Yahoo!ニュース

消費者白書「【特集】子どもの事故防止に向けて」を読む

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:アフロ)

 2018年6月12日、消費者庁から平成30年版消費者白書が公開された。その第2章は、「【特集】子どもの事故防止に向けて」となっており、68ページにわたって書かれている。2009年9月に消費者庁が設置され、2013年(平成25年)から消費者白書が毎年発行されているが、子どもの事故防止が取り上げられたのは初めてである。行政が現状をどのように分析し、何をしようとしているのかを見てみよう。

第1節と2節 子どもの事故の実態

 第1節の表題は「子どもの事故を社会全体で防ぐ」となっているが、中に書いてあることは事故の実態だけであり、どこにも「社会全体」を思わせる記載はない。第1節と2節は一緒にして「子どもの事故の実態」という表題にすべきである。

 この節では、国のデータとして厚生労働省の人口動態統計の死亡データが、そして事故のデータは東京消防庁の救急搬送データが示されている。たくさん示されているグラフや表はすべて上記の2か所からのデータであり、これらは誰でもそれぞれのホームページから見ることができる。消費者庁が行っている「医療機関ネットワーク事業」からのデータの記載はどこにもないのはなぜか?この白書の第1部第1章第2節では事故情報データバンクについて述べられているが、ここにも子どもの事故の情報は載っていない。

 たとえ話として、「事故」を「がん」に置き換えてみよう。国立がん研究センターはがんに対する国の中心的機関であり、消費者庁は消費者事故の中心機関である。国立がん研究センターから白書のような報告が出され、それを見ると、東京都の医療機関のがんのデータだけが述べられ、がん患者が来院し、データをたくさん持っている国立がん研究センターのデータが一切述べられていないのと同じことである。おかしいではないか?

 消費者庁には、日々、医療機関ネットワークから事故の情報が来ているはずである。情報収集にかけているお金が有効に利用されていないと言われても仕方がない。消費者庁の担当官は言い訳として「個人情報の問題がある」、「疫学データではない」と言うのかもしれないが、すでに数万件以上のデータがあるはずであり、個人情報の部分を除いても多くのデータを示すことができるはずである。「宝の持ち腐れ」の状態を改善し、早急に分析して報告する義務がある。

 また、「国際的には、OECD諸国平均程度」という項には、「子どもの死亡数を国際的にみると、単純な比較はできませんが、WHO『Global Health Observatory data repository』によれば、2016年のOECD加盟各国の5歳未満の人口1,000人当たりの死亡数は、日本は2.7人であり、少ない方から6番目です。」と記載され、下記図表 (図表I-2-1-5)が示されているが、この死亡数は、病気なども含めた全体の数である。この節では「不慮の事故」について述べているのであるから、ここに事故以外の死因も含めた国際比較を持ち出すのは不適切で、読む人の誤解を招くことにつながる。

画像

第3節 事故防止に関する意識・行動

 ここでは、子どもの事故に対する社会全体の認知度や事故防止への意識のアンケート結果が報告されている。このような調査の最大の問題点は、意識が高いからといって事故の発生件数が少なくなることにはつながらない、つながったかどうか証明できない点である。例えば「目を離さないように」と言われ、目を離さないでいても子どもは目の前で転倒するし、子どもの事故の情報を知っていても、自分の子どもにその通りの事故が起こっているのが現実である。

 今回の調査結果として、子どもの事故防止を進めるために役立つ取り組みとして「保護者への注意喚起」が最も役立つ(84%)と報告され、日常的な事故発生のリスクを気にしている割合などが調べられているが、注意喚起や知識によって事故の発生件数が減るかどうかはまったくわからない。25年以上前から報告されている日本中毒情報センターの受信データ、同じく毎年報告されている日本スポーツ振興センターの災害共済給付のデータを見ると、毎年ほとんど同じデータとなっており、注意喚起で事故が減るとは思われない。知識があることと、事故が予防できることは1:1の関係ではないことを理解する必要がある。

 この第3節は、何を目的にした調査かが明確ではなく、この調査結果が子どもの事故の発生数の減少に役立つとは思われない。不必要とはいわないが、このような調査をするとしたら、比較する意味で10年後に行えば十分である。

第4節 事故防止に向けた取組

 この節では、現在までわが国で行われてきた子どもの事故予防の取り組みが網羅的に紹介され、われわれSafe Kids Japanの活動も「コラム6」として取り上げられている。子どもの傷害予防について検討すべきことは多岐にわたっており、多職種多機関の連携が不可欠である。1〜2年に一回は、このようにわが国の活動全体を俯瞰して概説する必要がある。 

 一つの問題は、これらの取り組みは、それぞれの組織や省庁が主体となって取り組まれたものであり、消費者庁が主体となって取り組んだものはほとんどない点である。

 もう一つは、取り組みの結果を評価する視点が欠けていることである。例えば、「子ども安全メールfrom消費者庁」はこれまでに400件以上(2018年6月21日で406件)発信されているが、その発信の効果評価は行われていない。4〜5年前と同じ注意喚起が行われている場合もある。「注意して!」というメッセージばかり配信しているが、注意したら消費者庁の仕事が終わるわけではない。発信した情報によって、その事故が減ったかどうかを評価することが不可欠である。東京都商品等安全対策協議会では過去に取り組んだテーマについて、その後の取り組み状況をフォローして報告している。これをモデルにして、傷害の発生数が減った、重症度が軽減したというデータを示してもらいたい。

画像
画像

今後の課題

 今回、子どもの事故防止の特集が組まれ、社会全体で取り組むと明記されたことは評価できる。現時点での最も大きな問題は、収集した事故情報の分析であろう。交通事故に関しては、警察官によって現場で詳しい調査が行われ、そのデータが交通事故総合分析センターに送られ、そこで詳しい分析が行われている。消費者事故についても、消費者事故総合分析センターのような組織を設置して専門官を置き、子どもだけでなく、高齢者も含めた消費者事故の分析を専門に行う必要がある。

 今回の白書の第2章を読んで、私が知らなかったことはなかった。消費者庁は設立されて約9年、私は子どもの傷害予防に30年以上携わっているので知らなかったことがないのは当たり前である。

 何事も批判がなければ成長はない。肝心の消費者庁が集めている事故情報についての分析がまったく示されていない点は問題である。必ずやらねばならない宿題(医療機関ネットワーク事業の事故情報の分析)がされていないので合格点は与えられない。100点満点で60点以上が合格とすると、今回の報告は50点である。追試として、「社会全体で防ぐ子どもの事故 その2」として来年も取り上げてもらいたい。

注:今回、「事故防止」、「事故予防」、「傷害予防」など表記ゆれがあり、読みづらいのではないかと思います。私は、「前もって防ぐ」ことが重要と考え、「防止」という言葉ではなく「予」(あらかじめ)という字が入った「予防」という言葉を使用しています。文中に「防止」と表記したものは白書の引用部分で、それ以外は「予防」を使用しています。

 がんについては、「がん防止」とは言わず、「がん予防」と言っています。ヒトの2人に1人はがんになります。がんはさまざまな原因によって遺伝子に傷がつき、そこが修復されずがん化して、それが抑制されずに増殖するとがんになります。がんの発生を直接止める(防止)ことはできないと考えられ、がんが発生しにくくする、発生しても早く対処できるようにと言う意味で「予防」が使われているのではないかと思います。

小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

山中龍宏の最近の記事