イランによるシリア、イラク、パキスタンへの弾道ミサイル攻撃の狙い:イエメンを爆撃した米国への対抗措置
イラン・イスラーム革命防衛隊は15日から16日にかけて、シリア、イラク、そしてパキスタンに対して弾道ミサイルによる攻撃を行った。標的となったのは、イスラエル、イスラーム国を筆頭とするテロ組織、そして米国だった。
シリアで相次ぐ正体不明のミサイル攻撃
シリアでは日刊紙『ワタン』や英国を拠点とする反体制系NGOのシリア人権監視団が1月15日深夜から16日未明にかけて、アレッポ県アレッポ市および周辺農村地帯に向けて、地中海方面から所属不明のミサイル4発が発射され、4回の爆発音が確認されたと伝えた。
シリアへの爆撃やミサイル攻撃は、昨年10月7日にイスラエル・ハマース衝突が始まって以降、イスラエルによって執拗に繰り返されてきた。それゆえ、シリア人権監視団は、この攻撃に関して、詳細は不明としつつ、これまでのイスラエル軍によるシリアへの侵犯行為を引き合いに出し、イスラエルの関与を疑った。
だが、ロシアのスプートニク(アラビア語版)は、シリア軍防空部隊がミサイルを迎撃したとしつつ、攻撃がアレッポ国際空港を狙ったものだとの一部情報を否定、イスラエルの関与に疑義を呈した。
一方、シリア北西部を支配する国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)と協力関係にあるホワイト・ヘルメット(自称民間防衛隊)も声明を出し、1月15日午後11時40分と16日0時7分にイドリブ県で激しい爆発音を4回確認したとしたうえで、救援チームが同県内のタルティーター村で負傷者が2人発生したとの救難要請を受けたと発表した。
シリア軍、そしてロシア軍は昨年10月6日にヒムス軍事大学の卒業式を狙って、中国新疆ウイグル自治区出身者からなるアル=カーイダ系のトルキスタン・イスラーム党が行った無人航空機(ドローン)によるテロ攻撃で、89人以上が死亡、277人が負傷したのを受けて、反体制派のドローンによる航空戦力を削ぐことを目的にシリア北西部各所に爆撃や砲撃を続けてきた。
だが、ホワイト・ヘルメットは、爆発音がアラビア語の「カスフ」、すなわち砲撃、ミサイル攻撃、あるいは爆撃によるものだとしつつ、誰が攻撃を行ったかについては不明だと、シリア軍やロシア軍の関与を断定することはなかった。
イスラーム国メンバーが収容されている刑務所への砲撃
正体不明の攻撃が続いた。
シリア北東部のハサカ市にあるスィナーア刑務所(グワイラーン刑務所)が何者かの砲撃を受けたのだ。
スィナーア刑務所は、トルコが「分離主義テロリスト」とみなす一方、米国(有志連合)がイスラーム国に対する「テロとの戦い」のパートナーと位置づけ全面支援を続けるクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する北・東シリア自治局の管理下にあり、イスラーム国の戦闘員やその家族らが収容されている施設である。
PYDに近いハーワール通信(ANHA)によると、砲撃は「カリフの幼獣」として知られるイスラーム国の少年兵が収容されている区画を狙って行われ、攻撃と併せて収容されていたイスラーム国のメンバーらが脱獄を試みたという。
イスラーム国のメンバーらが収容されている刑務所への攻撃は、PYDの軍事力や治安維持能力に打撃を与えるための陽動作戦としてトルコが繰り返してきた。
この攻撃が行われる3日前から、トルコ軍は、PYD(あるいは同系のクルディスタン労働者党(PKK))がシリア北東部の民政施設を「隠れ蓑」として、武器や爆発物を製造しているとして、ドローンなどを投入して大規模な攻撃を行っていた。ANHAによると、昨年12月初めに続く2度目の大規模攻撃で、発電所など80ヵ所が標的となり、シリア人権監視団によると、19の重要施設がドローンによる53回もの爆撃を受けた。
しかし、PYD側は、スィナーア刑務所に対する砲撃について、トルコの犯行と断じることはなかった。
イラン・イスラーム革命防衛隊による声明
正体不明の攻撃への関与を認めたのは、イランだった。
イラン・イスラーム革命防衛隊は矢継ぎ早に二つの声明を発表していった。
