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「加熱式タバコ」に含まれる「プロピレングリコールとグリセロール」に「毒性」はあるか

石田雅彦科学ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 加熱式タバコを吸い始めたり、紙巻きタバコから加熱式タバコへ切り換えた喫煙者は多い。気になるのは、加熱式タバコによる健康への害だろう。加熱式タバコに紙巻きタバコとは比較にならないほど多く含まれているのがプロピレングリコールとグリセロールだ。この毒性が次第にわかってきた。

プロピレングリコールとグリセロールって何?

 保湿作用や柔軟作用などのあるプロピレングリコールは、化学添加物や食品添加物として生麺や唐揚げの肉、シャンプーなどに使われ、甘味があり吸湿性などのあるグリセロール(グリセリン)は、同様に医薬品や食品添加物などに広く使われている化学物質だ。

 電子タバコや加熱式タバコなどの新型タバコでは、ニコチンなどのタバコ成分を気化させ、喫煙者が吸入するための媒介として、あるいはタバコ葉を保湿したりニコチンの作用を高めるなどのためにプロピレングリコールとグリセロールが使われ、電子タバコのリキッドや加熱式タバコのタバコ・スティックに入れられている(※1)。

 化学添加物や医薬品、食品添加物としてのプロピレングリコールとグリセロールで気化させて使用するケースはなく、タバコ製品でのみ、肺を含む呼吸器の中へこれらの物質を気化させて入れている。

 日本の保健医療科学院などの研究グループが、加熱式タバコから発生したガス状および粒子状物質を調べたところ、各種の加熱式タバコ製品(報告された2018年当時の製品)から紙巻きタバコではごく微量しか検出されないプロピレングリコールとグリセロールが多量に検出されたという(※2)。

 例えば、紙巻きタバコで1本あたり約18マイクログラム(11マイクログラムから28マイクログラム)と比較し、より多くのプロピレングリコール(240マイクログラムから850マイクログラム)が含まれていた。また、これは現在の製品でも同じと推定される。

紙巻きタバコと加熱式タバコの物質比較(2018年のデータ)。文献の図に筆者が加筆
紙巻きタバコと加熱式タバコの物質比較(2018年のデータ)。文献の図に筆者が加筆

 プロピレングリコールとグリセロールは、日本を含む各国の行政から食品添加物として認可された物質だ。しかし、それはあくまで食品の食感や保湿などのための限定された使用範囲であり、気化させたプロピレングリコールとグリセロールを呼吸器から体内へ吸引した場合の健康への影響を調べた上で認可しているわけではない。

わかってきたその毒性

 では、電子タバコ・リキッドや加熱式タバコのタバコ・スティックに入っているプロピレングリコールとグリセロールは、果たして肺に吸い込んでも安全な物質なのだろうか。

 2022年に発表された順天堂大学の研究グループによる論文では、非喫煙者とCOPD(慢性閉塞性肺疾患)患者のヒトの小気道上皮細胞(気道の末梢部の酸素と二酸化炭素の交換に必要な肺胞組織)をプロピレングリコールとグリセロールに曝露させ、細胞増殖、細胞死(アポトーシス)、DNAの損傷などを評価している(※3)。

 その結果、プロピレングリコールとグリセロールの濃度が高くなるほど細胞増殖が抑制され、DNA損傷の指標であるγ-H2AXというタンパク質が増加することで細胞死を誘導するといった影響があることがわかった。また、これらの反応は、グリセロールよりプロピレングリコールのほうが強く、COPD患者の細胞ではさらにプロピレングリコールの影響がより強かったという。

 電子タバコでの研究では、加熱式タバコと同じように含まれるプロピレングリコールとグリセロールが気道の炎症と気道粘膜の過剰な濃縮を引き起こすという論文が出ている(※4)。

 これは米国カンザス大学の研究グループによるもので、ヒトとヒツジの気管と気道の実験用上皮細胞をプロピレングリコールとグリセロールを含む電子タバコのエアロゾルに曝露させたところ、炎症マーカーが強く反応し、粘液が異常に粘り気を帯びる病気の因子が過剰発現した。また、気道の表面にあって異物や病原体を排除するための繊毛や繊毛運動が大幅に減少した。

 同研究グループは、プロピレングリコールとグリセロールが気道への水分補給を妨げ、粘膜の濃縮を引き起こしたのではないかと考えている。さらに、細胞再生の異常にも関与している疑いがあるとし、気化されたプロピレングリコールとグリセロールも気道へ害をおよぼす危険性があると結論づけている。

