教員採用試験1ヶ月前倒しは、効果的なのか?
報道によると、文部科学省は、公立学校教員の採用1次試験を来年度から6月にするように各都道府県等に呼びかけるという(ハフポスト5/30など)。現状は民間企業等の採用スケジュールのほうが早く、民間等に人材を取られてしまっているという危機感があるためだ。労働力人口が減少するなか、人材獲得競争は激化している。必要なら、前例や慣習を変えていく発想は重要だ。だが、1か月ほど前倒しにする程度の今回の案、本当に効果はあるのだろうか。
■現状とどう違う?
まず、現状はどうなっているのか。公立の小、中、高、特別支援学校等の教員採用を担当するのは、都道府県と政令市であり、文科省に権限はない(ただし、大阪府から権限移譲を受けた豊能地区では市町の協議会が実施)。今年は1次試験を7月に実施しているところが多いが、一部はすでに6月に実施している(教員人材センターのウェブページなどを参照)。つまり、今回の案では、多くの自治体(あるいはそこを受ける学生等)にとっては、1か月ほど前倒しになる。
なぜ、今回の案が浮上したのか。関連する文科省の審議会の答申では、次の記述がある。
だが、1次試験を1か月ほど前倒しにしたところで、2次試験もあるので、民間企業等の就職活動スケジュールよりは遅いことには変わりはない。実際、すでに6月に1次試験を実施している北海道や高知県などで、2次試験が終わるのは8月であり、合格発表はさらにそのあとだ。
しかも、企業等によっては、内々定の解禁が6月1日だとはいえ、それ以前に実質内々定に近い運用をしているところも少なくないのではないか。
企業との競争の観点から見れば、今回の案は、さほど効果的であるようには思えない。うがった見方をすれば、採用試験のスケジュールを見直すという手段が目的化して、なんのための「改革」なのかがよく分からなくなっている印象を受ける(「改革」と呼べるほどのものかどうかもギモンだが)。
むしろ、副作用のほうが大きい可能性が高い。
■問題① 教育実習との兼ね合いを調整できるか
ひとつは、現状では教育実習を5~6月に実施するケースが多いため、今回の案で、いきなり来年度から、教育実習の時期の変更や調整までできるのだろうか、という問題がある。とりわけ、国立大学附属の学校は大勢の学生を受け入れるので、大変だ。学生を育てている大学等にとっても、実習生を受け入れて育てる学校側にとっても、双方に労力を強いる「改革」(あるいは「改悪」?)案だ。
■問題② 3年生から受験可能でも、内定辞退者続出で教員不足に
最近は大学3年生から教員採用の1次試験を受けられる自治体も出てきているが(東京都、横浜市、相模原市など)、報道によると、文科省はこうした取り組みを含めて、試験を複数回にわたり実施するよう呼びかけるという。
学生等にとっては、複数回受けられて、選択肢が広がることはよい点も多いとは思う。たとえば、3年生に受けてダメでも、4年生で再チャレンジできる。
だが、これにも副作用がある。
第一に、内定辞退者が多く出る自治体が出てくる可能性が高い。3年生時点での早期の試験を実施する自治体もあれば、そうではない自治体もあるなど、いまも、そしておそらく今回の案が通ったあとも当面は、採用試験のスケジュールは各都道府県・政令市によってバラバラだ(近隣では統一しているが)。
学生等にとっては、併願が可能なので、ひとまずスケジュールの早い自治体で受けたあと、そこが本命でない場合などは別の自治体にもエントリーする。自治体によっては、せっかく採用試験を前倒ししたり、複数回可能にしたりして、サービス向上したつもりでも、蓋を開けてみると、辞退者が想定以上に出てしまって、もともと必要だった人数が確保できない結果になる可能性がある。
非正規雇用の講師の確保も苦労している自治体が多いなか、(正規職採用の)内定辞退者が多い自治体では、年度当初から欠員状態になる学校も多くなる可能性が高い。欠員、教員不足になると、子どもたちにとっても、教職員にとっても、悪影響が出る。
すでに似たことは起きている。高知県は全国でもっとも早い採用試験スケジュールで進めてきた。そのため採用試験の倍率はかなり高いのだが、内定辞退者が大量に出て、必要な教員数が確保できない事態となっている(高知新聞5/27)。
全国で採用試験のスケジュールを統一するか、併願不可となる仕組みをつくらない限り、この問題は解消しないだろう。
第二に、採用試験の早期化(3年生に受験可など)は、学生にとって負担増となる可能性もある。教員免許を取るための教職課程の履修だけでも相当な負担なのに、3年生で試験対策もやっていくとなると、今以上に学生は忙しくなる。
しかも、問題①で述べたとおり、教育実習の時期が今後問題となるので、3年生のうちに教育実習も(もしくは代替で体験活動を)となる可能性がある。学生にとってアップアップではないか。
複数回採用試験を受けられるメリットのほうが大きいのか、それとも負荷が大きくて教職課程の履修や教員採用へのエントリーをあきらめてしまう学生が増えてしまうのか。
■問題③ 抜本策を講じようとしていないメッセージになる
文科省も各自治体(都道府県・政令市等)もよくご承知だとは思うが、教員採用試験のスケジュールを多少見直すくらいで、教員人気が上がるわけではない。学生らにとって(社会人採用も含めて)、教員採用を受けない選択をする、あるいは受けたとしても民間等に流れてしまうのは、スケジュール以外の問題、要因のためだからだ。
大学生向けの調査などを読むと、学校が忙し過ぎて過酷な労働実態であることが、学生らを教職から遠ざけている側面は大きい。それ以外の原因(処遇など)もあるだろうし、学生等の個々の価値観や意識によっても、いくつか大きな要因はさまざまあろう。「授業準備なども大変だし、場合によっては保護者から厳しい意見やクレームが来る。自分が教員をやっていけるか自信がない。」そう述べる学生もいる。
こうした、学生等のひっかかっているところや不安に、文科省と教育委員会はしっかり向き合ってきただろうか。
教育委員会のなかには「教員の仕事が過酷だというイメージが先行してしまっている」などと言って苦笑する人もいる。確かにネガティブな側面ばかりを報道するのもバランスを欠いているとは思うが(自戒を込めて申し上げる)、「イメージが悪くなっているだけ」の問題でないことは、教員勤務実態調査などを見れば明らかだ。かなりの学生が教育実習を経たあと、教員志望をやめてしまうのは、イメージだけで判断しているのではない。
今回の報道のとおりの「改革」案だとしたら(記事では一部だけ切り取っている可能性もあるが)、学生等にとっては「文科省等はわたしたちの不安に本気で向き合う気はないのだな」というメッセージになってしまう危険性がある。これでは教員人気上はマイナス効果だ。
もちろん、できることからやっていこうという発想は大事だと思う。だが、報道を読む限りの情報では、今回の案はたいした効果は見込めない割に、関係者の負担を強いる「労多くして功少なし」となる可能性が高い。
物事の多く、公共政策の多くは、いいこと尽くしではなく、効果とコスト、作用と副作用の両方がある。今回の案は文科省と教育委員会が協議をして、熟考して出てきたものらしいのだが、いま一度、副作用を含めて想定して、真に必要性の高いことを考えてほしい。どんな政策を打っているのか、それは本当に効果的なのか、迷走しているのか。そうしたことも、教員志望をどうしようか迷っている学生、社会人は見ている。
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