名称:火星と火星砲
※火星(화성)と火星砲(화성포)
北朝鮮の弾道ミサイル「火星」シリーズはある時期を境に命名基準が変わったのか正式名称が「火星砲」に変更されています。ただし変更前のモデルは「火星」のままで呼んでおり、両者が混在するややこしい状況となっています。
このため日米韓の報道では「火星」と「火星砲」の使い分けをすることはほとんど無く、どちらも「火星」と呼んでいるのが主流です。実用上はこれでも構いません。
武器展示会で「火星砲」の名称の発覚(2021年)
「火星」ではなく「火星砲」という正式名称が初めて確認されたのは2021年10月に平壌で開催された武器展示会「自衛2021」のモニター画面で「火星砲11ナ」と「火星砲17」という新型ミサイルの名称が読み取れたもので、対外的な発表ではなく内向きの説明で確認されています。
ところが2023年7月に平壌で開催された「武装装備展示会2023」のモニター画面で「火星11カ」が読み取れました。新型で開発時期が近く技術的な繋がりがあり同じ仲間の筈の火星11カと火星砲11ナで、「砲」が付いたり付かなかったり統一されていなかったのです。
※この場合の朝鮮語の「가나다라(カナダラ)」は、英語でいうと「ABCD」の意味で、火星11カは火星11Aで火星砲11ナは火星砲11Bという意味。中国語では「甲乙丙丁」が該当する表現。
火星14を讃える「火星砲の歌」の公開(2017年)
火星12、(火星13は欠番)、そして火星14と火星15の初登場時である2017年あたりはまだ「砲」は付いていませんでした。ただしこの2017年に火星14の発射試験成功を讃える「火星砲の歌(화성포의 노래)」を北朝鮮のモランボン楽団が発表しています。半公式ですが火星砲という単語の初出はこの時かもしれません。
火星15→火星砲15への改名と表記の混乱(2021年~)
そして火星15は改名されます。2021年から2022年までの間に「火星砲15」と紹介する北朝鮮国営メディアの公式報道が複数回行われました。火星に「砲」が付いた命名が初めて対外的に公表されたのです。なお火星14は発射試験のみで採用されず量産されなかったのか姿を消しており、改名が確認されることはありませんでした。
ところが2023年3月の北朝鮮公式Webサイト「朝鮮の今日(조선의 오늘)」のミサイル兵器紹介写真特集では「火星15」と表記が戻っていました。この時の特集で火星シリーズで火星砲と表記があったのは「火星砲17」だけでした。
また2023年4月14日の初めての発射試験成功の報告で公式発表された「火星砲18」は、3カ月後の7月に開催された「武装装備展示会2023」では説明ボードには「火星18」と書かれていました。つまり当事者の北朝鮮自身が混乱しており表記を間違えてしまったケースが幾つも見受けられます。
なぜ火星から火星砲に名称を変更したのか詳しい理由は何も説明されていません。火星15は火星砲15に改名したのに、火星12はそのままである違いもよく分かっていません。火星11カと火星砲11ナは技術的にも繋がりがある兄弟機なのに「砲」が付く付かないで統一されていない理由も不可解です。
あるいは特に深い理由があるわけではなく単なる思い付きでの名称変更で、基準が曖昧なので当事者もよく間違えているというだけの話かもしれません。なお水中発射弾道ミサイル「北極星」シリーズは「砲」が付いた呼称はまだ確認されていません。
※当記事は「KN-23(イスカンデル擬き)は火星11Aである」の記事内コラム「火星(화성)と火星砲(화성포)」を加筆修正し資料を追加したものです。
※以下は北朝鮮ミサイル名称の資料。
- 火星(화성、Hwasong、ファソン)
- 火星砲(화성포、Hwasongpho、ファソンポ)
- 北極星(북극성、Pukguksong、プッククソン)
※KNナンバーは北朝鮮の正式名称ではなくアメリカ軍のコードネーム。
火星シリーズ
- 火星1:大型ロケット弾 フロッグ5
- 火星2:地対空ミサイル対地転用 HQ-2/SA-2
- 火星3:大型ロケット弾 フロッグ7