発がん性物質に変化する危険性も

 実は、プロピレングリコールとグリセロールが過熱されると、強い発がん性が確認されているホルムアルデヒドが発生するという研究が権威のある医学雑誌ニュー・イングランド・ジャーナル・オブ・メディシンに報告されている(※5)。

 米国ポートランド大学の研究グループによるこの研究では、電子タバコのリキッドを加熱して揮発させた気体を分析しているが、5ボルトへ電圧を上げるとホルムアルデヒド(10パフあたり380マイクログラム前後、パフは喫煙中にタバコを1回、吸い込む行為)が検出されたという。

 同研究グループは、ホルムアルデヒドの長期曝露は発がんリスクを5倍高めると見積もっている。最近の加熱式タバコの燃焼温度はどんどん高くなっており、加熱式タバコに含まれるプロピレングリコールとグリセロールが熱反応し、発がん性のあるホルムアルデヒドを発生させている危険性がありそうだ。

 ちなみに、この研究に対してはタバコ産業とつながりのある研究者から、電圧が上がった電子タバコは喫煙者がすぐに気づくから長期使用は避けられるといった指摘があるが(※6)、いずれにせよ加熱されたプロピレングリコールとグリセロールから発がん性物質が発生するのは事実だ。

 以上をまとめると、加熱式タバコには紙巻きタバコとは比較にならないほど多くのプロピレングリコールとグリセロールが含まれる。プロピレングリコールとグリセロールを気体にして吸い込む場合の健康への影響はまだよくわかっていないが、これまでの研究によりこれらの物質には細胞毒性があり、加熱されると強い発がん性のあるホルムアルデヒドが発生する危険性がある。

 加熱式タバコは、バッテリーの持ちが長くなったり間欠的に吸えるような機構改良などにより、1本を吸うインターバルや吸い方も喫煙者によって多様になっている。

 例えば、加熱後にしばらく電源を切って同じスティックを吸う場合に内部でどんな成分が発生しているかなど、未知の危険性があるのは明らかだ。正体不明の物質を肺の奥へ送り込み、体内に取り込むような行為はすぐにやめたほうがいいだろう。

※1:Yuxing Tong, et al., "Effects of Glycerol and Propylene Glycol on Smoke Release of Heat-not-burn Tobacco Products" Journal of Physics: Conference Series, DOI 10.1088/1742-6596/1802/2/022025, 2021
※2:Shigehisa Uchiyama, et al., "Simple Determination of Gaseous and Particulate Compounds Generated from Heated Tobacco Products" Chemical Research in Toxicology, Vol.31, Issue7, 585-593, 4, June, 2018
※3:Moegi Komura, et al., "Propylene glycol, a component of electronic cigarette liquid, damages epithelial cells in human small airways" Respiratory Research, Vol.23, article number216, 23, August, 2022
※4:Michael D. Kim, et al., "The combination of propylene glycol and vegetable glycerin e-cigarette aerosols induces airway inflammation and mucus hyperconcentration" scientific reports, 14, Article number: 1942, 23, January, 2024
※5:R Paul Jensen, et al., "Hidden Formaldehyde in E-Cigarette Aerosols" The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.372, No.4, 22, January, 2015
※6:Joel L. Nitzkin, et al., "More on Hidden Formaldehyde in E-Cigarette Aerosoles" The NEW ENGLAND JOURNAL of MEDICINE, Vol.372, No.16, 16, April, 2015

科学ジャーナリスト

いしだまさひこ:北海道出身。法政大学経済学部卒業、横浜市立大学大学院医学研究科修士課程修了、医科学修士。近代映画社から独立後、醍醐味エンタープライズ(出版企画制作)設立。紙媒体の商業誌編集長などを経験。日本医学ジャーナリスト協会会員。水中遺物探索学会主宰。サイエンス系の単著に『恐竜大接近』(監修:小畠郁生)『遺伝子・ゲノム最前線』(監修:和田昭允)『ロボット・テクノロジーよ、日本を救え』など、人文系単著に『季節の実用語』『沈船「お宝」伝説』『おんな城主 井伊直虎』など、出版プロデュースに『料理の鉄人』『お化け屋敷で科学する!』『新型タバコの本当のリスク』(著者:田淵貴大)などがある。

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