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「君たちはどう生きるか」初週興収21億円! 番宣なしの“ばくち”成功なぜ

河村鳴紘サブカル専門ライター
アニメ映画「君たちはどう生きるか」(写真:ロイター/アフロ)

 スタジオジブリのアニメ映画「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)の初週(4日間)興行収入が21億円を突破しました。公開前にストーリーを明かさず、作品の映像も出さない「番宣なし」の戦略は、現時点では「成功」と言える結果でした。“ばくち”のような宣伝戦略がなぜ成功したのかを考えてみます。

◇メディアの報道が強力な宣伝に

 同作が公開されると、絶賛の声と共に「爆死必至」など、否定的な声もネットに散見されていました。初週の興収は幅があるものの、2日間で10億円を突破する以上の勢いは欲しいところでした。4日間で21億円という数字で判断する限り、現時点では「爆死」の見立ては外れた格好ではないでしょうか。

 私も公開翌日に配信した記事でも触れさせていただきましたが、ヤフージャパンのサービス「リアルタイム検索」で、「君たちはどう生きるか」のワードを打ち込むと、感情の割合は「ポジティブ」が常に80%を超え、9割弱と言えるような状況。他の人気コンテンツで「ポジティブ」は60%台や70%台で推移するので、「君たちはどう生きるか」は、高評価と言えるでしょう。

ヤフージャパンのサービス「リアルタイム検索」で「君たちはどう生きるか」の7日間グラフ。ポジティブな割合が多いと表示されます。24時間にしても、割合はほぼ似ていました。
ヤフージャパンのサービス「リアルタイム検索」で「君たちはどう生きるか」の7日間グラフ。ポジティブな割合が多いと表示されます。24時間にしても、割合はほぼ似ていました。

【関連】「君たちはどう生きるか」の“情報封鎖”と報道側の苦心 そしてネットの“評価”は良い?悪い?

 それにしても、公式が番宣をしないのに、興収がここまで伸びた事実に改めて驚かされます。

 興収150億円目前のアニメ映画「THE FIRST SLAM DUNK」もストーリーは明かさず、番宣を極端に控える戦略は取っていましたが、それでもキャストやPVは公開していました。「君たちはどう生きるか」は、公開前のキャスト発表はなし、PVもいまだになしですから、「番宣なし」の度合いはより強いといえます。

 つまるところ、公式からの番宣がなくても、メディアが大きく取り上げることで、その気はなくても、結果として強力な番宣になる……という事実が示されたのです。

◇反対意見も盛り上がるための“燃料”

 今回の作品は、日本はもちろん海外にも影響力があるなど、ブランド力のある宮崎さんが手掛けた待望の作品であり、「風立ちぬ」以来10年ぶりの長編アニメであり、年齢的に最後の作品にもなりえるなど、ニュース価値が高かったことがあります。報道する側も、報じる価値があるので、ストーリーが伏せられていようとも、映像(画素材)がなくても、優先的に報じたわけです。その結果、映像メディアは、鑑賞した人にインタビューをするという「横並び」的な報道になったわけですが、むしろ異様さを演出した面があったかもしれません。

 もちろん、ストーリーが秘密だったことで興味を持った人もいるでしょう。また3連休だったことも劇場に足を運びやすくするわけで、興収には追い風になったといえます。

 さらに言えば、情報が伏せられていることで、日ごろから情報発信に貪欲な人たちの注目を集めたこともあります。公開後からブログなどでは、気合の入った考察が次々にアップされています。考察だけでなく、ストーリー紹介をするだけでも、情報の価値があるわけですから……。

「note」に次々とアップされたアニメ映画「君たちはどう生きるか」について触れた記事
「note」に次々とアップされたアニメ映画「君たちはどう生きるか」について触れた記事

 今作は、宮崎アニメの集大成と言える仕掛けがされていて、さらに物語もタイトル通りに考えさせる内容だけに、批評・分析のしがいがあるのです。そして一部の人たちが内容について「わけがわからない」と厳しい意見を発信すれば、それに同調する意見、逆に反論も飛び交うわけで、ある種の盛り上がるための“燃料”になっていたのではないでしょうか。