第1の声明(2024年声明第1号)において、イラン・イスラーム革命防衛隊は、イランの敵が最近行ったテロ犯罪への報復として、(15日)晩に、弾道ミサイル複数発によって、(中東)地域の複数ヵ所でイランに敵対する複数のテロ・グループのスパイ拠点・集積地複数ヵ所を標的とし、これを破壊した、と発表した。
この声明においては、イラン・イスラーム革命防衛隊がどこで、そして誰、あるいはどの組織を狙ったのかが明らかではなかった。
だが、第2の声明(2024年声明第2号)では、イラン人民を標的としたケルマーンとラスクでの犯罪への報復として、この二つのテロ作戦に関与したテロリストの司令官や主要メンバー、とりわけイスラーム国の集積地複数ヵ所をシリアの被占領地内で特定し、弾道ミサイル多数を発射し、これを破壊したと発表、シリアで活動するイスラーム国を狙ったことが明らかにされた。ケルマーンでの事件を受け、最高指導者のアリー・ハーメネイー師らイランの首脳は報復を示唆していた。
ケルマーンでの犯罪とは、1月3日に殉教者墓地(2020年1月3日にイラクで米軍によって暗殺されたイラン・イスラーム革命防衛隊ゴドス軍団前司令官のガーセム・ソレイマーニー氏の墓地が所在)付近で爆発事件が発生し、少なくとも103人が死亡、188人が負傷した事件を、ラスクでの犯罪とは2023年12月13日、イラン南東部スィースターン・バルチスターン州のラスクでのテロ攻撃で警官12人が死亡、7人が負傷した事件をさす。前者の事件はイスラーム国が、後者の事件はパキスタンで活動するジャイシュ・アドル(ジャイシュ・アル=アドル)が犯行声明を出している。
標的はトルキスタン・イスラーム党とイスラーム国だけか?
シリア領内に対する弾道ミサイル攻撃について、レバノンのヒズブッラーに近いマヤーディーン・チャンネルは、複数筋の話として、シャーム解放機構の支配下にあるイドリブ県、とりわけスンマーク山(ハーリム山)、ハーリム市一帯にあるトルキスタン・イスラーム党の指揮所を狙ったものだと伝えた。
同チャンネルによると、攻撃が行われた地域は、イスラーム国ホラサン州の戦闘員の教練が行われていた場所で、同地で教練を受けた戦闘員が、イランでテロ攻撃を行うため、米国によってアフガニスタンやイラン国境地帯へ移送されたのだという。
真偽は不明だ。だが、イラン、そしてシリア、ヒズブッラー、イラクの人民動員隊、パレスチナ諸派を含めたいわゆる抵抗枢軸、さらにロシアは、イスラーム国やアル=カーイダは、中東を混乱に陥れるために米国によって作られ、その支援を受けていると考えている。イスラーム国と米国の「結託」は、ケルマーンでのイスラーム国によるテロ事件によって、これまで以上に強く認識されていたことは容易に見当がつく。
イランのタスニーム通信によると、イラン・イスラーム革命防衛隊ミサイル部隊司令官のアリー・ハーッジー・ザーデ准将は、シリアへの攻撃に関して、「イドリブのタクフィール主義組織」の拠点複数ヵ所に対して4発のハイバル弾道ミサイルを発射したことを明らかにした。だが、アレッポ市一帯へのミサイル攻撃が誰(あるいはどの国)によるものかは依然として明らかではない。
なお、スィナーア刑務所への攻撃について、シリア人権監視団は、「イランの民兵」がハサカ市外から刑務所に隣接する米軍(有志連合)の軍事施設(基地)を狙ったものとの見方を示している。
「イランの民兵」とは、紛争下のシリアで、シリア軍やロシア軍と共闘する民兵の蔑称であり、イラン・イスラーム革命防衛隊、その精鋭部隊であるゴドス軍団、同部隊が支援するレバノンのヒズブッラー、イラクの人民動員隊、アフガン人民兵組織のファーティミーユーン旅団、パキスタン人民兵組織のザイナビーユーン旅団などを指す。このうち、ヒズブッラー大隊などの人民動員隊の急進派から構成されているとみられるイラク・イスラーム抵抗は、イスラエル・ハマース衝突が始まって以降、シリアとイラク領内にある米軍基地をドローンやロケット弾で攻撃している。
だが、イラク・イスラーム抵抗は、スィナーア刑務所への攻撃への関与を認めておらず、16日に発表した戦果は、イスラエル国内の「重要標的」へのアルカブ長距離巡行ミサイル1発による攻撃のみである。
イラクでの標的はイスラエルなのか?