- 火星4:液体燃料SRBM DF-61 計画中止
- 火星5:液体燃料SRBM スカッドB
- 火星6:液体燃料SRBM スカッドC
- 火星7:液体燃料MRBM ノドン
- 火星8:液体燃料IRBM HGV搭載 失敗作 火星12を流用
- 火星9:液体燃料SRBM スカッドER
- 火星10:液体燃料IRBM ムスダン 失敗作 多数の試射失敗
- 火星11:固体燃料SRBM 北朝鮮版トーチカU
- 火星11カ:固体燃料SRBM 北朝鮮版イスカンデルM
- 火星砲11ナ:固体燃料SRBM 火星11カの派生型
- 火星砲11タ:固体燃料SRBM 火星11カの拡大型
- 火星砲11ラ:固体燃料SRBM 火星11カの縮小型
- 火星砲11ㅅ:固体燃料SLBM 火星11カの水中発射型
- 火星12:液体燃料IRBM 火星10を不採用にしてこちらを量産
- 火星12ナ:液体燃料IRBM HGV搭載 試射の記録無し
- 火星13:詳細不明ICBM 失敗作 未公表で試射失敗の推定
- 火星14:液体燃料ICBM 試射のみで姿を消し不採用の推定
- 火星砲15:液体燃料ICBM
- 火星砲16ナ:固体燃料IRBM HGV搭載
- 火星砲17:液体燃料ICBM
- 火星砲18:固体燃料ICBM
※上記リストは公式発表や兵器展示会での公開で確認されたもの。無印の火星砲16または火星砲16カは存在する筈で、該当しそうなミサイルはあるが、まだ正式には名称が確認されていないのでここでは未掲載。
※フロッグ、トーチカ、スカッド、SA-2、イスカンデルMはソ連/ロシア製。HQ-2はSA-2の中国版、DF-61(東風61)は中国と北朝鮮の共同開発だったが計画中止。ただし「火星11カ」はイスカンデルMを参考にしているがやや大型化しており細部も異なる点が多くそのままコピーではない。ノドンはスカッドを元に北朝鮮が独自に大型化した設計。ムスダンはソ連製R-27が原形と推測されている。
※火星11系は無印火星11とそれ以外で技術的な繋がりがあまり無いことに注意。単に「火星11」と書いてしまうと北朝鮮版トーチカUのことを指してしまうので、火星11カ(KN-23、北朝鮮版イスカンデルM)のつもりで火星11と書いてしまうと間違いになってしまう。
※火星11カや火星砲11ナなど新型の短距離弾道ミサイルは対外的に名称が公表されたことはまだ無く、「武器展示会のモニターで映っていた動画で見えた」「金正恩の視察で公開された写真に説明ボードの記載が見えた」などのチラ見せで判明している。これは北朝鮮が意図的に情報を小出しにしている可能性がある。
※朝鮮語の文字「ㅅ」が何を指すかは正確には不明だが、北朝鮮軍で水中型を示す略記号として使用されていると推測されている。
※「極超音速ミサイル」液体燃料型(2022年1月5日および1月11日に発射)と「極超音速ミサイル」固体燃料型(2024年1月14日に発射)は火星ナンバーが与えられていない。同じ中距離級の極超音速兵器では「火星8」と「火星砲16ナ」には名前が与えられ公表されているのと比べて扱いが違う理由は不明。名前が与えられていないのは、試験用の機材で正式採用するつもりがない可能性がある。
※火星8極超音速滑空ミサイルのブースターは火星12中距離弾道ミサイルを流用したと推定されている。にもかかわらず番号がより若い理由について詳細は不明だが、火星8の搭載しているHGV(極超音速滑空体)の開発を始動した時期がかなり早かった可能性がある。あるいは知られていない他のミサイル開発計画中止でたまたま空いていた番号を後から適用しただけである可能性もある。真相は不明。
※朝鮮語の「가나다라(カナダラ)」のミサイル名称表記について、北朝鮮国営の朝鮮中央通信では、火星砲16ナの公式発表時に英語版では「나」について「Na」と音をそのまま当てており、日本語版でも「ナ」としていた。ただし中国語版では音を当てようにもどの漢字を使えば適切なのか選ぶことができなかったせいか、甲乙丙丁の「乙」と意訳した表記となっている。
- 화성포-16나
- 火星砲-16ナ
- 火星炮-16乙
