経団連と大学の「通年採用」提言~漂流博士は救われるか
メンバーシップ型からジョブ型へ
日本の雇用の在り方を変えることになる提言が発表された。
これは、経団連と国公私立大学のトップがメンバーの「採用と大学教育の未来に関する産学協議会」が公表したものだ。
かねてより私は、新卒一括採用とそれに伴って行われる年功序列、終身雇用といったメンバーシップ型採用が、40歳人文社会科学系博士が就職できない、そしてロスジェネ、就職氷河期世代と呼ばれる世代が生まれてしまった大きな要因と考えてきた。
研究というのは一つのことを深く究める行為であり、大学や研究機関の採用も、たとえば化学の教員募集に言語学の人は応募できないのは当たり前で、仕事に応じて人を募集するジョブ型採用を行っている。そして、研究者になることを志し、大学などで研究してきた人たちは、大卒時あるいは修士課程修了時などに、企業のメンバーになることを選ばなかった人たちだ。
メンバーを最初に集めて仕事を割り振るメンバーシップ型採用をしてきた企業にとって、メンバーではない博士号取得者を40歳で採用することはまれだ。大学院生やポスドクのような存在は「規格外」とされた。
博士号取得者の就職難は、ジョブ型のアカデミア(学術界)とメンバーシップ型の企業との間の採用の仕組みの違いによって深刻化したと言える。
そういう意味で、今回の中間とりまとめと提言は、博士号取得者が活躍の場を増やすことにつながるのではないかと期待している。
メンバーシップ型の終わり
戦後の高度成長期にメンバーシップ型採用が果たした役割は否定できるものではない。私の亡き父親もあるメーカーに50代まで勤めていて、そのおかけで私たち家族は安定を得られ、それこそレジャーまで面倒みられていた。父と母は社内結婚であり、私という存在そのものもメンバーシップ型採用のおかげといえるかもしれない。
その代わりに深夜まで仕事をするなど滅私奉公的な働き方が要求され、60代で亡くなったが…。
ご職業は?と聞かれて○○社に勤めていますと答えたりとか、何ができますか聞かれて「部長ができます」と答えたりという笑い話?は、メンバーシップ型がどういうことかを如実に示すエピソードだ。
スキルが乏しい新卒者の失業率が低かったのも、メンバーシップ型採用のなせる業だ。スキルを習得できる可能性で採用するので、名門大学、場合によっては名門高校卒が優先的に採用される。大学入試の結果はそのポテンシャルを示すためのシグナルに過ぎず、当然大学に入ってからの勉強を頑張る動機が沸かない。一部の企業は大学一年生採用を行うということさえ表明する。
しかし、メンバーシップ型採用は景気が右肩上がりの時期にできた採用形態だ。長く不況が続き、また世の中が目まぐるしく変化するようになると、企業内のメンバーでは対応仕切れない状況が増えてきた。
現在大手企業の45歳の社員が退職を迫られている。年功序列で給料が高いものの、その仕事が時代にマッチしていない人たちがターゲットにされている。メンバーシップ型採用が原因の悲劇だといえるだろう。
こうした状況のなか、外から新しいメンバーをなかなか雇えず、変化に対応仕切れなくなったという問題意識が、経団連を動かしたといえるだろう。
新卒採用だけがジョブ型?
ただ、どうも気になるのが、今回の提言が、新卒採用、せいぜい既卒数年目か大学院卒の採用に限っているように読めることだ。リカレント教育の重要性なども書かれているが、既存の社員が大学院で学ぶことを想定しているように読める。
しかし、採用だけジョブ型になったところで、その後の処遇が変わらなければ、ジョブ型の意味がない。
東北大学の川端望教授は以下のように述べる。
新卒一括採用が行われているのは年齢差別を禁止する雇用対策法の例外であり、ジョブ型に移行すれば、当然この例外は廃止されるという。
若い人たちにとっては、いままでの常識がひっくり返る事態だ。だからこそ提言には大学の教育過程も含めた改革の必要性について多くの記載がある。
バラ色の未来ではないが…
ただ、ジョブ型採用が広がったところで、バラ色の未来が待っているわけではない。
過渡期にいる30代、40代にとっては、急に梯子を外されたと思う人がいるだろう。メンバーシップ型の大企業に安定性を求めて就職した人にとっては厳しい状況だ。
常に能力の向上を要求されるようになり、楽な仕事はない。それはチャンスであると同時にプレッシャーでもあり、未来が見通せないということでもある。
人々がどれほど安定を望むのか、というのは、親が子供に望む職業の上位に「公務員」というメンバーシップ型採用の最たるものが入るというあられもない事実からよく分かる。
また、企業のメンバーになれなかった人は、非正規雇用の単純労働を続けざるを得ず、売れるスキルを持っていない。だから、現在起こっていることは、人手不足なのに失業者がいるという状態、ミスマッチだ。
最近就職氷河期世代と言われた世代の人たちを「人生再設計第一世代」と名前を変えて、能力開発などを行っていくべきとの提案がなされた。
しかし、こうしたことで、政府が求めている「Society 5.0」を担う人材が生まれるだろうか。
このように、ジョブ型採用が広がればすべて解決というわけにはいかない。バラ色の未来はない。
しかし、それでも今回の採用と大学教育の未来に関する産学協議会の中間とりまとめと提言を支持したいし、道はそれしかない。
何らかの専門性を持っている30代、40代ポスドク、非常勤講師にとっては、門戸が広がり活躍の場が広がる可能性があり、歓迎すべきことだ。
だから、これから議論すべきは、この方針が骨抜きにされないことと、公的セーフティネットの充実化だ。メンバーシップ型採用では企業が面倒を見ていた様々なものを、公的に担っていく必要がある。様々な場で言われいているように、世代を問わずリカレント教育が受けられるようにすることも必要だろう。
今回、採用と大学教育の未来に関する産学協議会が発表したのは、あくまで中間とりまとめだ。今後細部を練っていくことになる。
最後に、これぞジョブ型という話を紹介したい。
物理学で学位をとった著者がアメリカで職を転々としながら生きてきた記録だ。博士号取得者の方々が、いろいろなことで食っていける社会を実現するためにも、ジョブ型採用の行方をウォッチしていきたい。