イラン・イスラーム革命防衛隊の発表はこれにとどまらなかった。二つの声明に続いて、第3の声明(2024年声明第2号)を発表し、イラン・イスラーム革命防衛隊と抵抗枢軸の司令官らの戦死をもたらしたシオニスト政体の最近の邪悪な活動への報復として、(中東)地域内のシオニスト政体(イスラエル)の拠点や活動を精密な諜報活動によって監視・把握、イラク・クルディスタン地域内のモサドの本部の一つを、弾道ミサイルで破壊したと発表したのだ。破壊された本部は、中東地域、とりわけイランでのスパイ活動を拡大し、テロ作戦を計画するための拠点だったという。
イラン・イスラーム革命防衛隊はさらに、第4の声明(声明第4号)を発表し、一連の攻撃によって24発の弾頭ミサイルを使用したことを明らかにした。声明によると、発射された弾道ミサイルの内訳は以下の通りである。
●シリアのイドリブにあるイスラーム国の本部に南部フージスターン州から新型のカイバル・シェカン地対地ミサイル4発を発射。
●イラク・クルディスタン地域にあるモサドのスパイ拠点、北西部から7発、西部から4発のミサイルを発射。
●シリアの被占領地にあるテロ組織の拠点に9発のミサイルを発射。
イラクでも16日、北部のアルビール市に対する弾道ミサイル攻撃が行われていた。だが、この攻撃への解釈は、イラン・イスラーム革命防衛隊の発表と、イラン側の解釈は異なっていた。
イラン・イスラーム革命防衛隊は、前述の声明の通り、イスラエルのスパイ拠点を狙ったと発表した。だが、アルビール市を「首都」として、イラク北部を実効支配するイラク・クルディスタン自治政府の治安当局者らは、イラクのシャファク通信やロシアのRIAノーヴォスチなどに対して、アルビール市にある米国総領事館と米軍(有志連合)が使用するハリール軍事基地が併設されているアルビール国際空港の近くが狙われたと述べ、米軍が標的となったことを暗示したのである。
そして、この暗示を裏打ちするように、イラン外務省のナーセル・カナーニー報道官は、イラクへの攻撃がケルマーンでのテロ攻撃への報復として、米国総領事館と国際空港付近を爆撃し、反イラン・テロ組織の拠点を破壊したと発表した。
イラン・イスラーム革命防衛隊の攻撃はさらに続いた。
イランのプレスTVは、イラン・イスラーム革命防衛隊が、パキスタンのバロチスターン州にあるジャイシュ・アドルの主要拠点に対して弾道ミサイルとドローンで攻撃を開始したと伝えた。攻撃は、ラスクでのテロ攻撃への報復と目された。
抵抗枢軸の軍事攻勢を封じようとする米国への対抗措置
イラン・イスラーム革命防衛隊による一連の報復攻撃が中長期的に継続されるかどうかは定かではない。だが、その標的は、報復の口実がイスラーム国のテロであれ、ジャイシュ・アドルのテロであれ、イスラエルによるガザ地区への攻撃、そしてそれに対する米国の支援に対する報復として、抵抗枢軸、とりわけ人民動員隊(イラク・イスラーム抵抗)とイエメンのアンサール・アッラー(蔑称フーシー派)が攻撃を続けてきた標的と同じであり、それは米国に他ならない。
その意味において、イラン・イスラーム革命防衛隊による攻撃は、紅海での船舶攻撃への報復としてフーシー派の支配下にあるイエメンに対する爆撃(12、13日)を行うなどして、イスラエルによるガザ攻撃への報復を口実として抵抗枢軸、あるいは「イランの民兵」の軍事攻勢を封じようとしている米国の動きに対する対抗措置と見ることができる。