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炎上を乗り越えた星野源「うちで踊ろう」に学ぶ、バトン企画のあるべき姿

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
星野源さんはラジオでもお馴染み(出典:星野源ツイッターアカウント)

星野源さんが4月に公開した「うちで踊ろう」。

4月中旬に、安倍首相のコラボ動画が炎上したことでも有名になってしまいましたが、実は炎上後も着々と拡がりを見せているのをご存知でしょうか。

例えば、5月1日に公開されたYouTuberのスカイピースのコラボ動画は、すでに再生回数が260万回以上となっており、4月中旬の炎上後も、このムーブメントが大きな注目を浴び続けていることが良く分かります。

こうしたコラボ企画やバトン的な企画は、大抵炎上するとそれをきっかけに一気に収束してしまうことが多いものですが、公開からすでに1ヶ月以上が経過している動画が、今もまだこうやって話題になっているというのは、非常に凄い事だと言えるでしょう。

長く話題になり続けている「うちで踊ろう」

簡単にこれまでの経過を時系列で振り返ってみましょう。

■4月3日  星野源さんがインスタグラム上に「うちで踊ろう」を公開。

 「誰か、この動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな?」と呼びかける。 

 この動画は現時点で320万再生を超える

■4月初旬  歌手の三浦大知さんなど、次々にコラボ動画がアップされはじめる

■4月5日  星野源さんがYouTubeにも動画をアップ。

 「たくさん音やダンスを重ねてコラボしたり、カバーをアップしたりしてくださいね。」と呼びかける。

 この動画は現時点で490万再生を超える

 

■4月12日  安倍首相が自身のインスタグラムにコラボ動画をアップしたことが物議を醸し、炎上状態に。 

 

■4月15日  星野源さんが「うちで踊ろう」の音源をダウンロード可能に。

■5月1日  星野源さんがミュージックステーションに出演

参考:星野源、「うちで踊ろう」に込めた思い語る 「楽しい、面白い感覚を忘れないように…」

■5月上旬  音楽やダンスのコラボだけでなく、ネタ動画も増加

参考:星野源『#うちで踊ろう』安倍首相のコラボ炎上を経て、謎の“フリー素材”化に変貌

■5月14日  Apple Musicで星野源さんのインタビューが公開

■5月中旬  地方紙などで、地域のコラボ企画が取り上げられ続ける

大手メディアの報道だけ見ていると、「うちで踊ろう」のムーブメントは、安倍首相の炎上とともに終わったと思っていた方も少なくないのではないかと思います。

ただ、最近も総数は減っているものの、実はツイッター上の発言数の推移を見てみると、GW以降も安定して話題になり続けていることが分かります。

実際、この記事執筆のタイミングでも、ツイッターやYouTube上には多数の新しい「うちで踊ろう」動画が公開され続けています。

「うちで踊ろう」が広がり続ける3つのポイント

今回のウイルスによる自粛期間では、星野源さんの企画以外にも、さまざまなバトン企画やリレー企画が動いていましたが、典型的なネットのバトン企画は、バトン疲れが指摘されたり、そのチェーンメール的な性質に批判が集まったりしがちです。

参考:同調圧力? 芸能界も“バトン疲れ”、SNSで求められる“繋がり”の弊害

なぜ、星野源さんの「うちで踊ろう」がここまで広く長く続く企画になっているのか、ここにバトン企画のヒントがありそうです。

ひとつには星野源さんが、ラジオのオールナイトニッポンを続け、フォロワー数を多数持っている影響力の高い人物であることが、大きく影響していることは間違いありません。

ただ、影響力の高い芸能人が始めた企画だから、ここまで広がるわけではないのは、数々のテレビ番組やラジオ番組の企画が苦戦しているのを見れば明らかです。

ポイントは大きく三つあげられると思います。

■相手に何かを強制するバトン企画ではなかった

■星野源さんが、全てを許容してくれている

■自分ができること、やるべきこと、とシンクロしている

ひとつひとつ見ていきましょう。

 

 

■相手に何かを強制するバトン企画ではなかった

典型的なネットのバトン企画やチャレンジ企画は、拡散させるための仕組みやルールに特徴があります。

例えば、2014年に大きな話題になった「アイスバケツチャレンジ」は「24時間以内に氷水をかぶった動画を公開し、さらに次のチャレンジャー3名を指名する」というルールがありました。

