チョコレート価格上昇の影にある「カカオ同盟」の戦い
- 物価高騰のなかでチョコレートも値上がりしているが、主な原料であるカカオ豆の取引価格はこの数年大きく変わっていない。
- カカオ豆取引では買い手の交渉力が強いため、大生産国は生産者価格の引き上げを海外企業に求めてきた。
- スクラムを組んだ生産国のプレッシャーによってカカオ豆取引価格が見直される可能性も大きくなっている。
値上げラッシュが続くなか「原材料価格の高騰」という理由をよく聞くが、全ての原材料の取引価格が値上がりしているわけでもない。
チョコ値上がりは限定的
最近はさすがに義理チョコを配る職場も減ったようだが、相変わらず日本ではバレンタインデーの本来の主旨とは無関係に、2月14日前後にチョコレートがやたらと目立つ。しかし今年は他の多くの商品と同様、チョコレートも値上がりしている。
チョコレートの値段は長年ほぼ横ばいだったが、2015年頃から少しずつ値上がりし、これが昨年から急加速したのだ。そこにはウクライナ侵攻をきっかけとする世界経済の混乱がみてとれる。
ただし、この値上がりは限定的ともいえる。というのは、チョコレートの主な原料であるカカオ豆の取引価格はほとんど変わっていないからだ。
実際、カカオ豆の国際市場における平均価格は1トンあたり約2,500ドル弱を推移し、この5年間ほぼ横ばいのままだ。
カカオ豆の価格がほとんど変わらないのにチョコレートが値上がりするのは、原油価格の高騰による輸送コストの上昇や、食用油などその他の原料の値上がりによるとみられる。
逆にいえば、カカオ豆が値上がりすれば、チョコレートの値上がりはさらに進むことになる。
なぜカカオ豆は値上がりしないか
ここでの問題は、「なぜカカオ豆の値段はあまり変化しないか」だ。
一般的な経済学のテキストでは、価格は需要と供給のバランスで決まると説明される。この観点からみれば、カカオ豆の需要は伸び続けていて、むしろこれまでに価格が上昇していてもおかしくなかった。
チョコレートの市場規模は世界全体で2021年に過去最高の約466億ドルに達した。コロナ禍のステイホームでむしろ消費が伸び、さらにアジアや中東の新興国もマーケットとして拡張しつつあるため、その市場規模は2029年までに約678億ドル相当にまで達すると試算されている。
これに応じて、カカオ豆の生産量も世界全体で増えているものの、需要の伸びをカバーするほどではない。つまり、需要が供給をやや上回る構図があるわけで、だとすればカカオ豆があまり値上がりしてこなかったのは経済学の一般常識からすればやや奇異に映る。
力関係による価格決定
カカオ豆が値上がりしてこなかった理由としては、需要と供給という市場メカニズムによるというより、当事者、つまり生産者と買い手の力関係の結果の方が大きい。
世界全体のカカオ豆生産のかなりの部分をアフリカの貧困国が占めている。とりわけ第1位のコートジボワール(41パーセント)と第2位のガーナ(15パーセント)の生産量は、世界全体の6割近くにのぼる。
一方、カカオ豆を大量に買い付けているのは先進国企業だ。チョコレートに関わる企業からなる連合体、世界カカオ基金にはネスレ、ユニリーバ、スターバックス、ロイズ、ゴディバなどの欧米企業だけでなく日本の有名製菓メーカーも名を連ねていて、そのメンバーの合計が世界のチョコレート市場の約8割を占めている。
もともとカカオ豆市場は資金力のある買い手の交渉力が強く、生産者価格は最終商品単価の約6%以下といわれる。
この構図はカカオ豆農家の貧困を固定させてきた。最大の生産国コートジボワールのカカオ豆農家の場合、平均所得は年間2,707ドルにとどまると報告されている。これは国際的に「極度の貧困」とみなされる年間2,276ドルをわずかに上回るに過ぎない。
この構図があるからこそ、チョコレート値上がりは我々一般消費者にとって「まだマシ」なレベルでとどまってきたともいえる。もちろん、それは生産者にとっては全く「マシ」な話ではない。
単価引き上げの戦い
とはいえ、この構図には今後変化する兆しもみられる。カカオ豆の大生産国、コートジボワールとガーナが生産者価格引き上げに向けて結束してきたからだ。
コートジボワールとガーナの両政府はコロナ禍以前の2019年6月の段階ですでに、海外企業との間でカカオ豆の最低価格を1トンあたり2,600ドルにすることに合意していた。この合意には1トンあたり400ドルを農家の利益(プレミアム)として保障する仕組みも導入されている
この合意は両国政府が農家への適正な利益の配分を求めるなかで実現した。
「貧困国の農家を買い叩いている」といわれたくない海外企業は渋々これに応じたといえるが、その後も現場レベルではプレミアムが支払われないことも珍しくなく、さらにコートジボワールとガーナ以外ではこの合意が適用されない。
そのため、先述のように、2019年以降も世界平均でみれば1トン2,500ドルを下回る水準で取引されてきた。
こうした状況にコートジボワールとガーナは海外企業と繰り返し交渉を続けたが、大きな成果が得られなかった。
そのなかで昨年10月、コートジボワールとガーナは賭けに出た。ベルギーで開催された世界カカオ基金の会議をボイコットしたのだ。生産者価格の実質的な引き上げに消極的な海外企業への異議申し立てだった。
しかし、大生産国が欠席した世界カカオ基金総会では生産者価格の問題はほとんど触れられず、むしろSDGsなどの観点から、カカオ栽培の拡大による森林伐採や児童労働の蔓延などへの取り組みが主に議論された。
これに対して、ボイコットを支持するアフリカのカカオ関連団体などからは「農家に森林を守らせ、児童労働を抑えさせたいのなら、カカオ豆への支払いを増やすべき」といった声が上がった。
これはつまり、「適正な支払いがないからこそ、収穫をとにかく増やすために農地拡大が進み、子供が利用される」という言い分だ。
長期的な値上がりか
念のために補足すれば、コートジボワールやガーナなどアフリカ各国の政府には汚職が蔓延しており、ワイロによって森林伐採や児童労働などを見て見ぬふりすることも珍しくない。
その一方で、カカオ豆の生産者価格が総じて低く抑えられてきたことも確かだ。少なくとも、エシカルやCSR(企業の社会的責任)を強調する先進国企業にとって、コートジボワールやガーナの異議申し立てが一定の圧力になったことは想像に難くない。
さらに両国政府による圧力はこれにとどまらず、海外企業に対して、産地による価格の差別化(オリジン・ディファレンシアル)に基づく値引き強要の中止などを求め、受け入れられない場合はカカオ産地へのアクセスを制限するといった報復措置まで打ち出した。
こうした生産国の「反乱」は海外企業を動かした。コートジボワールとガーナが設けた回答期限11月20日の2日前、両国と海外企業は長期的な価格設定に関するワーキンググループの発足に合意したのである。同グループは今年3月末までに提案をまとめることになっている。
この合意はそのまま生産者価格の引き上げを意味するものではない。
とはいえ、世界4位の生産国ナイジェリアもこうした交渉への参加を希望するなど、カカオ生産国による価格引き上げ要求は今後ますます加速するとみられる。
その行方は定かでないが、世界経済が混乱するなかでどの国も利益の確保に血道をあげていることだけは間違いない。その意味で、チョコレートの値上がりが一時的ではなく、長期的なものになっても不思議ではない。手頃な値段でチョコレートが買えるのが当たり前でなくなる時代は近いのかもしれない。