- Hwasongpho-16-Na
- Хвасонпхо-16на
※朝鮮中央通信2024年4月3日「朝鮮ミサイル総局が新型中・長距離極超音速ミサイルの試射に成功」より各国語版から火星砲16ナの正式表記。
北極星シリーズ
- 北極星1:固体燃料SLBM 試射済み
- 北極星2:固体燃料MRBM 試射済み
- 北極星3:固体燃料SLBM 試射済み
- 北極星4:固体燃料SLBM 試射せず
- 北極星5:固体燃料SLBM 試射せず
※北極星は水中発射弾道ミサイルの系統だが北極星2のみ地上発射型。徐々に大型化しているが、試射が確認されている北極星3でMRBM(準中距離弾道弾)相当の飛行性能。ミサイルの寸法は搭載する潜水艦の大きさに制約されるので、大型潜水艦を建造しない限りICBM(大陸間弾道弾)級の射程を与えるのは困難。そのため北朝鮮は原子力潜水艦の建造を目標に掲げている。
超大型放射砲
- 600mm超大型放射砲:固体燃料SRBM アメリカ軍コードネームKN-25
※放射砲とは北朝鮮の軍事用語で多連装ロケット発射機の意味。北朝鮮の600mm超大型ロケット弾はイランのファテフ110短距離弾道ミサイルに匹敵するサイズで、日米韓はロケット弾に分類せず短距離弾道ミサイルとして扱っている。北朝鮮自身はロケット弾に分類しており火星の名は与えていない。
KNナンバー(アメリカ軍コードネーム)
- KN-01:金星1(P-15対艦ミサイル) ※Kh-35対艦ミサイル説もある
- KN-02:火星11(トーチカU短距離弾道ミサイル) ※別名トクサ
- KN-03:火星5(スカッドB短距離弾道ミサイル) ※ノドン亜種説もある
- KN-04:火星6(スカッドC短距離弾道ミサイル) ※スカッドER説もある
- KN-05:?
- KN-06:ポンゲ5/6(ソ連製S-300地対空ミサイルの改良)
- KN-07:火星10(ムスダンはKNナンバーとは別の西側の通称)
- KN-08:火星13(推定)
- KN-09:300mm放射砲
- KN-10:火星11改良型 ※別のミサイル指定である可能性もある
- KN-11:北極星1
- KN-12:122mm放射砲
- KN-13:?
- KN-14:火星13改良型(推定)
- KN-15:北極星2
- KN-16:240mm放射砲
- KN-17:火星12(当初KN-18と番号が混同されていた)
- KN-18:スカッド精密誘導型(火星系統の正式名称は不明)
- KN-19:金星3(ロシア製Kh-35対艦ミサイルの北朝鮮版、地上発射型)
- KN-20:火星14
- KN-21:火星9(スカッドER) ※スカッド精密誘導型の可能性がある
- KN-22:火星砲15
- KN-23:火星11カ
- KN-24:火星砲11ナ
- KN-25:600mm超大型放射砲
- KN-26:北極星3
- KN-27:?
- KN-28:火星砲17(当初KN-27と番号が混同されていた)
※KNナンバーははっきりと公表されていないので不明な点が多い。この分類法は1990年代半ばに始まっているので、テルミートやスカッドB/スカッドCなど古い種類のミサイルは名前を付与されていない説がある。
※火星砲17は当初はKN-27と報じられていたが、2021年8月にアメリカ北方軍を指揮するグレン・ヴァンハーク空軍大将は「北朝鮮の新型ICBMであるKN-28」という主旨の発言をしている。
※スカッドはNATOコードネームでソ連/ロシアでの正式名称はエルブルス。ノドンやムスダンは初確認された場所の北朝鮮の地名から命名された西側での通称。ポンゲは北朝鮮の正式名称で稲妻の意味。
弾道ミサイル用語
- ICBM:大陸間弾道弾(5500km~)
- IRBM:中距離弾道弾(3000~5500km)
- MRBM:準中距離弾道弾(1000~3000km)
- SRBM:短距離弾道弾(~1000km)
- SLBM:潜水艦発射弾道弾(水中発射弾道弾)
- HGV:極超音速滑空体
※北朝鮮では中距離級の対地ミサイルの射程について「中・長距離」と呼称。