パリ近郊のアート散歩 ラ・デファンスとラ・セーヌ・ミュージカル
この夏、パリ近郊に巨大な屋外展覧会が出現しています。
タイトルは「LES EXTATIQUES(レ・エクスタティック)」。恍惚とした人たち、というような意味になるでしょうか。
14人の現代アート作家たちの作品が、パリの西、超高層ビル街「ラ・デファンス」とセーヌ川に浮かぶ文化複合施設「ラ・セーヌ・ミュージカル」を舞台に展開するもので、6月22日から10月2日までの開催です。
この企画、実は2018年から行われていて、今年で5回目の開催。当初はラ・デファンスが舞台でしたが、20年からはラ・セーヌ・ミュージカルにも拡大し、都市開発が進む地区の夏の恒例イベントのようになっています。
現代アート展、ではあるのですが、スケールがとにかく大きいです。一つひとつの作品と向き合って鑑賞するというよりも、それらが風景と一体化して作りだす新しい風景を巡る体験と言うほうが適当かもしれません。
巨大なオープンエアの展覧会ですから、開館時間などの制限もなければ、観覧は無料。二つの会場の作品を網羅するには、散歩か遠足のつもりで出かけるのが吉。私の場合、午前中をたっぷり使って巡りましたが、ラ・デファンスのレストランでのランチが、よく歩いた自分へのご褒美のように感じられました。
その様子はこちらの動画でご覧ください。
ところで、そもそも「ラ・デファンス」、「ラ・セーヌ・ミュージカル」とはどんなところでしょう?
いずれもパリの西に位置していて、パリを流れたセーヌ川がまずはスガン島を潤し、そしてラ・デファンス地区へと向かいます。
ラ・デファンスは、ロンドンのシティのような巨大ビジネスセンター。1960年代から現在でも開発が継続している地区で、高さ100メートルを超えるビルが50ほども林立し、フランスの数々の大企業の本社がここに置かれています。
行政区分でいえば、ここはパリ近郊の複数の市にまたがるのですが、ルーヴル美術館からチュイルリー公園、コンコルド広場、シャンゼリゼ大通り、凱旋門と続く歴史的なパリの軸の延長上にあります。ラ・デファンスに近未来的な凱旋門がありますが、それは決して偶然ではなく、地理上の要所、歴史軸の継続という意味が込められています。
いっぽうのスガン島には、20世紀、ルノーの自動車工場がありました。3万人が働き、フランスの労働運動の拠点ともなった、これもまた歴史的な場所です。その要塞のような工場は役目を終え、21世紀には解体撤去され、一つの時代の幕が下ろされました。
広大な跡地は当初、フランスを代表する富豪、フランソワ・ピノー氏の現代美術館になる計画でした。設計は日本人建築家、安藤忠雄氏。ところが、行政上の手続きが遅々として進まないことに業を煮やした富豪はこの計画を撤回。美術館はイタリアはヴェニスに創られることになりました。
ちなみに、フランスでのピノー氏の美術館計画は、パリの「ブルス・ドゥ・コメルス」という形で2021年に日の目を見たのですが、その美術館はこちらの記事で詳しくご紹介していますので、どうぞご覧ください。
さて、スガン島。ピノー氏の計画撤回の後も、さまざまなプロジェクトが持ち上がっては消えていましたが、いよいよ「ラ・セーヌ・ミュージカル」という音楽をテーマにした複合芸術施設という形で結実しました。
セーヌ川に浮かぶガラスの帆船のようなフォルムがとても印象的です。これを設計したのは、日本人建築家、坂茂(ばん・しげる)氏とフランス人建築家、ジャン・ドゥ・ガスティーヌ氏。2017年にこけら落としコンサートが行われています。
ちなみに、この日仏2人の建築家コンビは、フランス東部の町メッスに2010年に開館した「ポンピドゥーセンター・メッス」の設計も手がけています。
と、脱線が少々長くなりましたが、展覧会はこうした経緯のあるパリ拡張地域を舞台にして繰り広げられているのです。
今年のお題は「SEINE DU VIVANT, DEFENCE DU VIVANT(生きているセーヌ、生きているデファンス)」。これはパンデミックによって、生命や自然に対する意識がとりわけ高まっていることの証。
生きていることを尊び、より謙虚に地球上の生命に目を向けることがあらゆる分野で核になっている。それを再認識する展覧会でもありました。