 そうした消費者の活発な動きを察知してか、メディア側も、公開後の時間が経過するにつれて、内容に踏み込んだレビュー、批評記事を掲載するものも目につきました。

 やりすぎたネタバレの記事を出すと、読者から批判される恐れがあるからですが、それだけ消費者の求める情報を察知している……ともいえます。「ネタバレ」と断った上で記事を書いて、反響があって、かつ「炎上しない」となれば、次々と記事を出す流れになります。

 つまるところ、公開初日の「呼び水」となる報道があり、続いて個人、そしてメディアによる内容に踏み込んだ記事が出て、結果としてそれぞれが強力な宣伝の役割を果たしています。公式側が番宣をするよりも、消費者側の「推し」の方が情報の拡散としては強いのもポイントです。

◇理想的な「ネタバレ」

 2021年3月に公開されたアニメ映画「シン・エヴァンゲリオン劇場版」は、鑑賞したファンの多くがネタバレを自重。公開から約2週間後に公式がツイッターで「今後はぜひ、皆様からのご感想を聞かせてください」という、ネタバレ“許可”のお願いをし、話題になりました。

 今回の「君たちはどう生きるか」は、エヴァに比べると、ずいぶん早い「ネタバレ」の流れなのですが、ネタバレは人それぞれという一面もあります。そして興収が伸びて、嫌がる人はいないわけでして……。理想的な「ネタバレ」だったのかもしれません。

 「君たちはどう生きるか」の鈴木敏夫プロデューサーが、公開前の取材で、今回の番宣を「ばくち(博打)」と表現しています。

「僕は映画を当てる人だと思われているようですが、これまで博打をやったことがないんです。ものすごく手堅い。映画館ごとにどれくらいお客さんが来るとかをものすごく考える。それだと、決まりきった興行収入しか見えてこないんです。これを突破したいと思った。今回、僕は生まれて初めて博打をやってみようかなと」

謎に包まれたジブリの新作 鈴木敏夫Pに聞いた!(NHK)

 それにしても、大規模な宣伝を考えた人が、過去の成功例を否定する戦略を採用し、それがうまく回るのです。そしてエンタメのビジネスを取材していると、経営陣や責任者の「引きの強さ」は、重要と感じることがあります。この手の決断は、複数で議論をすると裏目に出るもので、誰かが腹をくくってやるとうまくいく……というケースを何度か見てきました。

◇キャスト動員の「切り札」温存

 今後ですが、初週でこれだけの結果が出れば、当然メディアは勝手に露出を増やそうとするでしょう。

 さらに言えば、番宣という「手札」をどこで使うのかも気になります。特に、同作のキャストを動員してアピールをするというとっておきの「切り札」を温存しています。主要キャストが出演し、同作について語る……といえば、大多数のメディアは、喜んで取材に行くでしょう。NHKなどが好意的にバーンと取り上げれば、動員をかなり積み上げる可能性もあります。

 もちろん、“情報封鎖”を続けるのも手ですが、それは、あまりにももったいない話です。そして、初週の興収が良かったため、メディアを振り回せる「立ち位置」にいるのも強みです。今後の選択肢が、増えたのも間違いありません。

 今はツイッターを駆使して、かなりひねった情報発信をしていますが、それすらも話題になるほどですから……。何をやっても、良い番宣になっていますよね。

 「君たちはどう生きるか」に対して、世間が潜在的に求めているのは、通常のヒットは当然で、さらに突き抜けた結果です。もっと言ってしまえば、興収の最高峰であるアニメ映画「鬼滅の刃」を意識していないはずがありませんし、そうした話題を期待するものです。

 どうなるのか、何をするのかを含めて、注視したいところです。

サブカル専門ライター

ゲームやアニメ、マンガなどのサブカルを中心に約20年メディアで取材。兜倶楽部の決算会見に出席し、各イベントにも足を運び、クリエーターや経営者へのインタビューをこなしつつ、中古ゲーム訴訟や残虐ゲーム問題、果ては企業倒産なども……。2019年6月からフリー、ヤフーオーサーとして活動。2020年5月にヤフーニュース個人の記事を顕彰するMVAを受賞。マンガ大賞選考員。不定期でラジオ出演も。

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