参考:SNSで瞬く間に拡散。アイスバケツチャレンジにみるバイラルへの対応とそのリスク

 

こうした複数人数の指名制のバトン企画は、拡散力が強い反面、相手に同調圧力を強いるという意味で批判も多くなりがちです。

そのため、あっという間に広がる一方で、終わるときには一気に収束します。

今回の星野源さんの「うちで踊ろう」は、完全に自由参加の企画であるため、強制力は一切ありません。

だからこそ、長く緩く広がりが続いているという面はあるでしょう。

■星野源さんが、全てを許容してくれている

今回の「うちで踊ろう」では、安倍首相動画の炎上が象徴的ですが、当初の星野源さんの「動画に楽器の伴奏やコーラスやダンスを重ねてくれないかな」という趣旨を超えて、様々なネタ動画に展開が広がっています。

同種の企業のキャンペーンなどでは、そうした事例が出てくると主催者側が止めようとしたり、投稿削除を依頼したりという展開になりがちです。

一方、「うちで踊ろう」では、星野源さんは音源を積極的に公開して様々な活用を推奨していますし、一部の明らかに星野源さんをからかう趣旨の動画についても、広い心で許容されているようです。

その姿勢が見えることで、子供たちから動物園のアザラシまで、多くの人たちが安心して様々なコラボ企画を実施できていると言えるでしょう。

参考:アザラシも「うちで踊ろう」 星野源さんと直立コラボ

 

 

■自分ができること、やるべきこと、とシンクロしている

個人的に、もうひとつ大きな要素として考えているのが、「うちで踊ろう」が星野源さんの音楽家としての活動と明確にシンクロしている点です。

今回の自粛期間においても、様々なチャリティ企画やキャンペーンが注目されましたが、こうした災害時のチャリティ企画は、やり方を間違えると売名行為と非難されがちです。

例えば、ソーシャルディスタンスを啓発するために、企業ロゴや文字を文字間を開けて表現することが一時期企業の間で流行しましたが、これを真似する企業が増えた結果、実はこうした表現をネットのテキスト上で行う行為は、多くの問題があると指摘される結果になりました。

参考:ソーシャルディスタンスなどと称してユーザー名や文章にスペースを挟む行為についての苦情

当然、企業側は悪意があってスペースを挟む行為をしているわけではないのですが、自社の事業と離れた企画に手を出すと、その行為の意義よりも行為によって発生する問題の方が大きくなってしまう場合があるわけです。

この視点で最も大きい点が、個人や企業にとってその企画が、本当に意味がある行為と認識されるかどうかにあるように思います。

マーケティングにおいては、企業が自ら行動して社会問題に立ち向かう姿勢を「ブランドアクティビズム」と呼ぶようになってきています。

参考:本業で社会を良くする企業 クチコミ応援、SNSで広がる  

今回の星野源さんの企画は、ドラマ逃げ恥の恋ダンスで大きな話題になった星野源さんらしい「ブランドアクティビズム」的行為のため、そこに嘘や誇張がありません。

その結果、安倍首相のコラボ動画があれだけ炎上したにもかかわらず、星野源さんの「いま本当に大変で、気がどうしても立ってしまって怒ったり、悲しんだりしてしまうけど、その中で日常の感覚だったり、楽しい、面白い感覚を忘れないようにしよう。“心を躍らせよう”」という想いは、ファンの方々を中心に確実に伝わり続けました。

そのため、炎上しか知らない人とは別に、この企画自体の想いが伝わった人たちにはバトンとして受け継がれ、これだけの広がりを見せていると言えるでしょう。

自分ができること、やるべきことを愚直にやっているからこそ、「うちで踊ろう」はこれだけ大きな広がりを見せているともいうことができるわけです。

ウイルス感染拡大により、明らかに私たちの心は荒んでいますし、ネガティブなニュースが大きく反響しがちです。

ただ、「うちで踊ろう」のようにひとつのポジティブな活動が、少しずつその傷を癒してくれている面は間違いなくあるはず。

星野源さんの「“心を躍らせよう”」という想いが、様々な個人や企業の活動につながっていくことを期待しつつ、自分の行動も見直してみたいと改めて思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

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